第4話 宅配司書ができるまで ⑥
それからダイアンは度々少女に物語を願った。
息もつかせぬ列車の中でのミステリー、出世のため貴婦人に恋をしかける青年の物語、古い騎士物語や、神話、伝説まで。
少女が疲れると休ませ、本を読んだ。
書物ほど非実用的なものはないと高をくくっていた自分の傲慢さを嘆きたくなる。
こんなにも時を忘れさせる世界があったのかと思う。
数日経ったある日、ダイアンは茶色い包装紙に包まれたものを持ち帰り、目を見開く少女の前で開いた。
ぱたぱらと床に置かれたそれらは、花や動物、乗り物が描かれたもの。
「本です。あなたぐらいの年の子向けの」
目を大きく見開き、後ずさりし――少女はそれらに飛びついた。
あっと言う間もなく、むさぼるように印字された文字を読みだす。
難解なアラビア文学を諳んじる子にいかがなものかとも思ったが。
知らず笑みが零れた。
「やはり、お好きなのですね。物語が。気に入っていただけたようで、嬉しいです」
少女の顔に、笑みが浮かぶ。
初めて見た表情に得も言われぬ何かがダイアンの中に迸った。
だがある時笑顔は消え、ぽかん、と彼女が口を開けた。
ダイアンは顔を強張らせる。
それは思考停止――恐怖から強制的に意識を逸らすために生じる状態だと、本能的に知っていた。
扉を乱暴に押し開ける音が響いた。
笑みを消し去り、少女を後ろにかばうと、ダイアンは構えの姿勢をとる。
「おっと。攻撃の意図はない。手を下ろしてくれよ」
撫でつけた髪に、黄金や宝石類で飾ったスーツに派手なクラヴァット。
入って来たのはゴルディ氏を貶めるためBLS09――少女を拐かすことを『ビスクドール』に依頼したシルベステだった。
「なぜここがわかった」
「『ビスクドール』から手配されたあんたの第二号が、つい先頃地下オークションを襲って失敗してな。腹いせに教えてくれたよ。あんたの仮住まい」
ちっと舌を噛む。
盗賊団内でも、業績に嫉妬する輩の顔は何人か挙げられる。
ちらりとシルベステはダイアンの横に隠れている少女を見やった。
「これかな。例のBLS09は」
震える小さな頭を膝元に抑えつつぐっと、ダイアンは口籠る。
「……対価が用意できていればすぐにでも引き渡す」
零落した企業だ。すぐに取引可能ということはあるまい。
シルベステはごまかすような笑みを浮かべる。
「まぁ、そうあわてるな。今日来たのは現物の確認だ」
じとりと少女に滲みより、腰を落とすと、卑しい目つきで眺めた。
「大きな買い物だからな。傷や欠陥がないか見せてもらおう」
小さな身体に触れ、胸元のボタンに手をかける。
ダイアンの膝からそっと目を上げた少女は無感動にその目を瞬いていた。
何も問題はない。ただの点検作業。そのはずだった。
なのにその瞬間、ダイアンはシルベステを突き飛ばしていた。
有無を言わせぬ力で壁に顧客相手を押し付けたその手に自身でも戸惑い、しかしそれはおくびにもださず顧客を睨む。
「……まだ彼女はうちの商品だ。丁重に扱ってもらわねば困る」
ただ嫌悪が止まらなかった。
「雑に扱う客には売れない。例え大金を積まれても」
唇を突き出すと、シルベステはふんと鼻息を吐く。
「賊のくせに、いっぱしの職人気どりか」
日を改めようと、顧客が去っていってもしばらくダイアンは、右手を見つめたまま。
彼自身の惑いを写し取ったようにぱちぱちと開いては閉じられる少女のウィスタリアの目が視界に入ってきた。




