6.ネコ彼女、レジに並ぶ
レジに並ぶ列の中、僕とイハは前の前の前の前の前の前の前の人がレジを通過するのをぼんやり見ていました。
「だーりん、愛をささやいてください」
そして、イハは今日だっていつもどおりおかしい。
「……イハ、ここはどこですか?」
「スーパーの中?」
「スーパーの中です、間違いないです。僕が言いたいことはわかりますか?」
「ん」
理解を示された。
「だーりん、愛してる。イハちゃん、身も心も捧げたの。身も。身も」
「おいそこの露出狂、なんで身ばっか強調した」
「女性の愛はカネの愛、男性の愛はニクの愛と聞いた」
「誰ですか、そんなモテない童貞みたいな愛を説いたのは……」
それはさておいて。
「表で言うことではないので自重してください、ということです。先に言えという意味ではないですよ」
「そうなの?」
「そうです。街中で愛を説かれても周りの人は困るでしょう?」
「ベッドでささやくもの?」
「……まあ、そうですね」
「でも、遊園地や公園でささやいてる人もいる」
「迷惑とも言いがたいですが……」
「ベッドと遊園地と公園の共通点。つまり、スる場所なら――」
「おいそこの露出狂、だから表でそういうこと言うんじゃねえつってんだよ」
ぺち、と軽くはたく。
レジに並ぶ列はまだまだ先が長い。
「きちんと、ニクの愛で間違ってないと思うの」
「話を広げるんじゃありません」
そして、表情は一切変わらない。
「たまに不安になるの」
「何がですか?」
「女性の愛と男性の愛が違うなら、私の愛はあなたに届いていないんじゃないかって」
「そんなのは僕も同じですよ。男性の愛と女性の愛が違うのなら、僕の愛はイハに届いていないんじゃないかと不安になります」
「だーりんは、愛が違うと思う?」
「わかりません」
嘘はふさわしくない。だから、迷いなく首を横に振ります。
「ただ、僕はイハのことが好きです。もし、僕の愛とイハの愛が違ったとしても、僕は僕なりにイハを愛しています」
「私も愛してる。あなたの愛がたとえ私と違うものだとしても、それでもこの気持ちは『愛』だと思うの」
ぽんぽん、とイハの頭を撫でる。
すっかりクセになったこのしぐさも、きっと愛の一部なのだろうと思います。
「だーりん、私の愛をあなたの愛で満たしてくれますか?」
「ええ、安心してください。それを保証するのが男の愛ですから」
少々クサいかな、と思いながら微笑んでみせた。
「ん」
声はいつもどおり。
抑揚も薄く、発音も一字。
けれども――珍しく、珍しく、イハは小さく微笑んでいました。そして、
「え?」
イハがたたたっと走り去っていく。
「え?」
なんか両手いっぱいにアイスのハコを持って来ました。
「だーりん、愛してる。イハちゃん、身も心も捧げたの。心も。心も」
「おいそこの露出狂、心、強調すりゃ何しても許されるってわけじゃねえぞ。なんだこれ」
「私、だーりんの甲斐性という愛にとても期待している。保証するのが男の愛と言ってくれたから」
「意味が違います」
カネの愛。なるほど、少しだけ理解できました。
「……お願い聞いてくれたら、夜にイハを好きにしていいの」
ニクの愛。なるほど、少しだけ理解できてしまいました。
「……絶対ですよ?」
ひとまず二人の物語はここでおしまいです。
あとは、暇を見てもう1話くらい書けたらいいな、という感じでしょうか。
読了ありがとうございました。