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新次郎とロリ子が狩猟島に向かってから、そう時間は経っていなかったようだ。
青々とした空と前に広がる水平線を眺めながら、新次郎は立っていた。
「……本当に良かったのか?」
しばらく海を眺めていた新次郎が、横でチョコンと座っているロリ子に話しかけた。
ロリ子は砂浜の砂を一掬いして、その手の上の砂をさらさらと地面に落としながら話し始めた。
「お父さんを倒したことは後悔してないのです。狩猟神一族には、親を超えるために戦わなきゃいけない掟もあるのです」
「……そうじゃないんだよ」
質問の趣旨をわかってもらえずため息をつく新次郎。自分の父親を倒したロリ子は、やっぱりどこか抜けている。仕方なく、新次郎は言いたいことをわかりやすく説明することにした。
「……SS級ミッションのターゲットをかばって、なおかつ自分の一族の族長まで倒しちまったんだ。今後、何が起こるかわからないぜ?」
投げやり気味に新次郎は言った。新次郎の言葉は、どこかロリ子を心配しているようにも聞こえる。
しかし、ロリ子はそんな新次郎に向かって、満面の笑みを浮かべた。
「そんなの関係ないのです!」
屈託のない綺麗な笑顔で、ロリ子は高らかに宣言した。
「新次郎を殺すのはこの私です! 誰が来ようとも邪魔はさせないのです!」
その言葉を聞いて、新次郎は嫌なことを思い出したかのような表情で俯いた。こうも屈託のない、純度100パーセントの笑顔で言われれば、どんな変な言葉でも納得してしまう。
なんとなく、新次郎の中でロリ子と麻穂の姿が重なった。どことなく、二人が似ているような気がしたからだ。
「……そうかい」
俯いたまま、新次郎は小さくそう言った。
ロリ子のことは今に始まったことではないのだから、今更このことについて考えるのはやめようと、新次郎は頭の中で完結させた。
「……こりゃ、逃げられそうにないな」
新次郎は頭の中でそう思いながら、砂で山を作って遊んでいるロリ子を見た。
今なら、新次郎は父と母のことがわかるかもしれなかった。
もちろん、新次郎のこの気持ちに嘘はない。これが「好き」という気持ちなら、素直に従うことを新次郎は覚悟した。この気持ちに、、嘘はないのだから。
「お二人さん、お二人さん」
突如、後ろから声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには自家用車の運転席でパソコンをいじっている智野先生がいた。
智野先生は近づいてくる二人を見ると、ニヤッと笑いながら二人にパソコンのディスプレイを見せた。
「これこれ」
トントンと指で画面の一部を叩く智野先生。その部分には、なにやら長い文が書いてあった。
「えっと……ミッションランク変更のお知らせ?」
新次郎は、上から声に出して読み始めた。
「SS級ミッションとして各一族に公布していた【幻想神一族の残党狩り】のランクを、本日17時よりSSS級ミッションに引き上げるものとする……なお、ターゲットには新たに懸賞金を懸けることを正式に決定した。金額は……発表され次第報告?」
上から下まで読み終えた新次郎と、それを横で聞いていたロリ子。
しばらく、二人の間の時が止まったような静寂が包み込んだ。
「………………」
「………………えぇぇぇぇ!!!」
静寂を一番最初に破ったのは、新次郎の叫び声だった。
「こ! この幻想神一族の残党狩りって……俺のことですか!?」
「当然よ。幻想神一族は貴方しかいないんだし」
慌てている新次郎に、まるでその様子を楽しんでいるかのように話す智野先生。見た目と反して、どこかお茶目さを感じるのが逆に不気味だ。
「まぁ、狩猟神一族の族長を倒したって話になってるし、当然の結果じゃないかしら?」
「そ……そんな……!」
唐突の出来事に、新次郎はめまいを起こして膝から崩れ落ちた。覚悟していた非日常が、まさかここまで発展してしまうとは。考えただけで頭が痛くなってくる。
その様子を、ロリ子は首を傾げて見ている。言っていることを理解していないようだ。
「……よくわからないのです」
その言葉を聞いた智野先生の口元が、またニヤリと笑った。その表情は、どことなく小悪魔という言葉を連想させてしまう。
「簡単に言うとね、新次郎君を狙う種族がこれからもっともっと増えるってわけ。ロリ子ちゃん、先を越されないようにね」
「ちょ!」
智野先生の言葉にツッコミを入れようとした新次郎だったが、その時にはもう遅かった。
「ふっふっふっふっふ………………!」
聞こえてくる不気味な笑い声。それが何なのか、新次郎は瞬時に理解した。
智野先生の今の発言は、こうなることを予知して言ったしたとしか思えない。ここまで頭が良いと、逆に怖くなってくる。新次郎は、智野先生のイメージ図を策士からマッドサイエンティストに変更した。
そんな新次郎の後ろでは、不気味な影が構えて立っていた。
「なるほど……先手必勝ってことですね……!」
ロリ子には珍しい、地を這うような低い声が、新次郎の体に危険信号を出す。この危険信号は、新次郎がロリ子に初めて会った時の感覚に似ている。
その危険信号が体に逃げるように指令を出すのと、後ろに立っているロリ子が、新次郎に向かって構えていたキャンディハンマーを振り下ろすのは、ほとんど同じのタイミングだった。
「えぇい!」
「うぉお!」
振り下ろされたキャンディハンマーをギリギリでかわす新次郎。まさに紙一重というタイミングで、あとコンマ1秒でも遅れていれば、新次郎の体はキャンディハンマーによって砕かれていただろう。
「簡単なのです…要は他の種族に狩られる前に私が狩ってしまえば良いってわけですね」
ロリ子が淡々と言いながら、キャンディハンマーを構えて歩み寄ってくる。いつものロリ子を知っている者にとっては、このいつもと違う様子は恐怖でしかない。
「ま、待てロリ子! 今の俺は丸腰なん!」
「問答無用なのです!」
再び新次郎に向かって振り下ろされるキャンディハンマー。
「うわぁぁぁ!」
身の危険を感じ、新次郎は背を向けて砂浜を一直線に走って逃げていった。
「あ! 待つです!」
全速力で逃げていく新次郎を、キャンディハンマーを構えたまま追いかけるロリ子。
「こらぁ! 待つですぅ!」
「待てって言われて待つやつがいるかよぉ!」
二人はこんな感じで、しばらく鬼ごっこを続けていた。どこまでも逃げていく新次郎を、ロリ子はどこまでも追いかけ続けた。
しかし、二人の間に淀んだ感情は何一つない。この先に何も障害がなければ、二人の鬼ごっこはこのままどこまでも続くことだろう。何度も何度も新次郎を殺そうとするが、そのたびにロリ子は失敗し、再び鬼ごっこを始めることだろう。
ロリ子が狩猟神一族の掟で家に帰れるようになるのは、まだまだ先の話なのかもしれない。




