表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の名前  作者: 柿衛門
11/31

決壊


「お前は嫌なのか?」


 凛は皇帝の唐突な問い頷いた。

 

「皇帝という存在がなければ大勢の人間が死んでしまう」


 好き好んで来たわけではないが、もう関わってしまってる以上無責任なこともできない。「関係ない」というのは本来の彼女の倫理観に反する。

 

 だが、全てが夢ではないと分かった今は「私には関係ない」とはっきり言える。


 失恋で必要以上に卑屈になっているせいか、他者を思いやる余裕など全くなくしている。

 誰が死のうと、自分が死のうとどうでも良い。


 いや、もう既に死んでいるはずだ。


 向こうの、生まれ育った世界でトラックに跳ねられた。

 不幸にも当たりどころが悪く即死ではなかった。


 息もできないほどの激痛の中、冷えていく体。凛は独り死んだ。


 自分のことなのに余りショックを受けず、もう全てがどうでも良くなっていた。


「……別に、私じゃなくても良いんでしょ」


 目の前の男の顔が彼の顔と重なり、投げ遣りに呟いた。


「何を言っているのか分からんが……お前でなくてはならない」


 それは子供を産めるからなのだろう。

 利用価値がなければ必要とされない。


 しかも必要なのは、子供であって凛ではない。

 そのためだけにここにいるのだ。


 何で、こんな思いをしなければならないのか。


 凛の思考はだんだん支離滅裂になってきた。


「おい、泣くな」


――私自信が必要とされているわけじゃない!

 

「産んだ後、私はどうなるの? いらないんでしょ!?」


 泣きながら食って掛かる凛に皇帝ははっきりと告げた。 


「ずっとここにいろ」


 その答えにアティフは顔に出さずに驚きを露わにする、という器用なことをやってのけた。


 皇帝を産んだ歴代の女達は、皇帝が言うように帝宮で生涯不自由なく過ごした。

 

 当然、彼女達の仕事の報酬として「不自由なく好きなように過ごすように」と言うと、彼女達が「帝宮に残りたい」と希望したのだ。


 アティフが驚いたのは、それを皇帝が凛に提案したことだ。皇帝自ら、「ここにいろ」と言ったことはアティフの記憶にはない。

 

 言った本人は相変わらず、憮然というか無表情で特に意識して言ったわけではなさそうだが。




***


 泣きじゃくる凛を宥め賺して寝かし付けると、皇帝とアティフは出て行った。


「良いのですか?」


「何がだ?」


「リン様をここに置いて……」


 皇帝がそうすると言ったら良いも悪いもないのだが、アティフは躊躇いつつ確認した。


 今までの女達は、産んだ子供を理由に帝宮に残っていたが、その実皇帝の傍にいたかったためだ。

 世継を産んだ手前無下にもできず、その都度妃さは心を痛めていた。

 そしてそれは皇帝が死ぬまで続いた。


「今まで通りだろう?」


 そう言いながら眉を吊り上げる皇帝。

 なぜ、今更そんなことを聞くのか。


「それに泣かれるよりは良い」


「……御意」


 アティフは二度目の驚きをなんとか押し込んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ