第2話 宅配司書と劇作家 ①
名だたる音楽家には通り名がある。
ショパンは『ピアノの魔術師』、シューベルトは『歌曲王』、ベートーヴェンなら『楽聖』。
ロレンツォ・グリッサンドーニの場合、それは『歌劇発掘家』であった。
音楽史の地中深く眠っていたオペラという化石を現代に蘇らせた男。
上演する演目といえば、クラシックがまだ、古典でないポピュラーであった時代――十九世紀の既成作品が主である現代のオペラ界にあって次々とオリジナル作のヒットを飛ばしたことがその所以である。
現代音楽とクラシックを融和した華やかかつ掴みの効いた題材で彼がヴェネチアのフェリーチェ劇場を起点に黄金時代の十年間を築いたのが四十代。遅咲きであり異例の偉業であった。
だが、栄光には必ず終幕が訪れる。
五十才を迎えたその年、オペラの脚本に彼は初めて煮詰まった。
スランプは朗らかだったその人柄にも影を落とし、陰鬱で怒りっぽくなってくる。
心配した周囲から勧められ、仕事を減らして休養していたグリッサンドーニはある日、ヴェネチアの運河が望める自宅のテラスで手に取った新聞で風変わりな記事を目にする。
イタリアから北へ千三百キロ余り。中央ヨーロッパのとある小国に、変わったサービスを提供する図書館があるという。
そこに属する宅配司書と呼ばれる人物は、人々のどんな漠然とした依頼にも、的確な本を見繕い、提供してくれる。あらゆるジャンルの本に対応可だが、専門はヨーロッパ文学。しかも宅配というからには、わざわざ客が異国に出向く必要がなく、向こうから来てくれるらしい。
思い立ったら即行動を。インスピレーションに身を助けられてきた生涯ゆえ直観を重んじるグリッサンドーニはその日の午後には依頼書を書いていた。
図書館の専門用語はわかりかねたが、本を紹介してほしいのだから、希望するサービスはブックトークという欄でいいだろうと丸で囲む。
ブックトークとやらの希望するテーマの欄にはこう書き加えた。
『舞台化にふさわしい原作』




