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オオエドの雪にも似たり男たち  作者: 笹吉 栄一
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~イントロダクション~ 「今宵、桜」(夜)

丘の上に佇む、一本桜。永き年月を経て大きくなった幹。幾重にも重なり美しい流線を描く枝。

月の光を受け、花びらがほのかに輝いている。

これまでどれほどの時間、オオエドの日々を見つめてきたのだろう。


女が一人佇んでいた。白くけぶる枝先を背に、ただ黙って丘の下を眺めている。

その姿は艶(あで)やかで、見る者を惹きつけるような妖しさを帯びていた。


「お亮さん…」

柔らかな声で名を呼ばれ、女はふっと口角を上げた。その笑みはあざとくも美しい。

「お待たせだぁねぇ。」

ひとりの男が丘を上がってくる。腰には二本の細い刀。

けれど、その姿はどこか曖昧だった。月明かりに浮かべば淡く、影に入れば深く沈む。

白とも黒ともつかないその姿には、妙な透明感がある。

「あら。辰じゃないかい。」

丘を上がってきた男に声を返すと、お亮はその肩にしなだれかかった。

「ずいぶん遅かったねぇ。」

「俺にも支度があるからねぇ。」

取り留めのないやり取りのあと、二人は顔を見合わせて小さく笑った。


桜の幹の向こうから、足音が聞こえてくる。

「お待たせしました、お亮さん。辰さん。」

「目黒様、お疲れ様。」お亮が微笑んで返す。

「黄市と大介もすぐ来ます。」 

お亮の笑みを受け止めきれない目黒は、耳を赤くしながらキョロキョロと視線をさまよわせた。

「今回の詳細は?」苦笑しながら、辰が目黒に問いかける。

「メインターゲットは二名。大黒屋の内縁の妻を騙る飯炊き下女と番頭。」


「…下女の方はだいたい同僚二人と一緒に行動。お仲間とみてよし。番頭にはボディーガードが生意気にも三人ついてまさぁ。」

ここで黄市と大介が到着し、詳細は大介が教えてくれた。

そして、二人のすぐ後をシロが上ってきた。

お亮は、一瞬小さく眉をひそめたがすぐ戻す。

シロの方は、そんなお亮の表情に気付かぬまま、桜の元に着いた。


「大黒屋の主人の方は?」


「…絵にかいたような二代目道楽親父。芝居小屋に入り浸って日がな一日推しのおっかけ。」

お亮のすぐそばで声がする。何もないように見えていた幹の影がわずかに揺らいだ。

揺らぎは次第に濃くなり、やがて人の輪郭を形作る。いつの間にか蒼太がそこにいた。

「蒼太。お前さんいつから?」黄市が問う。誰も驚いてはいない。単なる確認作業だ。

「お亮さんと同じくらいに。」蒼太はそっけなく返す。

皆がお亮を見たが、お亮は黙ってほほ笑むだけだった。



―――ふいに、風が吹いた。

枝垂れた桜の枝が大きく揺れ、花びらが一斉に舞い上がる。

けれど不思議なことに、風は丘を下ることなく、何かに導かれるように一方へ流れていった。

花びらの向かう先。そこには一人の男がいた。

舞い散る花びらを従えるように、ゆっくりと丘を上がってくる。

紅十郎だった。彼はぐるりとそこにいる者たちを見回し、確認するように口を開いた。

「皆、集まったようだな。」

その言葉に大介が小さく反応する。

「あのぉ…。」

しかし、紅十郎はみなまで言わせることはなかった。桜を見上げ、ひと声――

「橙…」 「おう。」

頭上から返事が聞こえた。皆が顔を上げる。

彼らの上、高く伸びた樹の分かれ目に、昼間見かけた瓦版屋がにこにこしながら立っていた。

「…皆、集まっているようだな。」

紅十郎は、再度繰り返した。


と、シロがあからさまに不機嫌な声で頭上の男 ―橙― に声をかけた

「そこ、降りて。」

「…なんで?」

橙の返事は軽い。その返事にシロはますます声を低くする。

「…気に入らない。」

「なにが?」

どうやら、橙はシロの不機嫌の原因に思い当たる節があるようだ。

それでいて、のらりくらりと返し、降りる気配を見せない。

「………ずっとそこにいたんで…しょっ!」

最後の一声と同時に、シロは思い切り桜の幹を蹴り上げた。固い音と共に、桜が大きく揺れる。

突然の揺れに、橙は慌てて樹をつかんだ。下のいる者達も驚いて一瞬固まった。

「ったく。いきなり蹴るなや。落ちたらケガするやろ。まぁ、落ちひんけど。」

シロの行動に文句を言いつつ、橙は身軽に皆の元へ降りてきた。

「…ずっといたのに何にも言わずに黙って見てるなんて。いやらしい!!」

「だからって桜を蹴るか普通!?木ぃが可哀そうやろ。」


「お前達、仲良しだな…」

「!!!やめて辰さんっっ!!こんな橙猿と一緒にしないでよっっ!!!!」

「誰が猿やっっ!!このシロわんこ!!!」

きゃいきゃいと、この場には似つかわしくない『口論』というには子供じみた争いが始まる。


「…お前ら、そろそろ‘終われ’」

そう言って、蒼太が体に隠しながらそっと指をさす。

その先では…口元だけ弓なりに上がったお亮が、そのまなざしを真っ直ぐに二人へ向けている。

二人は勢いよく気をつけの姿勢で、彫像のように黙って前を見た。 

但し、お亮からは視線を外して…




「…さて…」

紅十郎の一言に、場の空気が一気に引き締まる。

「今回の件、黄市、大介、目黒の確認通りで相違ないな?」

「はい。ターゲットは大黒屋の『下女おかる』と『番頭の利平』の二名です。」

目黒が答える。

「おかるはいつも同僚二名。利平には用心棒が三人。」

大介が続く。

「『主人の与吉』は芝居小屋通いで今夜も出ております。」

黄市が付け加えた。

「…俺、今日小屋いないけどね。」

「いや、蒼太君推しなんかい。」

蒼太と橙の小さなやり取りに、軽い笑いが起こる。

だが、皆の目はすぐ紅十郎に戻り、紅十郎は小さく頷いた。

「では、予定通り進める。各自、抜かりなく。」

「はっ。」

「終わり次第道場へ。そこで私に報告。いいな。」

「はっ!」

全員の瞳から光が消えた。オオエドの街で彼らの裏の仕事が始まる。



―――もう一度、風が吹いた。

丘の上にはもう誰も残っていない。

ただ一本桜だけが、月明かりの中に佇んでいた。

花びらが彼らを追うように、静かに夜の街に舞い落ちていった。








本編始まります。なんとか続きそうでございます(苦笑)

そして、全く関係のない個人の感想ですが…新曲。あれもこれもなんてタイミングwww

もうエンドレスリピート待ったなし。はぁ~。チュキ✧♡(やめなさい)

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