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第82話 うっかりが過ぎる奥様


気が急くせいか、私たちの足は知らず知らずのうちに早まって行った。


ザザッと繁みを掻き分けながらだんだん近づくにつれ、私の目にもはっきりと実の大きさが伝わってくる。


「わあっ、大きい! 大当たりです! これですよ、私たちが探していたものは!」


ラグビーボールに似た形の固そうな黄色い実は、30センチはあろうかという程の大きさだった。


やっぱり川向こうからでも目を引くだけあって、かなり大きいなあ。

いくらなんでもパパイヤじゃあ、川を挟んだら小さくて見つけられなかったよね。


「へえ、これが探し物なのか。この黄色い実から、あの茶色い飲み物が出来るのか?」


ジュリオがゴツゴツした実の表面を撫でながら言った。

まあね、この見た目からはあの色も味も想像出来ないだろうな。


「茶色いのは種の色なんです。この実は果肉を食べるのではなく、中の種を加工するんですよ」


「種を加工するのか。どうやって?」


え……、ど、どうやって?


「どう……加工するんでしょうか……」


出来上がったものを食べるのは得意なんだけど……。

カカオの実からチョコレートを作ったことなんてないよ……。


「チェリーナ……。まさかここまで来て、今更分からないなんて言うんじゃないよね……?」


ううう、アルフォンソが容赦なく私を追い詰めて来る……!

どうしよう、どうやって誤魔化す?


ううーむ。

私が思うに、たぶん、こういうのってナッツ的な処理をするんじゃないかな。

ナッツと言えばローストだよね!


「えーと……、まず、中の種を取り出して乾燥させて、それから焙煎します。その後、細かく挽いて……、どうにかして脂肪分と粉に分けるんですよね。それで、脂肪分の方をチョコレートを作るのに使って、粉の方はココアパウダーと言うんですけど、そっちは飲み物にしたりするんですよ。たぶん」


知らんけど。

だいたいそんな感じだと思うから、後はサポーティングスタッフにお任せするってことで。


あっ、王都一の料理店から来たあの料理人が適任じゃない?

あの後、アイスクリームも難なく成功させてたし、料理の腕は折り紙付きだ。


「たぶんって……。それにしても、チェリーナはどうしてそんなこと知ってるのかな? 加工うんぬんの前に、このカカオの木? こんなのプリマヴェーラ辺境伯領になかったのに、なんでチョコレートの原材料だって分かったの? 誰に教えてもらったわけでもないのに、チェリーナってやけにいろんなことを知ってるよね」


え、それは、前世のチョコレートのパッケージに写真があったから。

チョコ好きさんなら、割と見たことある人も多いと思うよ?


でも……、そんなことを言った日には、アルフォンソに余計頭がおかしいと思われそうだよね……。


「えーと、ほら、私の聖女的なパワーというか? 霊的なあれこれでなんとなく分かるっていうか?」


アルフォンソもジュリオも納得してない顔してるな……。

ちょっと言い訳が胡散臭すぎたか?


「きっと言葉で説明するのが難しいことなんだよ。俺たちだって、なんで魔法が使えるのかと尋ねられても返答に困るだろ?」


その通りッ!

さすがクリス様、よく分かってらっしゃる!


私に前世の記憶があることは誰にも言えないけど、その分みんなのために惜しみなく力を尽くすからね!


「聖女のようで聖女でなく、女神のようで女神でない。そういう人に私はなりたい!」


気分が乗って来た私は高らかに宣言した。


「どういう意味か分かるか……?」

「何を言っているのか、僕にもさっぱり分かりません……」


ちょっとちょっと!?

なんでそんなドン引きした目で見てるの?


「聖女にも女神にもならなくていいよ。チェリーナはチェリーナのままで」


クリス様……!

はあー、”聖女にも女神にもならなくていい、そのままの君でいて。そのままの君を愛しているから”だなんて、まるで歌の歌詞のよう……。


私、ものすごく愛されてる……!


「はい! 私の本分はクリス様の妻ですから、ずっとこのままでいます!」


私が胸の前で両方のこぶしをグッと握り締めると、クリス様はクスッと笑って頭の上にポンと優しく手を乗せた。


「そうか。それじゃあ、奥様。とりあえず次は何をすればいい?」


「えーと、20個くらい収穫して、今日のところはそれで帰りましょうか。今後の収穫や栽培はボルカノ島民の仕事にして、私たちが賃金を払えば、島民たちの現金収入になります」


私の案を聞いたみんなは、感心したようにホウと言って頷いてくれた。

やっぱりボルカノ島民に仕事を作るのは、誰もが納得するいいアイデアだったようです。


「よし、わかった」


「一人当たり5個収穫しましょう。小さいのは採らないでくださいね、大きいのをお願いします」


「分かったけど、チェリーナには無理だろ? 手を怪我するから刃物は持つな」


ええー、でも私もやってみたいしー。


「大丈夫ですよ、気を付けますから」


「……まったく。仕方がないな。ほら、この短剣を使うといい」


クリス様はそう言って、アイテム袋から予備の短剣を取り出して渡してくれた。


「ありがとうございます」


ジュリオとアルフォンソの方を見ると、早くも足元に収穫したばかりのカカオの実がごろんと転がっている。

この分なら、あっという間に終わりそうだね。


「チェリーナ、これ結構固いよ。慎重にね」


「分かったわ、アルフォンソ」


よーし、いっちょやりますか!

どれにしようかなーっと。


私は枝にぶら下がっている大きなカカオの実に目を付け、枝との境目に短剣を差し入れた。


ーーガッ!


「ぐぐぐ……」


この剣、切れ味悪くない!?

最初の一振りで食い込んだまま、動かなくなっちゃったんだけど。


よく考えたら、高い所に生っているものを切り落とすよりも、低い所の方が力がいらなかったんじゃ……。

うががー、この剣……、抜けろー!


私は左手を広げて実と枝の両方を押さえつけ、右手に持った剣に力を込めた。


「あっ、馬鹿! 左手をそんなところに置くな!」


「えっ?」


クリス様の声が聞こえたと同時に、ジャッと音を立てて剣が抜けた。


「ーーああッ!?」


「チェリーナ!」


慌てて左手を確かめると、どういうわけか私の手のひらに赤い筋が見える。

な、なにこの赤……?


「いたッ、いたいーーーーーー!」


赤い筋の正体が、剣が切り裂いた傷だと認識したとたんに激痛が走った。

まるで火傷をしたかのように、傷口がカッと熱を持ってくる。


「チェリーナ!」


ぽたぽたと滴り落ちる大量の血を見て、私はへなへなとその場に座り込んだ。

慌ててやって来たクリス様が、そんな私を抱えるようにして支えてくれる。


「ク、クリス様……! こんなに血が……! 私もう……、死ぬかもしれません……!」


「手を見せてみろ。とりあえずラップを巻いてみよう」


治癒薬……?

こんな生きるか死ぬかの大怪我なのに、治癒薬で治る?


「うう……、ううう……、死ぬ、しぬー!」


「死なないから。ほら、手を開くんだ」


む、無理……!

手のひらを開けないんだもん、固まっちゃったみたいなんだもん。


ああ、クリス様……。

先立つ不孝をお許しください。


私の美しい旦那様……、ここで……、お別れです……。


ーーガク。





今年最後の投稿になります。

みなさま、よいお年を!

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