第4話 宅配司書ができるまで ⑤
女性不審にとりつかれ、一夜をともにした女性を次々に殺していく王。
そこへ勇敢にも現れた女性、シェヘラザード。
彼女は一夜ごとに王に物語を語り、気になる続きは明日の夜と締めくくることで、王の刃をかわしていく。
息をするのも忘れていたことに、ダイアンは気付く。
物語に次ぐ物語に夢中になっていたのもそうだが、なにより少女は登場人物たち、とりわけシェヘラザードを演じるのが途方もなくうまかった。
まるで本当に東方の美女が語るかのような落ち着き。魅惑的な声音。神秘のヴェールに覆われたさかしげな瞳を彷彿とさせる、知性。
聞こえてきたかすかな息継ぎに我に返ると、疲れたのか少女は喉を抱えている。
コップに汲んだ水を与え、ごくごく飲み干す彼女にダイアンは感想を伝えた。
「おもしろかったです。正直驚きました」
思わず、ありのままの、想いを。
「機械と言われたあなたが、こうも情感豊かに語るとは」
じっと、コップを手にぱちくりとこちらを見つめる少女を見返す。
「自分の言葉は失ってしまったけれど。誰かの至宝のような言葉を汲み取り、再現する能力にかけては、あなたのそれは目を見張るものがあります」
「――?」
きっと、褒められたことなどないのだろう。
意味を咀嚼しようと彼女が懸命に瞳を凝らしている合間すら、もどかしい。
まるで悩ましい物語をその内に秘めた美女を前にし、続きをせがむ王となった気分だ。
「まるであなたがシェヘラザードのようだ。彼女の姿が隅々まで目に浮かびました」
それは贅沢で、何かに充溢していて。
上質な時だった。
しみじみと語られた言葉を咀嚼するように瞬かれる瞳に。
心から、ダイアンは問うた。今夜はあなたを疲れさせてしまったから、と。
「別の方法で続きを聴くにはどうしたらいいですか」
その後要した沈黙は、少女の瞬き二つ分。
「『ガラン版千一夜物語』」
瞬時に少女は物語の出典を唱えた。
なるほど。
世にも有数の物語だったとは。
感嘆の吐息でこの至高の劇場を締めくくり、ダイアンは少女を抱え上げる。
深みのある知性、人間の感情のここまでの子細な表現。
ダイアンは今、痛烈に感じる。
少女は人間なのだと。
もしかしたら他の誰よりも。
自分の言葉が語れさえしたら彼女は。
それすら語ることができればきっと彼女は。
豪奢な料理を味わった以上の満足感。だが焦げ付くように胸が痛んだ。
「あなたも、シェヘラザードさんと同じように」
ベッドに降ろす間際、彼は少女に言葉を落とした。
親愛の口づけ代わりにも、ならないかも、しれないが。
「その物語を武器とできるかもしれませんね」
それでも少女は満足そうに、眠りに落ちていった。
☆彡参考文献
『千一夜物語 ガラン版 1』 西尾 哲夫/翻訳 岩波書店




