side M:story of a year ago ③
つくづく運命とは数奇なものである。
彼女と彼と、そして私の邂逅。
魔法使いの世界に足を踏み入れてから度々耳にする『奇跡』という言葉の本来の意味は、きっとこういった状況のことを指すに違いありません。
私は彼女のことも、そして彼のことについてもその一切を知ることはありませんでした。
当然でしょう。なぜならばこの状況は誰一人の意思も介入することなく揃った奇跡の盤上。
決して魔法でさえあり得ない僅かな可能性の顕現に、それはまるで神がその意味を私に問いかけているのではないかとさえ感じてしまうほどに――。
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「ほらさっさと構えなさいよっ! じゃないとあんたが怪我してあたしが怒られるでしょうがっ!」
「じゃあ辞めればいいじゃないですかというか普通はバリアで守られてるから怪我はしないっていうかそんなこと言うならさっさと辞めてくださいと言いますかあぁぁぁぁっ!」
――ズドーンッ!
「話がながーいっ!」
おぉ、やってるやってる。
今日も今日とて、魔法合同授業はいつも通りに賑やかな時間を迎えています。
飛び交う魔法弾、重く響く打撃音、髪を揺らす衝撃波。
体育館という密閉された建物を大きく振動させながら、彼女と彼は激しくぶつかり合う。
――いややっぱり一方通行な殴り合いかもしれませんが。
「っらしゃあああああ! 潰れろぉぉぉぉ!」
「それはマジで洒落になってな――ぎゃあああああああ!」
――ドッシャーンッ!
そういえばつい先日聞いたの話ですが、なんでもこの合同授業中にこのチームの練習場所に近づくと悪寒が走るとのこと。
なんだか心霊現象みたいですねと内心で呆れていましたが――そうですか。どうりで最近人が来ないと思いました。
「……ちっ! まったく人の話を聞きゃしない先輩ですねぇ!?」
「あっ! あんた先輩に向かって舌打ちしたわねっ! 生意気税追加じゃ! こんのぼけ優介ぇぇぇぇぇ!」
――ガスッ! ドスッ!
おぉ、あれはすごい。
彼女――白雪ひなたが繰り出す渾身の一振りが彼の身体の芯を捉える。
右フックに、膝蹴り、ハイキック。
その小柄な身体を全身余すことなく凶器に変えて繰り出す攻撃の数々は、例え守りを固めようともあれを受けて立ち上がれる学園生は数えるほどもいないでしょう。
それだけ、【魔法使い】白雪ひなたの一撃はあまりにも重い。
「――しっ! はぁ!」
しかし、一方でそんな学生にあるまじき規格外の一撃を彼は見事に受け流す。
――というかあれ、どうやって交わしたんでしょうか。
重心を逸らした? いえ、ともすれば魔力の乗った拳の軌道を僅かばかりにずらしているのか。
「あいっかわらず器用なっ! この! ちょこまか動いてからにっ!」
このチームの合同授業の担当を押し付けられてからはや一ヶ月と言ったところですが、その中で観察することでよく理解できたことがあります。
なるほど。彼もまた魔法使いなのだ。
魔力の乗った攻撃を受け流すなんて芸当、そう容易く出来るものではないし、何より相手はあの【魔法使い】の二つ名を冠する白雪ひなた。
早さに重さ、さらに過剰なまでの暴力。
そのどれもが超のつく一級スペックを相手に、しかし彼――西園寺優介さんもまた上手な立ち回りを演じている。
「くそっ! このっ!」
「ほら! 避けてばっかりじゃっ! 話にならないわよっ!」
防戦一方? いや違う。防戦に至っているのだ。
白雪ひなたのあの攻撃力を前に、一体どれだけの生徒が言葉を発して持ち堪えることができるというのか。
思い浮かぶのはただ一人、かの二年生の傑物のみ。
彼と血縁関係にある彼女であればより高いレベルでの抗戦も可能だろうが、それ以外の学園生徒は残念ながら思いつかない。
周りのレベルが低いというわけではない。
ただ、白雪ひなたという魔法使いのスペックが圧倒的だというだけの話である。
「そらそらそらそらそらぁぁぁぁ!」
「ちょっ、まっ、それは、やば――」
佐倉朱音、カルナ・メルティ。
例えば現段階ですでに才能の片鱗を現しつつあるあの二人をしても、おそらく白雪ひなたを相手に一分も持たないでしょう。
佐倉さんは抜きん出た身体能力を、そしてメルティさんはその身に有する莫大な魔力量をそれぞれに己の武器として磨き始めている。
過去を遡っても群を抜いて早い成長を見せる二人。
将来有望だと誰もが認める傑物たちは、しかしそのいずれもを白雪ひなたというスペックは完全に凌駕している。
掠るだけでバリアを削り取るパワー、無尽蔵に放たれる魔力。
入学してから一度たりとも膝を地につけたことのないその汚れを知らない細足は、ただ興味の惹かれるままに戦場を駆け回る。
自由気まま思うがままに突き進むその姿はまさに唯我独尊を体現している。
そして今、その暴君は一人の年下の男の子を前にしてその歩みを止めていた。
実の姉妹だからなどというつもりはないが、それでもあれの姉だから分かることもある。
彼女は――白雪ひなたは、西園寺皐月さんと出会った時以上に、彼に強い執着を抱き始めている。
それは魔法使いとしての本能か。
またおそらく無意識なものだろうが、最早その様相は「興味」の枠を明らかに超えている。
あるいは、彼女が抱く初めての「感情」である可能性すらあり得る。
――そう。あのひなたが、ね。
「……んっ、うぅん……あれ、わたし……」
そんな考え事をしていた私の隣で、ふと四人目が起き上がる気配を感じる。
頭を抑えながら身体を起こす彼女は、次の瞬間「うっ」と呻き声をあげたかと思うと再び身体を地面に預ける。
無理もありません。今の彼女は到底立ち上がる事などできない状態なのですから。
「……うぅ……先生、いまって」
「えぇ、まだ魔法合同授業中ですよ。――ほら、彼の悲鳴が聞こえるでしょう?」
――ほんと無理ですってぇぇぇ! ぎゃああああ!
いまだに抵抗を続ける彼の叫び声が耳に届いたのか、彼女は力無くもどこか楽しそうな笑みを浮かべる。
星宮紫苑さん。学園一の問題児グループの中において貴重な清涼剤のような存在である彼女は、つい先ほど白雪ひなたの洗礼を受けた結果地に伏していました。
見る目を引くほどに綺麗な金色の髪はまとまりがなく地面に広がり、いつもの穏やかな瞳は何を映すでもなく天井を見上げている。
「……んっ……くっ……だ、だめです……やっぱり、動けません」
指先や足がかすかに震えるも、それ以上身体が動くような気配は感じられない。
無防備に伸びた彼女の指先にそっと触れると、反射的にピクリと動くも力は一切が入らない様子。
まぁ仕方ありません。触れた指先から分かる通り、今の彼女には身体を動かせるだけの魔力がほとんど残っていないのですから。
「話をする元気があるだけでも大したものです。ひとまず今は回復に努めてください」
「……は、はい。分かりました」
そう呟いた彼女は仰向けのまま目を瞑る。
荒ぶる心を落ち着かせ、ゆっくりと深呼吸をすることで呼吸に規則性を持たせる。
やがてそのままの状態で時が経つと、彼女の色を失っていた肌に熱がこもり始める。
順当に魔力が身体をめぐり始めた証拠だ。
こんな状態にも慣れたもので、彼女は取り乱すことなく全身から枯渇した魔力をその身に流し続ける。
こと魔力回復の分野において、星宮さんは学園生の中に置いて特に安定した成績を収めている。
良くも悪くも他者より機会に恵まれた結果とも言えるが、あまり魔法が得意ではない彼女にとっての貴重な武器となりつつある。
半年前の彼女からは想像出来ないくらいに成長を遂げているのも、きっとあの二人の影響なのでしょう。
――まぁこんな状況になってるのもあの二人が原因なわけですが。
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「……ちっ、時間切れ。まーたあんたに逃げ切られちゃったか」
かれこれおよそ三十分程度。
彼女と彼の鬼ごっこはどうやら逃げ手に軍配が上がったらしい。
あれだけ動き回りさらには魔法弾を放ち続けたにも関わらず微塵も疲労の色を見せないひなたは、しかしあからさまに悔しそうな表情を浮かべる。
「……ぜぇ……ぜぇ……ほんと……毎度毎度……勘弁、してくださいって」
一方で彼はといえば、肩で息こそしているもののしっかりと両足で立てている。
意外にもまだ余力はあると言ったところか。こちらもまったく大したものである。
「だ、大丈夫? 西園寺くん」
「……はぁ……はぁ……あ、星宮先輩。だ、大丈夫です」
ふと視線を移せば、いつの間にやら隣で倒れていたはずの星宮さんが彼の元へと駆け寄っていく。
手にはタオルを持ち、さながら部活のマネージャーが世話を焼く様子を連想させる彼女の姿に、つい首を捻ってしまう。
あれ、彼女いつの間に回復したのでしょうかね。
「あーあ。結局今日も優介を崩せず終いか。あとちょっとってところまでイけてると思うんだけどな」
ふと私の元に近づきながら、ひなたはぼそりと独り言をつぶやく。
その言葉には悔しさが滲みつつも、しかし明らかに楽しそうな表情を浮かる彼女は頭の後ろで手を組みながら彼を見つめる。
視線の先にあるのは成すがままに女の子にタオルで顔を拭かれる、そんな疲労感が漂う男の子。
「あぁ、ほら。しっかりと汗を拭いておかないと風邪を引いちゃうから」
「あ、あの星宮先輩? 自分でやりますんで、そのタオルを――」
側から見れば異性の交友にも見えかねないその光景に――その瞳の先に彼女が何を想っているのか私には知る由もない。
ただ一つ、たった今この瞬間に浮かべ始める白雪ひなたの卑しい笑みには、散々苦労をさせられてきたという苦々しい記憶の数々が蘇る。
「うん。決めたわ」
あー、なんだか嫌な予感がする。
そんな私の考えを置き去りにするかのように彼女は彼の元へと歩き出す。
確固たる足取りで、迷いの一つも見せずに堂々と進むひなたの後ろ姿に、それはすでに彼女の中で決定事項となっているのだと感じ取る。
あぁ、願わくば大きなトラブルに発展しない悪巧みであることを祈りたいものです。
「ねぇ優介。あんた八月のプロチームとの試合に参加しなさい」
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