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第4話 宅配司書ができるまで ③

 第一任務、完了。



 列車の中、端的なメッセージを送信した直後、右側からなだれ込んできた重みに、ダイアン・オルブライトは身じろぎした。

 隣で熟睡しているのは九歳の少女。道中微睡んで倒れそうになる彼女を何度か支えたが、数分ごとに倒れ込み、きりがないので列車までは抱き込んで移動した。

 黒いシャツに、スラックス。ワインレッドにカカオを混ぜたような鳶色の髪。ボルドーの瞳は目立つので、カラーコンタクトが漆黒に染めてはいるが。



 目立たぬ市民の恰好に着替えた眉目秀麗な青年と、みすぼらしい少女。

 親愛の情が通った父子か兄妹に見えてかえって怪しまれなかったのかもしれない。

 地下オークションに今宵出品されるBLS09を盗み出す。

 それが彼が上から課せられた任務だった。



 ダイアンが属するのは盗賊団『ビスクドール』。

 人形のその名の通り、誰にも感情を抱くなというのが集団の鉄則である。

 社会から捨てられた孤児や問題児出身である彼らは言う。

 世界は我々を見捨てた。

 ならば生きるために一切の情を捨てよ。



 幼少期に入団した時、彼はそれを便利な掟だと思った。

 感情があるから物事はもつれる。人間関係もしかり、人間自身もしかり。

 だが。

 少女の胸が規則的に上下しだしたのを見てとって自身も仮眠をとろうかと身を沈めながら、ダイアンは微睡みだした頭で思う。

 そう信じて生きてきた人生は人生と呼べぬほどぱさぱさで。

 生きるために情を捨てるのはいい。

 ではそうして生きるのはなんのためだ?

 そんなふうに捨て鉢になる思考を脳の上部が嘲笑する。



 ――何もかも、くだらない。

 生きる意味など、平生に似合わず詮無いことを考えたものだ。

 体力を回復させる必要があるだろう。

 再び目を閉じかけた時、右腕にかすかな身じろぎを感じて、ダイアンは再びもたれかかる少女に向きなおる。

 最初の一、二度は強く徐々に柔くなる瞬き――後に現れたアメジストのような瞳に一瞬、息を呑む。



「目が、覚めましたか」

 なぜか出てきたのは丁寧語だった。

 これまで女子どもを相手にする仕事が多くは回ってこなかったせいだろうと事実を胸の中で受け流す。

 少女は瞬きするだけで返事がない。

 窓の外の山岳地帯の向こう、東方より登ってくる朝日に照らされウィスタリアの目が輝く。

 染み一つない、触れればさぞ柔らかだろう肌。

 子どもだ、と改めて認識した自分を思考から追いやる。



「あなたには、一月後のその日から、シルベステ氏の愛用品として生活してもらいます」

 ゴルディ氏の読みは正しかった。

 ダイアンの属する集団――『ビスクドール』に大金を支払い、書物大量記憶装置を盗み出すよう命じたのは、そのライバル宝石企業取締役のシルベステ氏だった。

 ゴルディ氏に業績を追い抜かれ、絶えず嫉妬の目を光らせていたのである。

 少女に視線を戻すと、返事どころか反応らしい反応も窺えない。

 書物大量記憶装置という特徴柄、言葉を介さないということはないと思うが。

 何らかの理由で声が出ないのだろう、と朧気ながら判断する。

その瞳のあどけなさを認識したくなくて、ダイアンは早々に第二任務――少女の隠し場所の手配に着手した。


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