第73話 謎の進化を遂げる聖女説
ーーゴトンッ!
「わッ!」
「わあっ!」
あ、あれ……?
子ども達の悲鳴が聞こえるような……?
「だ、大丈夫ー?」
馬鹿発言のせいで後ろを振り向いていた私は、慌てて籠から顔を出して下を見た。
うわあ、小舟がざぶざぶ揺れています……。
どうやら端の方にロープが落とされた重みで、小舟が大きく揺れてしまったらしい。
「馬鹿だな……。何で丸ごと投げ込むんだよ?」
「えっ、何がですか?」
「ロープの端を持たずにどうやって引っ張る気なんだ?」
そう言ったクリス様はもちろんのこと、ジュリオもアルフォンソも呆れた目で私を見ている。
な、なんてこった……!
端っこ持ってないと引っ張れないじゃないの……。
「私としたことが……。失礼いたしました。でも、代わりのロープならいくらでも出せますから! ーーポチッとな!」
私はすかさず魔法で次のロープを出すと、端をしっかりと握りしめて、大きい方を放り投げようと持ち上げた。
「ちょっと待て。投げる方が違うだろ」
「えっ?」
「重い方を投げようとしてるよな?」
そうですけど?
ある程度重さがないと狙いが定めにくいでしょ。
「重い方はこっちに置いて、チェリーナが今握っている方を小舟に垂らせばいいじゃないか。投げる必要なんて全くないよね」
アルフォンソがこめかみを押さえながら言う。
ええー、投げる必要ないかな?
でも、風で流されて上手く受け取れないかもしれないよ?
「でもー、投げた方が確実じゃない? あっ、そうだ!」
カウボーイみたいにロープをぐるんぐるん振りまわして、舳先に引っ掛ければいいんじゃない?
私は早速手に持ったロープの先に30センチ大の輪を作り、びゅんびゅんと勢いよく振り回し始めた。
うん、今度こそ成功する気がするな!
「今度は何をする気なんだよ……。おい、アルフォンソ、どうにかしてくれ」
「僕に言われても……。クリス様、早く止めてください」
「わかったから押すな……。チェリーナ、危ないからそんなに振り回すなよ」
大丈夫大丈夫ー。
ちょっとずつロープを長くしてと。
「さあ、行くわよー! えーいッ!」
「ーーいてッ!」
前方に向かって投げた筈が、なぜか背後から聞こえてきた悲鳴にビクッと肩が跳ねる。
ウソ……、誰かにぶつけちゃった……?
私はおそるおそる振り向いた。
「大丈夫かっ?」
「クリス様、大丈夫ですか?」
うずくまるクリス様の姿に、私の顔からサーッと血の気が引いた。
「クリス様! 大丈夫ですか?」
「いたい……」
「ごめんなさい……! 一体どうしてこんなことに!?」
前に投げたのになんで!?
ああッ、綺麗なお顔の綺麗な額が赤くなってる!
よりによって顔にぶつけるなんて!
「どうしても何も、危ないから投げるなって言ってるのに投げるからこうなったんだろ? まったく、お前はもうロープに触るな。アルフォンソ、子ども達の舟に垂らしてやってくれ」
「承知しました」
アルフォンソは私の手からロープを取り上げると、テキパキと籠から下に垂らしていった。
「クリス様、ごめんなさい。大丈夫ですか? ミッチーナに入りますか?」
傷が残ったら大変だよ……。
「別にそこまでの怪我じゃない。でもちょっとジンジンするから、ゲンキーナを飲もうかな」
「わかりました。ーーポチッとな! はい、どうぞ」
私はゲンキーナを出すと、飲み口を開いてクリス様に手渡した。
「ありがとう」
うう……、クリス様の顔を傷つけるなんて、なんたる失態……。
もうダメだ……、自分に失望して力が出ない……。
「ごめんなさい……」
「馬鹿だな、そんなに落ち込むようなことじゃないだろ?」
クリス様は、しょんぼりする私の頭にポンポンと手を乗せて慰めてくれた。
「でも……、私に当たるならいいですけど、クリス様の顔に当ててしまうなんて」
「お前に当たるくらいなら俺に当たった方がマシだよ」
クリス様はそう言って優しく微笑んだ。
くうー、私の旦那様が美人な上に超優しくてつらい……!
「あのー。忘れてるみたいだけど、僕たちもいるからね? そういう事は2人の時にやってほしいな」
「本当だよ。こっちは新婚の妻を置いて来てるっていうのに、なんでこんなの見せつけられなくちゃならないんだ。子ども達を助ける方が先だろ、まったく」
そうでした。
早く子ども達を助けないと!
「みんなー! ロープを結べたかなー?」
私は籠から顔を出して、小舟の子ども達に声をかけた。
「うん、結べたさー」
「むすべたさー」
小舟には男の子ばかり5人乗っており、その中の年長の2人が返事をした。
大きい子で8~9歳位、小さい子は5~6歳位に見える。
どうでもいいけど君たち、遭難中とは思えないようなのんきな話し方だね……?
「それじゃあ引っ張るわよー。ロープが外れないようにしっかり見ていてねー!」
「わかったさー」
「みているさー」
気が抜ける……!
「あれはこの辺りの方言なのかな? ずいぶんのんびりした話し方だ」
「ああ、そういえば、ぺリコローソ島の連中ものんびりした話し方だと聞いたことがあるな。直接話したことはないが、あんな感じなのかもしれない」
へえー、やっぱり南国で育つとのんびりするものなんだね。
何はともあれ、死にそうになってた精神的ダメージを負ってないようでよかったよ。
そして、15分もかからずに、私たちが目指していた岩山のある島に辿り着くことが出来た。
「何とか救助出来ましたね……。小舟をあのままにしてまた流されるといけませんから、砂浜に引き上げましょうか」
「ああ、そうするか」
アルフォンソとジュリオが相談して、小舟を引き上げることに決めたようだ。
「それなら私も手伝ーー」
「頼むから何もしないでそこに座っててくれ」
えー、そう?
ジュリオってば、私が女の子だからってそんなに気を使わなくてもいいのに。
私だって結構力はあるよ?
「アルフォンソ、行くぞ。それっ!」
ジュリオは掛け声をかけると、アルフォンソと力を合わせてロープをグイッと手繰り寄せた。
おお、なかなか働き者だな。
アルフォンソと2人だけでも軽々と小舟を引き寄せている。
力仕事要員になるジュリオを連れてきて正解だったね。
「みんな、大丈夫だった?」
大きい子は自力で降りてきたものの、小さい子たちが手間取っていたので、ジュリオが抱き上げて降ろしてあげている。
「だいじょうぶさー」
「それはよかったけど、でもどうしてあんなところに子どもだけでいたの? たまたま私たちが通りかかったから助かったけど、危ないところだったのよ?」
ほんとに、私たちそんなしょっちゅう飛んでないから気を付けてよ?
「海へにげていたのさー。でも、途中でかいをおとしたのさー」
は?
櫂を落としたらダメじゃん!
命に係わる致命的なミスだよ。
「逃げていたって、何から逃げていたんだ?」
「きょうふの大王からにげていたのさー」
クリス様が尋ねると、男の子はのんびりした口調で恐ろしいことを口にした。
恐怖の大王……?
なにそれ、胡散臭い!
「あれまあー、子どもらはここにいたんかねー。みんな心配していたのさー」
突然、浜辺に1人のおばあさんが現れたかと思うと、子ども達へのんきそうに声をかけた。
おばあさんは色鮮やかな大判の1枚布を体に巻き付けた、パレオ風の民族衣装を着ている。
よく見てみると、子ども達も腰巻のような布1枚だけだね。
地元の人の軽装っぷりを見たら、なんだか急に暑くなってきた気がするよ……。
「おばあ! ううっ、こわかったさー!」
あ……、怖かったんだ?
そうは見えなかったけど、怖かったんだね?
「おお、よしよし。泣くな、泣くなー。このお人たちはどちらさんさー?」
「ひのめがみ様さー! 本当に空からぼくたちを助けにきてくれたのさー!」
「火の……! 火の女神様……!」
え、火の女神って?
どこどこ?
私はキョロキョロと辺りを見回した。
誰もいないようだけど……。
「どこかしら?」
首を傾げる私の足元に、おばあさんがヨロヨロと近づいて来たかと思うと、おもむろに膝をついてひれ伏した。
「どうか、どうかあたしらをお助けくださいー!」
え、ちょっとちょっと?
戸惑う私の様子に気付かないのか、子ども達もおばあさんに倣って私にひれ伏し始めた。
「おたすけくださいー!」
「めがみさまー!」
「どうか、おたすけくださいー!」
えええええ!?
ちょっと待ってよ、なんでこうなった!?