夢ではない
――ごめんなさい。ごめんなさいね
啜り泣きながら謝る声が聞こえる。
声は様々に変わり、老若男女それ以外にも人間ではないような声が入り混じっている。
「泣かないで」
あまりにも悲しい声に凛は訳が分からず慰めたが、声はひたすらに謝っている。
「どうして謝るの?」
――ごめんなさい、ごめんなさい
その悲壮な声は、夢うつつで無防備な凛の心にスッと入ってきた。
「謝らないで。ねぇ、どうしたの?」
――ごめんなさ……たすけて
「助けるの? どうすれば良いの?」
――おねがい、助けて……
「何? 分からないよ。聞こえない」
――ごめんなさい……皇帝を産んで、お願い。助けて
突然声の質が変わった。
――産んではだめ!
「分からないよ! どっちなの!?」
――ごめんなさい。ごめんなさい……
声は悲鳴を上げながら無限の謝罪を始めた。
「ねぇ!」
自分の声で飛び起きた凛は寝汗を掻いていた。
「え……?」
寝汗を拭いながら見回すと、いつかいた豪華な室内。
ベッドの上で暫く呆然としていたが、そこから出るとカーテンのような幕を引っ張って窓の外を眺めた。
部屋は高い場所にあるのだろう。広大な敷地に緻密に配置された庭園を見下ろせる。そして、壁の向こうには整然と並んだ住宅。
現代ではなく、もちろん日本でもない風景。
だが、ヨーロッパ風でもなければ、アジア風でもない。
何が夢でどれが現実か分からなくなってきた。
「大丈夫でいらっしゃいますか?」
「キャッ……」
ふいに声を掛けられて凛は小さな悲鳴を上げた。
心配そうな声とは裏腹にナイマが無表情で凛を見ている。
「驚かせて申し訳ございません……かなり魘されていらしたようですが」
「だ、大丈夫です……あのナイマさん」
「敬称はいりません。何でございましょう?」
「夢じゃないんですか?」
「夢ではございません」
凛の間抜けな質問に、特に表情を変えずにナイマは答えた。
夢ではないとすると……。
「へ、陛下は?」
皇帝にベッドに引きずり込まれたことを思い出し、上ずる声で尋ねた。
「昨夜リン様がお眠りの後、退出なさいました」
凛はホッして溜息を吐いた。
恐らく何もされていないだろうとは思うが、実際に何もなかったようだ。
だが、ホッとしたのも束の間。
先程まで見ていた夢と思えない夢のせいで、凛は落ち着かない気分になっていた。
「あの、それと……」
「はい」
「私は帰れるんですか?」
「私は存じません。ですので、アティフ様に教えて頂きましょう」
ようやく夢じゃない、と認識し始めた凛の質問にナイマの無表情がいくらか緩んだが、凛の表情は硬い。
夢は夢だから良いのであって、そうでなければ凛のいるべき世界ではない。
***
朝食が終わると、直ぐにアティフと、なぜか皇帝もやってきた。
皇帝は先日のように凛が座る向かいに座って不機嫌そうな顔をしている。アティフはその後ろに立って薄らと笑みを浮かべている。
「質問があると伺いました」
「ええ。まぁ……」
まさか皇帝まで来ると思っていなかった凛は、二人から目を逸らした。
何となく皇帝が苦手なのだ。
「さっさとしろ」
躊躇っていると皇帝に促されて何とも言えない気分になった。
偉そうな言い方に委縮するとか腹が立つというわけではなく、妙な気分だ。
夢ではないことを自覚したせいだろう。
「どうして、私なんですか?」
「それは……」
「世界がお前を選んだのだ」
答えないアティフに代わって皇帝が簡潔に答えたが、それは凛の聞きたい答ではない。
「えっと。あの……この世界の女性はだめなんですか?」
「ああ、残念ながらな。それが何故かは分からん」
憮然としながら答える皇帝に、凛は内心溜息を吐いた。
「そうですか。あの、私……帰れるんですか?」
凛の問いに皇帝とアティフは目配せをしている。
「約束はできません」
「そう、ですか……」
何となくそんな気がしていた。
否、確信を持っていた、と言うべきか。
「では、他に質問はありませんか?」
「あ、その、陛下の子供を産むって言う話をナシにしてもらうことって……」
皇帝の顔を極力見ないように努めながら、一番の質問というか望みを口に出した。
途中で、チッと舌打ちが聞こえた。
「お前がここへ来た時点で、既にそう決まっている」
どことなく面白くなさそうな答えに凛は顔を上げた。
声だけの夢のことを話すべきかどうか。




