第91話 トリスタン伯爵家で
夕方になって、アゴスト伯爵家にひょっこり現れた私たちは、案の定驚きを持って迎えられた。
いや、1泊2日で申し訳ないです。
しかも、こんなにすぐに帰ってくるとは思ってなかったから、今夜は海老を用意していないと謝られてしまった。
さすがの私も、そこまで食い意地張ってないから……。
というか、ジュリオは前もってルイーザに帰ることを連絡してなかったのね。
「みなさん、昨夜はお世話になりました」
「いや、構わんよ。いつでも訪ねておいで」
アゴスト伯爵……、そんなこと言ったら、私たち本当に来ますよ?
「ありがとうございます。それでは、そろそろ出発いたしますわ」
「気を付けて」
アゴスト伯爵家の前庭から飛び立つバルーンに乗っているのは、クリス様と私、アルフォンソ、そしてジュリオだ。
最初は気乗りしない様子だったけど、結局王都まで付いて来てくれることになってよかったよ。
ガルコス公爵家の変人親子とやり合うには、ジュリオの力も必要だからね。
「まずはビビのところへ顔を出すか? ガブリエルをすぐに説得できるとは限らないし、それに万が一ガルコス公爵に捕まったら、どれだけ拘束されるか予想が付かない」
ええ!?
ガルコス公爵に出くわしたら拘束される可能性があるの!?
クリス様、恐ろしいことを言わないでください……。
「ガルコス公爵と顔を合わせずに済む方法はないでしょうか。会ったら絶対怒られる気がします……」
「え? なんでチェリーナがガルコス公爵に怒られるの?」
ぺリコローソ島での一悶着を知らないアルフォンソが不思議そうに尋ねる。
「私の魔法具を勝手に人にやるなと怒られてしまったのよ。私が死んだら貴重な国の宝になるんですって。いったいどんな理屈なのかしら? 私の魔法具なのに、あんまりだと思わない?」
思い出したらまたムカついて来た!
思い出しムカムカだー!
「なるほど。それはガルコス公爵の言い分も分からないでもないかな」
え、嘘でしょ!?
ガルコス公爵の気持ちが分かる人がこの世にいるの?
「でも、私のものは私のものでしょ? どうしようと私の自由だわ」
大体さあ、私が死んだら、私の魔法具はアメティースタ公爵家の子孫が受け継いでいくでしょ?
なんで勝手に国のものになると思ったんだろう。
言っとくけど、私は絶対に寄贈なんてしないからね?
「まあ、ガルコス公爵の言うことは気にしなくていいよ。命令される筋合いなんてないんだからな」
クリス様!
私もそう思います!
「そうですね。それでも一応、うっかり言い負かされないように気を付けないと! 今から発声練習しておこうかしらっ」
「はは……。それじゃ、トリスタン伯爵家に先に行くということでいいか?」
「はい! ビビに会えるのが楽しみですね。王都の生活にはもう慣れたでしょうか」
ロマーノの両親なら、きっと可愛がってくれていると思う。
だけど、それでもやっぱり自分の目でビビが幸せに暮らしていることを確かめたい。
はあー、ビビー!
もうすぐ会えるからね!
そして、王都の手前でバルーンからトブーンに乗り換えた私たちは、馬車を借りるためにいったん王宮へとやってきた。
初めて訪れる貴族家に、いきなりバルーンやトブーンで乗り付けるのはためらわれるからね。
アポなしで来ちゃったけど、ここはクリス様の実家だし、馬車なら売るほど持ってるだろうし、一台くらい都合付けてくれるでしょ。
「来たか。久しぶりだな、クリスティアーノ」
「兄上! どうしてここに?」
私たちがトブーンから降りて、近くの人に馬車を借りたい旨を伝えていると、不意にアドリアーノ殿下が姿を見せた。
「どうしてって。お前が一昨日ハヤメールを送って来たのだろう? ”明後日トリスタン伯爵家を訪ねるとロマーノに伝えてください”と。街中ではおそらく馬車を使うだろうから、王宮に立ち寄る筈だと思っていたのだ」
え……、クリス様……?
まさかとは思うけど、王太子殿下を伝書鳩に使ったの……?
とんでもないよ、クリス様!
「申し訳ありません。一昨日はチェリーナの具合が悪かったので、手元にあるもので連絡を試みたのです」
まさかの私のせい……。
私に気を遣うよりも、アドリアーノ殿下に気を遣った方がよかったんじゃなかろうか……。
「クリスティアーノ様、みなさま、本日は我が家へお越しいただけるとのこと、家族一同喜んでおります。馬車をご用意しておりますので、こちらへどうぞ」
声をかけられてよく見ると、アドリアーノ殿下に付き添ってきた騎士の一人はロマーノだった。
……ん?
おや?
ロマーノの足元にいるちびっ子はもしや……、アントニーノ王子とアルバーノ王子ですか?
「あらっ、アントニーノ王子にアルバーノ王子、ごきげんよう。お散歩ですか?」
「いや、子どもたちがビビに会いたいと言っていてな。一緒に連れて行ってやってくれ」
そうなんだ。
2人ともビビのことをかなり気に入ってたもんね。
「承知致しました。クラリッサ姫はご一緒でなくてよろしいのですか?」
「チェリーナおねえさま、ダメだよ!」
「クララはダメー!」
何の気なしにクラリッサ姫の名前を出した私に、2人の王子が悲鳴のような声をあげた。
「どうしてダメなんですか?」
「クララがいると、ビビをひとりじめするんだ」
「ビビをひっぱってはしりまわるし」
なるほど。
うちに遊びに来てた時と同じ状態になると。
それはともかく、早くも何度か王宮へ招待してくれたようだし、みんな仲良くしてくれて嬉しいな。
「それなら今日だけはクラリッサ姫に内緒にしますけど、仲間外れはいけませんよ? 次はみんなで遊びましょうね?」
「わかったけど……。クララのほうがぼくたちをなかまはずれにするんだよ?」
あー……、そうねー……。
「クラリッサ姫はまだ小さいですからね。もうちょっと大きくなれば、わが……、ゴホン。わ、我が家で仲良く遊びましょうね!」
あ、危ない……!
いくらなんでも「わがままも直りますよ」はマズイって!
「誤魔化せてないぞ」
クリス様!
今は突っ込み不要ですからそっとしておいて!
「さあっ、みなさん、それでは張り切って出発しましょう! おー!」
なんだかみんなが私を呆れた目で見ている気がするけど、たぶん気のせいだな!
さあさあ、早く参りましょう!
そして私たちは、15分ほど馬車に揺られてトリスタン伯爵家へとやって来た。
案内された部屋でビビが来るのを待っていると、廊下を走るパタパタという小さな足音が私たちの耳を捉えた。
「あの足音はビビね」
「ははっ、元気そうだな」
クリス様と私が愛らしい足音に目を細めていると、開いていた扉の向こうからビビが姿を現した。
「ねーたん! にーたん!」
「ビビ!」
頬をピンク色に紅潮させ、高価そうなドレスを身に纏っているビビは、私たちと暮らしていた頃よりずっと貴族の娘らしく見える。
「ね……、ねーたん! うわあー!」
声をあげて泣き出してしまったビビに、私は慌てて駆け寄った。
「ビビ!」
小さな体を抱き寄せる私の首に、ビビは腕を回してぎゅうっと力いっぱい抱き着いてくる。
ああ、可愛いビビ……。
こんなに慕ってくれているのに、手放してしまってごめんね……。
「アメティースタ公爵、アメティースタ公爵夫人、私の両親を紹介させてください」
「あっ、はい! 失礼しました」
床に膝をついていた私は、ビビの後ろに立っている人物に気付いてあたふたと立ち上がった。
「ヴィヴィアナ、父上と母上を紹介してくれるかい?」
「いいよ! おかあしゃまは、びるじぃーにーあ! おとうしゃまはロマン、おちごとはきち!」
「び、びるじにあ……?」
その難しい名前や肩書には覚えがある。
それに、ビビの名前はヴィヴィアナに変わったの!?
「私の父のロマン・トリスタンと、母のヴィルジニアです」
「ねーたん、おーとにビビのおかあしゃまとおとうしゃまがいたよ!」
う、うん!?
もしかして……、ビビは2人を本当の両親だと思っている……?




