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第1話 宅配司書と作家志望 ⑧
氷砂糖で彩られた、パンケーキの上の蘭の生花がしおれてしまうかと思われるほどの時が流れた。
少なくともプルメリアの体感ではそうだった。
恐る恐るカイの向けから顔を上げようとした時。
髪を、優しく撫でられた。
「そうなんだ。おめでとさん」
とても、穏やかで。
心からの、言葉。
「そうかぁ。小生意気で強気なプルメリアが結婚か」
心から破顔する、彼は。
ついでのように付け加えた。
「実はさ」
かすかに頬を染めながら。
「オレも近いうち、家庭持つことになるかもしれなくて」
上げかけた顔は、行き場を失う。
「――そう」
何も掴めず、宙を切った手が掴むのは、心にない言葉。
「そうなったら、お互いの家族同士で遊んだり。それも楽しいかもね」
そして、心にない笑顔。
プルメリアは薄く、微笑んでいた。
「さようなら」
言葉にした直後、雪崩のように崩れ出す顔を見られる前に窓枠を飛び越え、走り去った。