第3話 宅配司書と女学生 ①
「おはよう、お母さん」
「ん」
ほっそりした品のある女性を思わせる白樺の木々が纏う黄金色に染まった星型の葉が揺れる、九月のロンドン。
「今日からエーシェント大学に通うから。寮に帰るからね」
「そう」
白亜の古風な建物が連なる通り。広めのテラスハウスの一棟。ハニービーンズ家の朝は一方通行の挨拶で始まる。
「お姉さんの――ミレディの婚約者の方がいらっしゃるから、今週末は帰宅しないで。それからおばあさんのところに顔を出しておきなさいよ」
「わかった」
次いで、一方的な命令。
帰宅しないで、は面汚しは隠しておきたいということを。顔を出す、は正確には妹娘が病身の祖母の世話をなにもかも取り計らうことを意味する。
「おはようミレディ。大学の様子はどう?」
「うん。今度また新しくゼミが始まって」
オレンジジュースにトマトビーンズ、ベーコンにサラダ。
自分のぶんの朝食だけが用意されていない華やかなテーブルをスウィーティ・ハニービーンズは眺める。
ブレッドを頬張りながら席に着くミレディは真っ赤なトップスに黒いタイトスカート――この身とは対照的な華やぎが入室すると、部屋の気配すらも変わる。
二つ年上の姉が二年前合格した名門エーシェント大学。
そこへ見事、合格圏外だった自分が入学したのは夜間の部。
「行ってきます」
姉と母の返事はない。
ぱたんと扉をしめると、スウィーティは珍しく晴れ上がったロンドンの空を見上げる。
チェスナットブラウンの瞳の中、入道雲がゆったりと流れゆく。
全英の大学生にとっての入学シーズン。
他の人々にとってはこれが、美しき晴れの日と形容する空なのだろうか。
だがスウィーティにはどこかからっぽに空々しく映る。
けれど。
すとんと肩を落とすと、エクルベージュの長い髪がさらさらと落ちていく。
地味な色のニットにスカート。
唯一の装飾品は頭の上の黒いカチューシャ。
機械的な足取りで向かうのは、学生寮。
今日からこの家を離れると思うと、ほっとした。




