決壊
「お前は嫌なのか?」
凛は皇帝の唐突な問い頷いた。
「皇帝という存在がなければ大勢の人間が死んでしまう」
好き好んで来たわけではないが、もう関わってしまってる以上無責任なこともできない。「関係ない」というのは本来の彼女の倫理観に反する。
だが、全てが夢ではないと分かった今は「私には関係ない」とはっきり言える。
失恋で必要以上に卑屈になっているせいか、他者を思いやる余裕など全くなくしている。
誰が死のうと、自分が死のうとどうでも良い。
いや、もう既に死んでいるはずだ。
向こうの、生まれ育った世界でトラックに跳ねられた。
不幸にも当たりどころが悪く即死ではなかった。
息もできないほどの激痛の中、冷えていく体。凛は独り死んだ。
自分のことなのに余りショックを受けず、もう全てがどうでも良くなっていた。
「……別に、私じゃなくても良いんでしょ」
目の前の男の顔が彼の顔と重なり、投げ遣りに呟いた。
「何を言っているのか分からんが……お前でなくてはならない」
それは子供を産めるからなのだろう。
利用価値がなければ必要とされない。
しかも必要なのは、子供であって凛ではない。
そのためだけにここにいるのだ。
何で、こんな思いをしなければならないのか。
凛の思考はだんだん支離滅裂になってきた。
「おい、泣くな」
――私自信が必要とされているわけじゃない!
「産んだ後、私はどうなるの? いらないんでしょ!?」
泣きながら食って掛かる凛に皇帝ははっきりと告げた。
「ずっとここにいろ」
その答えにアティフは顔に出さずに驚きを露わにする、という器用なことをやってのけた。
皇帝を産んだ歴代の女達は、皇帝が言うように帝宮で生涯不自由なく過ごした。
当然、彼女達の仕事の報酬として「不自由なく好きなように過ごすように」と言うと、彼女達が「帝宮に残りたい」と希望したのだ。
アティフが驚いたのは、それを皇帝が凛に提案したことだ。皇帝自ら、「ここにいろ」と言ったことはアティフの記憶にはない。
言った本人は相変わらず、憮然というか無表情で特に意識して言ったわけではなさそうだが。
***
泣きじゃくる凛を宥め賺して寝かし付けると、皇帝とアティフは出て行った。
「良いのですか?」
「何がだ?」
「リン様をここに置いて……」
皇帝がそうすると言ったら良いも悪いもないのだが、アティフは躊躇いつつ確認した。
今までの女達は、産んだ子供を理由に帝宮に残っていたが、その実皇帝の傍にいたかったためだ。
世継を産んだ手前無下にもできず、その都度妃さは心を痛めていた。
そしてそれは皇帝が死ぬまで続いた。
「今まで通りだろう?」
そう言いながら眉を吊り上げる皇帝。
なぜ、今更そんなことを聞くのか。
「それに泣かれるよりは良い」
「……御意」
アティフは二度目の驚きをなんとか押し込んだ。




