序章・悲劇の日
のっけからすいません…R15要素ありますので注意
赤々と燃える城下を尻目に、一人の青年が赤茶色の髪を揺らして螺旋階段を駆け登る。
暗い螺旋階段の頂上を目指す、その姿は酷く焦っていて、魔力も体力も尽きていると言うのに、身体を突き動かす。
──クレイン准将。君は、真理を読み解く奇跡を我が帝国にもたらした稀代の魔術師だ。──
「ハァ…ハァ…!」
──我々には時間がないのだよ。いかなる策、いかなる手段を行使しても勝たねばならない。─
「…ハァ…っ…」
─そう、勝利こそが我々の存在意義なのだよ。──
よろける足に力を入れて、最後の階段を登り終えると、目の前に重々しい扉があった。罪人用の部屋のようだが、既に南京錠は開けられている。
「っミーシャ!!」
青年は血を吐くように、その名を叫びながら扉を開くと、青年はその瞳を見開く。
「……おにい…ちゃん?」
「え…エリオット・クレイン!?」
「嘘だろ!死んだはずだ!!」
暗い部屋には5・6人の兵士達と、組み敷かれた一人の裸の少女。
赤茶色の髪に、兄と同じ緑の瞳。大変美しい顔立ちの少女だが、無惨にも頬を殴られたのか赤く腫れ上がり、白い肌には紅い鬱血の痕が散らばっていた。
男達に散々と嬲られた彼女は、既にその命の火が尽きようとしている。
「…っ…」
エリオットの身体に怒りと殺意が魔力となって取り囲み、歯からはギリリと噛み締める音が響き渡る。
今、この場にいるエリオット以外の男を全て排除しなければ気がすまない、いや全てを灰塵と帰すまで治まらない。
エリオットの周りに蒼白い幾つもの魔方陣が浮かび上がる。
「…じゅ、准将…これは、違うんです!!」
「俺たちは何も…!」
と、必死に命乞いをしているが、下半身は先程まで少女を犯していた後がくっきりと残っており、この男達が何をしたのかは歴然としていた。
「…ミーシャ、目を閉じてろ。兄ちゃんが今、怖いものすべてなくしてやるからな?」
ミーシャに向けて穏やかに微笑むが、それが兵士達の死刑宣告となった。
─わかっているね?エリオット・クレイン。君がすべき事はただひとつ─
「俺は…こんな奴らを守るために戦ってきた訳じゃないっ!!」
そう叫ぶとエリオットは、白手袋を脱ぎ捨て己が所有する最大最悪の奇跡のひとつを発動させた。
「起きろオリュクシス!!!!」
【エリオット・クレイン…久方ぶりだね】
エリオットの呼びかけと同時に、部屋中が黒い空間に包みこまれ、エリオットの前にはいつの間にか黒づくめのフードを被った老人が、杖とランタンを持って佇んでいた。
あまりにも突然の出現に兵士達は恐怖で後退する。
「ひっ…!」
「い、《隠者》!?」
「うわぁあっ!!」
【ふむ、若いのよ。哀れよな…我が主人をこれほどまでに怒らせるとは。通常時なら私を喚ぶことも無かったろうが…己が悲運と罪禍を恨むがいい。】
そう言うと、老人はクイッと杖を動かした瞬間ドスドスドスっと肉を貫く音が響き渡る。
部屋を覆っていた闇が槍となり、兵士達の身体を貫く
「アガッ…」
「…っぉぇ」
【ホホホ、痛かろう?だが、まだまだ死ねんぞ?】
操り人形のように、闇の槍に刺されていく兵士達。しかし、何故か死んでいない。
否、この老人の力で死ねないのだ。
何度も何度も串刺しにされながら、兵士達はかつての上司に懇願する
「し、死なせてくれっ…!」
「ぐぁあ…お願いですっ!死なせて下さい准将!!」
そんなに悲鳴を無視してエリオットは、変わり果てた妹の身体にそっと自分の軍服の上着を掛けてやると、小さな身体を抱き上げた。
しかし、男達の悲鳴と悲鳴に怯えるミーシャを見て、エリオットは仕方なく憐れな兵士達の願いを叶えてやることにした。
「燃やせ、オリュクシス。その魂の残滓すら残さずミーシャの前から消し去れ」
【委細承知】
淡々とそう言うと、老人は心得た言わんばかりに頷き、持っていたランタンの火を消した。その瞬間、兵士達の体が炎に包まれる。
「ひぎゃあああああ!あついっあづぃい!!」
「…魂まで焼かれる痛みを味わいながら死ね。」
悲鳴を上げて死んでいく男達を一瞥もくれずエリオットは、腕の中の妹の腫れた頬を撫でた。
「痛かっただろう、ミーシャ。…兄ちゃんが今、治して…」
「っ……おにいちゃん…。」
「ミーシャ、!」
「…いいの…もぅ…最後に…あえた…から」
そこでようやくエリオットの顔が歪み涙を溢れだす。
「ごっ…めんな?兄ちゃんが…魔術師になったばかりに…お前にこんな…」
「ねぇ…約束…覚えてる?」
「ああ!覚えているとも、戦争が終わったら田舎に帰って、牧場やって…俺は美人な嫁さん貰ってっ…お前は…お前、はっ」
「…ダンの…お嫁さんには…なれない…ね」
幼なじみの青年と結婚したいと語ったミーシャは、その小さな願いすら叶えられず、大切な人を遺していくことが悲しくて、ポロポロと涙を溢す。
無理に笑顔を作ろうとする妹を、胸に抱いて、エリオットは必死に泣くのを堪えて、妹の頭を撫でた。
「馬鹿だなぁ、お嫁にいけなくても、兄ちゃんが、傍にいてやる、だから…なぁ、」
「っ…ごめん……ね…」
その命が消える刹那、ミーシャは最後の願いをエリオットに告げた。
─さぁ、我らにさらなる勝利を─
その瞬間、エリオットのこの世界に生きる意味が全て消え去った。
国も
一緒に戦ってきた仲間も
たったひとりの家族も
全てが紅い炎の中で、消えた。
「っこれは…!」
駆け上がってきた複数の足音に、エリオットはゆっくりと振り向くと、先程まで戦っていた敵の女将軍と敵兵達の姿があった。
闇に覆われた空間に不気味な老人、串刺し状態のまま燃える兵士達の死体を見て、怯えたように中には入ってこない。
銀色の髪が美しい少女将軍だけは、躊躇せずに中に足を踏み入れると、キッと愛らしい瞳でエリオットを睨み付けた。
「見つけたぞエリオット・クレイン…!私との戦いを投げ出して、ただですむと…。」
「…おい、微乳。お前に頼みがある」
「…なっ微乳!?」
淡々とした声に動揺する女将軍に、エリオットは妹の亡骸を抱き上げたまま歩みよると、そっとその身体を差し出した。
「なんだ…この少女は…」
「俺の妹だ…ミーシャと言う。今まで軍部に監禁されていた…。」
「っ…!」
少女の様子と、串刺しの兵士達の様子で何かを察したのか、女将軍は苦いものを噛み潰した表情で、目を伏せる。
「…俺の代わりに弔って欲しい。納棺の時は綺麗な服を着せてやってくれ、裸じゃ…可哀想だ」
「当たり前だ!裸で納棺する馬鹿がいるか!!」
「…ついでに…埋葬するなら、ボローズ村の…ダニエル・ベニルの墓の横に埋めてやってくれないか?結婚の約束をしてたんだ…」
「…わかった。」
女将軍は頷くと、まだ暖かいミーシャの亡骸を受け取り、後ろの部下の騎士に渡す。
騎士も痛ましそうにミーシャを丁寧抱き上げてくれたので、エリオットは安堵の表情を浮かべた。
「恩に着る…これを持っていけ」
胸から何かを剥ぎ取ると、エリオットはそれを女将軍に手渡す。
「…これはお前の勲章ではないか…これを私にどうしろと言うんだ?」
「俺が死んだ証としてお前の上司に渡すがいい。 俺はこのまま《札》を持ったまま異世界にわたる」
「なっ!ふざけるな!それは元々は我が国の聖遺物だぞ!《適合者》の貴様を捕らえて本国に連れて戻るのが私の使命だ!」
「抵抗した俺は自害。《札》も一緒に燃えたことにすりゃあいい。」
「…何を…」
「…もうウンザリなんだよ…国とか軍隊とか…俺の大事なもんを全て奪いやがって、やれ壊せだの、やれ殺せだの言う。その結果がこれだ!」
鬼気迫る、エリオットの顔に敵兵士達や女将軍も押し黙る。
聖遺物争奪戦争
これまで聖遺物という古代神が遺した神具をかけた争いで、多くの犠牲が生まれてきた。
聖遺物とは古代神が作った道具で、使える人間を選ぶ。
聖遺物は自分を使える《適合者》を見つけると、その主の元へと行くという。
《適合者》は聖遺物を手に入れると莫大な力を使えるようになり、その力を手に入れるため、国はその《適合者》を縛り付けた。
例えば、エリオットのように身内の人間を人質にしたりして
今回もまた、その結果が国の崩壊を呼ぶことになったのだ。
「…死ねたら…どんなに良かったんだが…。」
そう言うと自分の手の甲を見る
「戻れ、オリュクシス。」
【御意】
部屋で成り行きを見ていた黒ずくめの老人は、ゆっくり頷くと姿を闇に再び沈めた。
すると部屋はパッと明るくなり、元の殺風景な部屋に戻る。
オリュクシスと言う老人が消えたせいで、突き刺さっていた兵士の死体が床にボトリと落ちると、そのまま灰の固まりとなり姿を崩壊させた。
「じゃあな」
そう言うと、エリオットは手の甲にうっすら「ⅩⅩⅠ」の文字が浮かび上がる。
「まさか、」
「開け──《世界》。」
止めようと女将軍が手を伸ばしたが、何か見えないものに弾かれる。
「て…んし?」
月桂樹の輪を持った、男性にも女性にも見える優美な銀色の天使。
天使は水銀のように柔らかく姿を変えて一対の扉となった。
「お前は、この世界から逃げると言うのか!?」
「……。」
「生きる世界を捨てることは、自分の歩んできた道を捨てると言うことだ、お前は…妹の死から目を反らすと言うのか!」
「……反らしやしない。妹を死なせたのは俺の責任だ、俺が強くなかったせいだ。」
「なら、」
「…言っただろ俺はこの世界に生きる事にも、俺自身にも絶望したんだ。そんな俺にミーシャが最後に願った言葉はなんだと思う?」
─生きて─
たった三文字の言葉だが、その意味は重くエリオットのこの世に繋ぎ止める枷となった。
「…俺は生きなくちゃならない。それが俺の罪であり、ミーシャの最後の願いだからだ。けれど、俺はこの世界で生きるつもりはない。お前は、両親を目の前で殺された事があるか?」
「っ…」
「身体中を実験動物のように弄られたことがあるか?」
そう問う声は静かで絶望に満ちていた。
「妹を助けたくて、必死に魔術を覚えて、《札》も使役できるように血を吐きながらがんばったさ。軍隊や周りの奴らから化物と忌み嫌われ、染めたくもない血で、己の手を染めた俺の気持ちがわかるか?」
女将軍に歩みよるとエリオットは、女将軍の頬にそっと手を添える
「命を奪うたびに、おかしくなる精神を必死に保って、
馬鹿みたいに帝国の犬に成り下がったこんな惨めな俺の姿は…お前の目にはさぞ醜く映るだろう。」
必ず最前線に放り込まれた彼は自分が血に染めた大地をみて何度も絶望した。
けれどミーシャという命の光があったから彼は彼を辛うじて保てていたのだろう。
…その光も最悪な形でかき消されてしまったが…。
今の彼は酷く泣き出す迷子のようで、その場にいた敵兵達でさえ憐れに感じたほどだ。
「…俺らは何処にも居場所はない。そんな世界にいるだけ無駄だ。」
「エリオット!」
エリオットを掴もうとした女将軍の手首を逆に掴むと、エリオットは女将軍の細腰を抱き寄せ、耳元に唇を寄せた。
「さようなら、ラーナリア。最後に俺を人間扱いしてくれた…優しい剣の姫」
初めて、初めてエリオットに優しい声で名前を呼ばれた女将軍の蒼い瞳から、涙の雫がハラハラと流れる。
彼はラーナリアにとってはどうしても勝てない男だった。
しかし、彼は戦場で対峙しても、敵の彼女を殺さなかった。
殺さなかった理由はラーナリアは既にわかっていた。
ミーシャと同じ年頃の少女将軍をエリオットは殺せなかったのだろう。
彼が自分を誰かに重ねていいたのを知っていたから、余計に悔しかった。
切なくて、悔しくて異世界になんて行って欲しくなかった。
「いつか、いつか…お前より強くなってそっちに行く…覚悟しておけ、私はしつこいぞ。」
精一杯の虚勢の言葉に、エリオットは困ったような苦笑を浮かべた。
その瞬間エリオットの身体は光の粒子になって、《世界》の扉の中へと消えていった 。
──かつて、エデイン帝国に赤髪の魔術師がいた。
22の聖魔札と56の精霊札と4枚の神獣札に選ばれた稀代の魔術師は黒い軍服を纏い、戦争の最前線で多くの敵兵を殺しつくした。
死神と言われた彼を知るものはこぞってこう言う
「死神と言うより、風みたいな人だったな。気ままで、勝手で…そのくせ優しい変な奴。」
その名は歴史書には乗らず、彼の空っぽの墓だけがこの世界に残った。
※ネタバレ含みます
主人公
エリオット・クレイン
・赤茶色の髪に、緑の瞳。黙っていれば猫系イケメンです。
・元エデイン帝国魔導軍准将。
・魔術
錬金術・召喚術 が得意
・聖遺物・
《愚者ベルナードの切札》
属性・寄生型
分類・召喚系聖遺物
タロットの大アルカナ22札と小アルカナの56札と四大元素の4札…合計82からなる 最強の聖遺物
アヴァロンではあまりだしません。
主人公のイメージはアーサー王伝説にでてくるマーリン
飄々としていて偏屈な性格をしてます。
元の世界キャムランでは聖遺物使いの中じゃ上の中の強さですが、アヴァロンでは最強です