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第5話 宅配司書が死ねない理由 ③

 紅色に金の装飾のついた扉を開けると、高々とそびえる円天井からの光がラヴェンナのセピアの髪に一筋の銀を投げ入れる。

 施された絵画に金の装飾。

 それらをぐるりと隙間なく囲む、ウィスタリア私立図書館の開架書架。

 出向いていった中央カウンターにひっそりと立っていた女性を見た時、何故だか全身がぞくりとしたのをラヴェンナは感じた。



 何故だろう。儚げな美しい女性なのに。

 セピア色の髪と、ウィスタリアの瞳。

 開口一番、その女性はこう言ったのだ。



「生きているる意味って、なんですか」

「――」



 だが、ここでたじろぐ宅配司書ではない。

 人生に惑う人をまた一人救えるかもしれない野心に燃え、さっそくラヴェンナは書物を書架から寄り集め彼女に示した。宅配司書に訪問する日程も場所も訊きそびれるほどの情熱を持って。

「こちらのディケンズ作『クリスマス・キャロル』には、孤独な老人がクリスマスに訪ねてくる三人の幽霊との旅を通して最後にいきつく幸せの形を提示していますし、幸せな家族像といえば『若草物語』でしょうか。それともお客様は人間関係でなく、お仕事に人生の意義を見出したいですか? でしたら、オー・ヘンリーの短編集から『最後の一葉』はいかがでしょう。自分だけを待っている、人生最後の仕事。それを一枚の葉を描くことに見出した老人の話です。なぜそんなことに? と思いますよね。これを読まれればきっその意義深さがおわかりいただけるはずで――」



 熱湯が迸るように語られた言葉は、不気味な忍び笑いに遮られる。

 目の前の女性は可笑しそうに、笑っていた。

「家族も、仕事も名声も、健康な心身すら」

 かっと見開かれたウィスタリアの目には狂気の色があった。

「ぜんぶ、ぜんぶ。生きているうちに失ったとしたら?」

 ラヴェンナは言葉を止めた。

 ぞわりと全身が逆立つような感覚。

「宅配司書さん」

 だがその声はか細く生気がない。

「来てほしいの、うちに」



 唐突な言葉に数秒逡巡したのち、気持ちを切り替える。

「申し訳ありません。ご納得いただける答えを提示できなかったようです。でもご安心くださいね。人生の意味を問うた書は無数にあり、答えもその数だけ、いえ、それを読んだ人の数だけあるのです。――お客様だけのたった一つに辿り着くためには、そう、まずはレファレンスを兼ねた全体的な計画を立案を優先すべきでした」



 一礼し、引き出しから宅配司書申し込み用紙を取り出す。

 雰囲気でお客様を判断するなど、あってはならないことだ。

「訪問希望とのこと、かしこまりました。しばらく出張の予定もありませんし、大丈夫ですよ。どのような本をお望みですか? お望みのブックトークのテーマはございますか?」

 手際よく、パソコンのマウスと、目録を用意する。

「あなた自身が、ほしいと言ったら」

 格段に低くなった声に、ぞわりと心臓ごと震える。

 思考が停止し、パニックになる。

 何故だ。

 自身の身体の反応にラヴェンナは戸惑う。

 まるで強制終了のように――。



「申し訳ありません。当社は図書館ですので、そのようなご注文は承っていないのです」

 答えた声は社長のダイアンだった。

 品の良いスーツ姿でいつの間にかカウンターのすぐ横にたたずんでいた長身の彼に、ぎりろと、女性の目が向けられる。

「人さらい! 泥棒!」

 それまでの弱々しさから人が変わったような、強い憎悪を滲ませた叫び。

 目にも止まらぬ速さでカウンターの内側に回り込まれ、首筋に回される手がぞっとするほど冷たく、思わずラヴェンナは瞳を閉じそうになる。

「あたしはこの子がいないと生きていけない! それなのにあなたは。我が子と親を引き裂いて楽しいの⁉ この人でなし!」



 図書館員の面々はもちろん、閲覧席にいた客も驚いてこちらを見つめている。

ただ一人、落ち着きはらったダイアンはにこりと微笑んだ。

「あなた方はラヴェンナさんを捨てたのです。それをわたしが拾った。彼女の身の置き所はわたしに一任していただきます」

 つつ、と首筋に生ぬるい感触を感じれば、女性の爪がラヴェンナの首に食い込んでいるのだった。

 すっとダイアンの口元から笑みが消え去る。

「それを逸脱されるようであれば、こちらにも考えがございますが」

 帳を降ろしたように停止が迫りくる頭をラヴェンナはどうにか動かそうとあがく。

 この女性は誰? 我が子と親とはどういうこと?



「彼女はうちの司書です。ご用向きの際は社長室へお願いいたします」

 冷や汗がすうっと引いたのと同時。

 女性の手の感触も首筋から消え、そわりそわりと、彼女は図書館エントランスへ去っていった。


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