第5話 宅配司書が死ねない理由 ⑦
数日後のウィスタリア私立図書館昼休み。
閉架書庫奥の作業台で自作の帯のキャッチコピーを考えていたプルメリアの横に、いつものごとく絵筆を持って絵画の資料集めにと館内を歩き回っていたスウィーティがふらりと足を止めた。
「プル姉さんの新刊、貸出の需要多くて困ってる、印刷と運搬が間に合わないくらいだって、ワットが言ってたよ。わたしも一度読んだらはまっちゃって! 早く続き読みたい!」
プルメリアの隣に腰掛け、それまで修理用の絵本をぱらぱらとめくっていたラヴェンナも顔を上げる。
「同意です。古今東西の文学の中の恋人たちが現代で騒動を繰り広げるコメディ。読みやすく、恋模様もリアルです」
「ふふん」
自慢の艶やかな黒髪をかき上げプルメリアは勝気に微笑んだ。
「なぁに? あんたたちにも良作ってもんがわかってきたじゃない」
「不思議だよね~。こんなにリアルな恋模様を書けるプル姉さんが、恋愛経験皆無って、ほとんどウィスタリア私立図書館七不思議その一~」
手の甲に顎を乗せふりふり呟くスウィーティの額を、プルメリアが小突く。
「何よ、あんただって恋愛経験ゼロのくせに」
「えへへっ」
おどけた彼女に横から思わぬ援護射撃が加わった。
「恐れながら、スウィーティの場合は、更新される日が近いのでは。――最近少しずつ、ワットと話していますよね」
「ら、ラヴェンナちゃん……」
援護射撃をまともに顔面に食らった状態のスウィーティは真っ赤だ。
「マジ⁉ お互い意識してんの明らかなのにそろってふがいなくて全然進展なかったのに⁉ これ絶対だめだなって外野も諦めてたのに⁉」
「事実は小説よりなんとやらです。プルさん」
「は~ぁ。マジか、そうなのか」
「スウィーティは愛らしいですし、その気になればきっと!」
「もう、やめてよう」
顔をかくしてじたばたと暴れるスウィーティに、恋人いない歴イコール年齢を更新中のプルメリアはふんと息を吐き出す。
「結局それね。金かけて顔でも作り変えりゃ男が寄ってきて幸せになれるんでしょ」
「あはは、すねないすねない。かわいくてごめんね。でも、プル姉さんだってエキゾチック美人だよ?」
「うるさい、すねたくもなんのっ」
一喝すると、プルメリアはサンプルで印刷所より送られてきた美麗な本の帯をふりふり、遠い目をして世間話を始める。
「こないだまたまた友達が結婚したって連絡きてー。添付されてた写真見てびーっくりよ。顔が全然違うのその子。もう別人」
「まぁ」
「わぁお!」
ラヴェンナが口元に指先を、スウィーティが丸めた拳をあて、それぞれ鮮明な反応を見せる。
「まぁそういうことよね。相当な高額工事だったらしいわ。手近だし、賢いわよね、そうした方が」
「へ~。みんな必死なんだねー」
くすくすと笑い声がして、何かと見れば、ラヴェンナがわかったような顔で笑んでいる。
「ですが、プルさんはそうしない理由があるのですよね」
絵本を補強専用のビニールを器用に張りながら。いたずらっぽいその笑みに、プルメリアはぱんっと枕を叩く。
「はっ。こちとらそんな金あったらなんて夢すら見れない貧乏作家だわ」
「お金があっても、しません。今のような美貌に恵まれていなかったとしても。そんな気がします」
「……」
ふぅと息を吐き出し、プルメリアは反撃に出た。
「ていうか、ラヴェンナ。人のことあれこれ言ってる場合じゃないでしょ、あんたも」
人差し指で額をつついてやれば、はい? という間抜けな反応が返ってくる。
「そうだよー。昼間の社長、ちょっとかわいそうだった」
スウィーティにも同意され、ラヴェンナは俯く。
「かわいそう……。社長が、ですか」
「いい機会だから訊いとくわ。あんたプライベートはいつも何してんの? 図書館の仕事がオフの日とか、仕事終わった後とか」
「ええっと。宅配に行く準備や資料集めなど」
突き付けていた人差し指を解き放ち、プルメリアは自らの額にあてる。
「やっぱり無趣味人間か」
むっとしたようにラヴェンナも言い返す。
「たまに、スウィーティとお茶します。プルさんとだって」
「でも、それ、誘うのみんなわたしたちからだよね?」
「それは、はい……」
自らの指摘にうな垂れたラヴェンナに言い過ぎたと思ったのか、スウィーティはにっと笑顔を作る。
「カレシとかほしいと思わないの?」
投げられたプルメリアの問いにもラヴェンナは首を傾げるばかりだ。
「そういう問題はその、不得手というか……」
「男の子とデートしたいとかも、ない?」
継ぐスウィーティの差し向けにも反対方向に首を傾げる。
「どのようにふるまい、話をすればいいか、検討がつきません」
「ねぇ」
両肘をテーブルにつき、上目遣いで、スウィーティはどこか悲し気な視線を送って寄越した。
「ラヴェンナちゃん、ちゃんと自分に潤いあげてる? 潤いないとお花の化身である女の子は枯れちゃうんだよっ」
スウィーティ・ハニービーンズのにぱっと笑顔。その名も蜂蜜の甘味。
「は、はぁ……」
「はい、メルヘン語派スウィーティ語の解釈はいいから、社長が言ってたこと、きちんと考えなさいよ」
「そうだ」
にわかにぱりちと乾いた音がしたかと思えば、スウィーティが両手を合わせうっとりと地下の天井を眺める。暗いコンクリートのそこにまるで、美麗な天井画でも描いてあるように。
「ねぇ、旧市街で毎年やってるクリスマスマーケットってもうすぐだよね? この機会にラヴェンナちゃん、社長とデートしちゃいなよっ!」
「へっ?」
「いいわねそれ、おもしろそう」
便乗の文字通り、右半身をもたせかけてくるプルメリアに。
「ま、待ってください。ですから今、デートというものには対処不可だと――」
スウィーティにも目配せするラヴェンナだったが、夢心地の彼女から返答はない。
「問答無用。ラヴェンナ、今から言う台詞そのまま、社長に言うこと! そうね、明日の昼休みがいいわ。プルお姉さんからの宿題!」
再び突き付けられた人差し指に大人しく額をつつかれるままにしながら、
「う、承りました……」
ラヴェンナはぐっと目を閉じたのだった。




