第81話 幻の実を探して
それにしても、なんだかマーニもだんだん丸くなってきたなあ。
日々ジョアン侯爵家のいたずらっ子たちに揉みくちゃにされて、耐性が付いたんだろうか。
「さあ、そろそろ行くぞ」
「はい」
大丈夫かな。
靴はアイテム袋に仕舞ったものの、スカートの裾はどうにもならないから、やっぱり片手はふさがっちゃうんだよね……。
「ジュリオかアルフォンソが先頭になってくれ。俺はチェリーナの後ろになるよ。流されるかもしれないから」
クリス様……!
私の守護旦那様、ありがたやー!
「大変だなあ。ルイーザだったら、こんなときは最初から一緒に行くなんて言わないだろうな」
「ラヴィエータも、きっと待ってるって言うでしょうね。クリス様は一緒に連れて行くことに対して文句を言わないどころか、甲斐甲斐しくフォローまでしてあげて……。本当に苦労が多いですよね……」
ええ!?
行かないでここで待ってる!?
そんなこと、チラとも考え付きませんでしたけど。
だって私が行かないと話にならないでしょ?
「何を言っているのよ! 私が行かなくてどうするの? あの木がカカオの木かどうか、分かるのは私しかいないことを忘れてない?」
「それは覚えてるけど。僕たちが行って実を取ってくれば済む話じゃないか」
それを言っちゃあ身も蓋もないでしょうが!
「今からでも遅くないぞ。ここで待ってた方がいいんじゃないか?」
いやいや、ジュリオ!
私も行くから!
「行きますよ! さあ、早く行きましょっ!」
「止めてどうにかなるチェリーナじゃないんだよ……。無理に置いて行ったら、1人で森の中をウロウロ動き回るに決まってるんだ……」
ほらー、早くしないからクリス様までテンション下がったじゃないの。
さっさと行こうよ!
「じゃあ俺が先頭になるよ。みんな足を滑らせないよう気を付けてくれ」
はーい、ジュリオ隊長!
ーーザバッ……。
今度はしっかりとロープを握っているせいか、さっきよりだいぶバランスを取りやすくなった。
この分なら問題なく渡れそうだね。
「さっきよりずいぶん楽になったな」
「はい。ロープのおかげで安心感がありますよね」
ザバザバと大きな水音を立てながら数十歩あるくと、早くも向こう岸に到着する。
うう……、深いところでも膝下までしかなかったとはいえ、跳ね返りの水でスカートがあちこち濡れちゃったな。
「みんな無事か?」
くるりと振り向いたジュリオが尋ねる。
「ええ、大丈夫です」
最後尾のアルフォンソもザバッと上がって来て、全員無事に岸に着いたことが確認できた。
「この上に行くんだよな? 結構な急斜面だが登れるのか?」
ジュリオの言う通り、2メートルほどの高さの崖の上までは、びっしりと苔と草で覆われた急斜面になっている。
直角ってほどではないし、ところどころに木も生えているから大丈夫だとは思うけど……。
どこかにスロープかなにか……、ないよね、無人島だもんね……。
「とりあえず、靴を履きましょう。裸足では怪我をしてしまいます。さあ、これで足を拭いてください」
私はアイテム袋の中にあった布をみんなに配った。
「ありがとう」
「まあ、なんとか登れるでしょ」
こんなところで独りぼっちで待つなんて絶対嫌だし、がんばって登るよ。
「子どもの頃は日常的に木登りしてたくらいなんだし、これくらい大丈夫だろ」
あ、そうかそうか。
童心に返ればいいんだー……、って、私もう大人だから最近登ってないし!
子どもの頃とは体重が全然違うから支えきれないんですよ。
言わせないでほしい。
「靴があれなんで不安ですけど、とにかくがんばってみますよ。私はスカートなので、みなさんお先にどうぞ」
「じゃあ俺から」
ジュリオはそう言うが早いか、さっさと登り始めた。
登山靴みたいに滑り止めなんて付いていないのに、軽々と登っていく様子は圧巻だ。
「おーい、割と簡単だぞー」
崖の上から笑顔を振りまくジュリオが満足そうな顔をしている。
ジュリオはバルーンに乗りっぱなしでいるよりも、こうやって体を動かしてる方が生き生きしてるよね。
「じゃ、僕たちも行きましょうか」
「ああ」
アルフォンソとクリス様も、ジュリオの登った道順をたどるようにして危なげなく登り切った。
「さて、次は私ね! よーし、がんばるぞー!」
先に3人も登ってるからね、コツは掴んだ気がする。
「うんうん、楽勝楽勝ー……、あッ!? ああーーー!」
「チェリーナ!」
楽観視したのも束の間、ズルッと足を滑らせた私は、半分ほど登った崖を手と膝をついた格好でズルズルと滑り落ちてしまう。
「きゃあーーーー!」
「ひのめがみさまー!」
向こう岸から私を見守っていたらしい子ども達の悲鳴が聞こえてくる。
またッ、どこもかしこも滑りやすい……!
なんでこんなところに苔だの草だの生えるのよ?
「だ、だいじょうぶよー……」
私はやせ我慢をしながら、川向こうの子ども達に手を振った。
うう……、手のひらと膝が痛い……。
だけど、子どもが見てるから笑顔だ……!
「大丈夫か?」
はっと気が付くと、いつの間にかクリス様が河原まで下りてきてくれていた。
「だ、だいじょうぶかな……。手のひらが痛いです。膝も……」
「ミッチーナで治療するか?」
え、こんな川っぷちで?
野外はちょっと気が乗らないかな……。
「いえ、すぐに治ると思いますので。先を急ぎましょう」
とりあえず今は、子ども達の視線から逃れたいです……!
「そうか。気を付けて登れよ。ダメそうならロープで引っ張り上げるから無理するな」
それは恥ずかしすぎる!
何がなんでも自力でやり切らないと、子ども達に無様な姿を披露することになってしまう。
女神の威厳にかかわるよ!
そして、クリス様の手を借りながら、やっとの思いで崖の上まで登り切った私は、満身創痍となって肩で息をする羽目になった。
ぜえぜえぜえ……。
「やれやれ。この調子で本当に目当ての木にたどり着けるのか?」
「僕も激しく不安ですよ……。運動音痴かつ方向音痴のチェリーナが案内役なんて……」
誰が方向音痴よ!?
クライミングをやったことがなかっただけで、運動音痴でもありません!
「失礼ね、ちゃんと方向は分かっています! 川沿いを歩けばいいだけなのに、どうやって間違えるって言うのよ!」
「普通じゃ考えられないことを巻き起こすのがチェリーナだから……」
アルフォンソー!
「場所の目星はついているから大丈夫だよ。ここから川下の方向に歩いてすぐだったな。5分ちょっとじゃないかと思う」
そうそう、川下に向かって……、えっと、どっちが川下かな?
「チェリーナ何を見てるの……?」
川の流れを確かめようと崖下を覗き込んでいた私に、アルフォンソが怪訝そうに声をかけた。
「え? 川下はどっちだったかなって」
「はあ……。クリス様。案内役をよろしくお願いします」
アルフォンソは呆れた目で私を一瞥すると、クリス様の方へふいと目を逸らした。
なんなのよ?
「ははは……。よし、行こうか」
行きましょ、行きましょ!
そして今、私たちは道なき道をすでに10分ほど歩いていた。
あの……、5分で着くんじゃなかったの?
まだかな……。
もしかして、反対方向だったんじゃない?
私が疑い始めたところで、クリス様があっと声をあげた。
「あれじゃないか? あの黄色い実」
えっ、どこどこどこ?
本当にカカオの木?
まあ、パパイヤだったとしても、それはそれでいい。
美味しいし、パパイヤがあるならマンゴーもあるかもしれないしね。
南国フルーツをおみやげに持って帰って、種を育てるのもありだな!




