第96話 力を合わせて
「はあはあはあ……、ふうふうふう……」
エスタンゴロ砦の屋上へと続く外階段を登りながら、私は肩で大きく息をしていた。
ううっ、くさッ!
中庭にいるより高いところの方がダイレクトに焼けるにおいが漂ってきて、一層気分が悪くなってきたよ……。
「だから下で待ってろって言ったのに」
いえ、クリス様。
せっかくですけど、何かが起こるなら見逃したくありません。
「これから何をするのか気になって。ふうー、やっと着きました……」
それに、魔の森がどうなってるかも気になるしね。
どれどれ……、うわあ、これは酷いな。
私たちが住んでる小島が、優に3~4個は入るくらいの面積が焼けているように見える。
「みんな聞いてくれ! 実験の手順を簡単に説明する」
ガブリエルはみんなの注目を集めるべく、パンと手を打って話し始めた。
「それぞれの魔力の負担が少なくて済むように、なるべく作業を分担させたい。まずはクリス。クリスは雨雲を出して雨を降らせてくれ。次に、アルフォンソがその雨雲を風で押し流す。まだ火がついていないギリギリの部分を、ぐるっと囲むように雨で濡らすんだ。ジュリオは、適宜クリスとアルフォンソのフォローに回ってくれ。そして最後に、俺が雨で濡れた木々を凍らせる」
ええっ、この広さをガブリエルの氷魔法で囲い込むってこと!?
そんなこと出来るの?
「ふむ。延焼を防ぐために、燃えていない家を取り壊す手法に似ているな」
お父様は、ガブリエルの話にホウと感心して頷いた。
火がこれ以上燃え広がらないようにという意図は分かるけど……、いくらなんでも範囲が広すぎやしないか。
「ガブリエル、僕も手伝うよ!」
お兄様がバッと手をあげて、自分にも役割をと全身でアピールしている。
「……チェレスはいい。すみませんが、プリマヴェーラ辺境伯も火気厳禁でお願いします」
「ああ、わかった。チェレスも邪魔するなよ? 今は俺たちの出番はないようだからな」
「そんなあー……」
あららー、信用を失うのって一瞬だよね……。
今回のミスはかなり大きなミスではあるけど……。
しょんぼりと肩を落とすお兄様が少しだけ可哀想になり、私はアイテム袋から火消し君スーパーフライングバージョンを取り出した。
「お兄様。クリス様が疲れたら、代わりにこれで木を濡らしてください」
「……ッ! チェリーナ、ありがとう!」
いいってことよ!
私たち2人きりの兄妹でしょ!
「よし、始めてくれ」
ガブリエルがクリス様を見た。
「ーークラウド・バースト!」
クリス様は、右側の障壁に程近い、まだ燃えていない部分を狙って小さな雨雲を出現させた。
少し距離があるためよく見えないけど、おそらくすでに雨が降っていると思われる。
「ーーテイル・ウィンド! ……うーん、ここからだとちょっと難しいなあ」
続いてアルフォンソが風魔法をかけたが、雨雲はすーっと横に流れて行ったものの、アルフォンソ自身はどうも納得がいっていない様子だ。
「ガブリエル、ここから魔法を放つより、バルーンに乗って近くまで行く方が魔力の消費が少ないんじゃないか?」
「それもそうだな。よし、バルーンを出せ」
ガブリエルはクリス様の提案に頷くと、くるりと振り向き私に命令した。
言い方!
命令口調じゃなくて、お願いしてほしいんですけど!
「はい、どうぞっ! さっ、早く乗ってください」
私はアイテム袋からバルーンを取り出すと、一番に乗り込みながらみんなを手招きした。
まったくもう、ガブリエルは女性に対する言葉遣いを改めるべきだと思う!
「お前も行くのかよ」
なんか文句でも?
私のバルーンなんだから、嫌なら下りればいいんじゃない?
「もちろんです!」
「フン、足手纏いになるなよ」
ならないよ!
足手纏いどころか、私はいつも貢献しかしてないでしょうが!
「おい、2人ともいい加減にしろ。ケンカしてる場合じゃないだろ。せっかく濡らしたのに、早くしないと乾くじゃないか」
そうだった!
「ささっ、みなさん、お早く!」
かっ飛ばすからしっかり掴まっててね!
最後にお父様が乗り込み、乗車口を閉めたのを見届けると、私は張り切ってバルーンを上昇させた。
「とりあえず、あの雨雲が最初に現れたくらいの地点へ向かえ」
分かってるから命令しないでよ!
「この辺りでしょうか?」
近づいてみると、意外と分からないものだな。
ここからじゃ、濡れてるかどうかよく見えないよ。
「フン……」
返事をしないところを見ると、もしかして、ガブリエルも分からないんじゃないの?
「ーーフローズン・ソリッド!」
ビキッ……、ビキビキビキビキビキッ!
ガブリエルの詠唱と共に、森が燃えるゴウゴウという音を掻き消すほどの轟音が鳴り響いた。
うわー、びっくりしたー!
凍る時って意外と大きな音がするんだな。
うわあー、ずーっと先まで真っ白に凍り付いてるー!
「すごーーーい! すごいです、ガブリエル様!」
ちょっぴり見直した!
「これはすごい」
「やるじゃないか、ガブリエル」
「本当にすごいですね」
氷魔法のあまりの迫力に、みんなでスゴイスゴイの大合唱になる。
「フッ、まあな。ーーフローズン・ソリッド!」
気をよくしたガブリエルは、クリス様の雨雲を追い越して氷魔法を放つ。
……あれ?
さっきより魔法の効きが弱いような?
「やっぱり、最初に水を撒いてから氷魔法を使ったほうが効果的みたいだな」
うんうん、私もそう思う!
「そうだな。アルフォンソ、雨雲を移動させてくれ」
「あ、俺もちょっとやってみたい」
ガブリエルがアルフォンソに雨雲の移動を頼んでいるところへ、ワクワク顔のジュリオが横から口を挟んだ。
「ああ、それじゃジュリオでもいい」
ジュリオの役目って、クリス様とアルフォンソのフォローだったっけ?
あれは、肩を揉んだりドリンクを渡してあげたりといったマネージャー的な意味合いじゃなくて、2人が消耗したら代わりに魔法を使ってねってことだったのか。
ということは、ジュリオの魔法って……?
「ーーワザリング・ストーム!」
ビョオオオォォォォーーーー!
ジュリオの魔法でもくもくと大きく成長した雨雲が、横殴りの激しい雨を降らせながらものすごいスピードで流れて行った。
アルフォンソの風魔法とは勢いがまるで違う。
初めて見る魔法だけど、ワザリング・ストームって暴風雨ってこと……?
「ジュリオ様は2属性持ちだったんですか?」
「ずいぶん今更な質問だな。俺は風魔法と水魔法の2属性持ちだよ」
すみません……。
今までジュリオが魔法を使うところを見る機会がなかったもので。
「なかなかやるな、ジュリオ。この調子で囲い込もう」
「ああ」
ふう……。
ガブリエルとジュリオの活躍で、なんとか消火の目途はついた。
魔の森が丸焼けになることは免れそうで本当によかったけど。
ホッとしたら、またにおいが気になりだしたーーーー!
熱気もすごいし、何より肉の焼けるにおいが耐えがたい……。
あれ……、なんかちょっと目の前がぐらんぐらん揺れてきた気がするな……?
とりあえず、危ないからリモコンをお父様に渡しておこう。
「チェリーナ、大丈夫か? 顔色が良くないぞ」
「……」
私はお父様の問いかけにも返事をすることができなかった。
なぜなら、口を開いたらリバースしそうだから……!
だけど、我慢しなくちゃ。
みんな一生懸命消火活動をしてるんだから、何がなんでも終わるまで耐えないと。
私は目を閉じ、口元を押さえた。
「チェリーナ?」
クリス様……。
ああ……、目が回る……。
ーードサッ。
「チェリーナッ!」
薄れゆく意識の中で、私はクリス様の叫び声を遠くに聞いた気がした。