第84話 遅れてきた魔法具
私は早々に諦めて両手を広げ、ロープを巻きやすい体勢を取ることにした。
クリス様は私の腰にロープをぐるりと一周させると、程よいところでぎゅっと結んで輪を作る。
「きつくないか?」
「大丈夫です」
ちょうどいいんじゃないかな。
腰回りにある程度の余裕もあるし、かと言ってスポンと頭から抜けてしまうほど緩くもないと思う。
「よし」
クリス様は頷くと、近くにあった木の後ろにロープを通し、一番端を自分の左手にぐるぐると巻き付けた。
えっと……、左手にロープを直巻きして、もう片方の手もそのままロープを持つの?
木の幹が少しは重さを軽減してくれるとは思うけど、万が一落ちたら摩擦で手が大変なことになるんじゃなかろうか……。
「あの……、そんな風に素手で持ったら、本当に私が落ちた時に手を怪我してしまいます」
「だけど、木に結び付けるとしたら、一番下に足が届く長さにしないと下りられないだろ? 足を滑らせたらそのまま一番下まで落ちるんじゃ、命綱の意味がないじゃないか」
それはそうかもしれないけどー。
ううーむ、ここはやはり、アレの出番か……。
「私に考えがあるかないかと言われれば、ない事もないような……、事もないような」
「どっちなんだよ? いつもなら張り切って出すのに、なんでそんなに出し渋るんだ? 何か思い付いたんなら見せてくれよ」
だってさあ。
いいアイデアなのは分かってるんだけど、いかんせんビジュアル的な問題がねぇ。
お父様やマルティーノおじさまなら、あつらえたように似合うと思うけど……。
「チェリーナ、僕も見たいよ」
「俺も気になる。いったい何を思い付いたんだ?」
おっと。
ここまで思わせぶりにしてしまったら、もう出さない訳には行かない雰囲気……。
仕方がない。
背に腹は代えられないんだから、ビジュアル面には目を瞑ってもらおう。
「ーーポチッとな! ……こちらでございます」
私は箱の蓋をパカッと開けて、みんなの方へ差し出した。
「……え、これなのか?」
「まあ、ないよりは助かるが」
「チェリーナ。あれだけもったい付けておいて……、これなの?」
ちょっとみんなガッカリしすぎじゃない!?
パッと見よりも高性能だと言うことを分かってないな!
「ゴホン! これは軍手と言って、みなさんの手を守ってくれる優れものなのです! 太い糸で荒く編まれた本体は、通気性が良いばかりかクッション性も併せ持つという高機能ぶり! さらには、手のひらの面に滑り止めまで付いているという念の入れようです! 建設作業から農作業まであらゆることに幅広く使えて、作業を選びません」
機能自体はすごいお勧めなんだからね!
ただ、クリス様に軍手ってどうなのかなと思っただけで。
「へえ」
「ふーん」
「作業用の手袋なんだ。何にでも使えるのはなかなかいいね」
さすが商売人のアルフォンソだけは軍手の良さが分かって来たようだ。
よし、ここでもうひと押し!
「しかも、今ならなんと! こちらの軍手には”怪我をしない”という結界効果が付与されているのです! これはお値打ち!」
ババーン!
どうですか、すごいでしょ!
「ええ!?」
「なんだって!」
「……そんな効果を付けられるなら、なんでカカオの実を収穫する前に出さなかったんだろう」
アルフォンソ、なんでも思ったことを口に出さなくてもいいんだよ?
心の中に仕舞っておいて?
いま考えるとそうかもしれないけど、その時は思い付いてなかったんだから仕方がないでしょ。
私の魔法は閃きが勝負なんですよ。
「えー、それでは、この軍手についてご理解を得られたようですのでー、お手に取ってお気軽に試してみてくださーい。どーぞー、いかがでしょーかー」
私がそう言って勧めると、今度はみんな興味深そうに手に取ってくれた。
「……結構ざらざらしてるんだな」
「はめてみるとゴワゴワするぞ……」
カーッ!
普段高級品しか身に着けてないお坊ちゃまはこれだから!
軍手の使用感に文句を言う敏感さで、ロープの摩擦に耐えられるわけがないでしょうよ。
やっぱり軍手を思い付いてあげてよかった。
えらいぞ、私!
「ただいま、みんな! すっかり村らしくなったわね」
「ひのめがみさまー、おかえりなさいー」
無事に崖を下りることに成功し、川に張ったロープに掴まりながら戻って来た私たちは、笑顔のボルカノ島民たちに迎えられた。
「何か足りないものはあったかしら? 私たちはもうすぐこの島を発つから、ほしいものがあったら今のうちに遠慮なく言ってね」
食べ物が足りないかな。
海の幸や果物なんかは豊富にあると言っても、主食になる物や野菜が足りてない気がする。
「はあー、天へお帰りになるのでしょうかー?」
いえ、現住所はフォルトゥーナ王国アメティースタ公爵領です。
「今夜はペリコローソ島へ行くつもりよ。おみやげを買わないといけないから」
「はあー、天へのみやげですかー」
いえ、冥途の土産もまだ必要ありません。
「あっ、そうだわ。実はみんなにお願いしたい仕事があるのよ。その仕事をしてくれれば、私たちが賃金を払うわ。そうすれば、みんなはそのお金で好きな物を買えるでしょう?」
「仕事の世話までー、はあー、本当にありがたいことですー」
ボルカノ島民はあちこちで感謝の声をあげ、大人から子どもまでみんな両手を合わせて私を拝み始めた。
本当に……、信仰心がすごい……。
「ええと、クリス様……。カカオの実を一ついただけますか?」
「ああ」
私はクリス様からカカオの実を受け取ると、ボルカノ島民によく見えるように頭上に掲げた。
「みんな、頼みたい仕事というのはこれよ! この実を収穫してほしいの!」
「チッチディカカオを収穫すればいいのですかー?」
ちっち……、なんだって?
「え? そうそう、このカカオの実をね、収穫してほしいの。みんな、この実を知っているの?」
「もちろんですー。ボルカノ島にもありましたからー。私らは飲み物にしてましたー」
ええっ、そうなの?
それなら、カカオの実の加工方法、ボルカノ島民に聞けばよくない?
「どうやって飲み物にするの?」
「はいー。まずは収穫してー、殻を割って中身を取り出しますー。それからバナーナーの葉で包んで発酵させてー、全体をかき混ぜてさらに発酵させてー、それから日当たりのいい場所に広げて乾燥をーー」
「ちょっ、ちょっと待って!」
急にそんなにいろいろ言われても憶えられない!
え、発酵ってなに?
収穫して即ローストじゃダメなの?
「はあ、待ちますー」
「あの、念のために聞きたいんだけど……。発酵させて、さらに発酵させてから乾燥? それは必ず必要な作業なのかしら……」
どうにか割愛できない?
「はあ、昔からそうやって作ってますよー」
ななな、なんてことだ!
チョコレートを作るのって、とんでもなく手間暇かかるんじゃない?
なんか……、アメティースタ公爵領でカカオの木を栽培するとか……、無謀すぎる計画だったよね……。
仮に栽培に成功したとしても、その後に気が遠くなるような作業が待ってるし……。
途中で気が変わって、この島で栽培と収穫をしてもらえるよう計画変更した私、神懸かってないか。
知らず知らずのうちに、またもや女神パワーを発揮したのかもしれない。
私って実は、本当に予言されていた女神なのかも……?