第71話 旅の心構え
「チェリーナ、どこへ行くつもりなの?」
ルイーザが私を見て不思議そうに首を傾げている。
「ちょっと町まで! あっ、私1人でも大丈夫ですから、クリス様とアルフォンソは疲れているなら休んでいてください。私のことはどうぞお構いなく」
「まさかとは思うけど……、町へ買い物に行くつもりじゃないわよね……?」
ルイーザが呆れたように言った。
そうだよ?
今日行かないといけないんだよ?
「だって、明日の朝早く出発するなら、買い物する時間があるのは今日だけでしょう? 早く行かないと、お店が閉まってしまうわ」
お目当ての魚介類が売り切れちゃうよ。
もうとっくに午後になっているから品揃えはあまり期待できないけど、行きも帰りも買い物すればそれなりの数を買えると見込んでいるのだ。
「チェリーナがわざわざ自分で買い物へ?」
アルフォンソは、なぜ私が買い物にこだわるのか理由が分からずキョトンとしている。
普段の私は特に買い物が好きなわけではないから、腑に落ちないようだ。
「ここでしか買えないものがあるのよ」
だからもう行っていい?
こんな雑談をしてる間に、売り切れてしまうんじゃないかと心配です。
「ここでしか買えないものって一体何なの?」
「海老よ!」
「海老って……。あの川にいる……?」
それは小っちゃい川海老だから!
こっちの海老はすんごい大きくて、めっちゃおいしいからね!
「プリマヴェーラ辺境伯領で獲れる海老とは別物なのよ。アルフォンソも一度食べればたちどころにーー」
「チェリーナ、海老なら今日の夕食でも食べられるわ」
うん、正直それも期待してるけど。
「でもせっかく来たから……。ちょっとだけ行ってパパッと買ってくるわ」
アゴスト伯爵家の料理人が作る上品なお味は大好きだけど、屋台のジャンクな味もまた捨てがたいんだな、これが。
ああ、週一で食べられるくらいの量を買えたらいいのになあー。
出来ることなら毎週金曜日を海老の日にしたい。
「ははは、これから南の島へ行くのにここで魚介類を買い込むのかい? 向こうでは、ポルトの町よりももっといろんな種類の魚介類が食べられるのではないかな? 何しろ海に囲まれた島国なのだからね」
アゴスト伯爵の言葉に、私の目からポロリとうろこが落ちた気がした。
なるほどッ!
超納得いたしました!
「そうですね、おじさま! わあー、どんなものが食べられるのか楽しみだわ!」
「チェリーナ……、すでに当初の目的を忘れてない……?」
いやだな、ちゃんとカカオ豆も憶えてますって。
「いいなあー、エリーズもチェリーナお姉さまと一緒に行きたいなあー」
おっと、これはまずい。
私が美味しいものを食べるのが楽しみなんて言ったから、エリーズが羨ましがってしまった。
「どういうところか分からない場所にエリーズを連れては行けないわ。危険があるかもしれないもの。たくさんお土産を買ってくるから、今回はいい子でお留守番をしていてちょうだい」
悪いけど、まだ小さいエリーズを連れて探検に行くわけにはいかないよ。
「でも、お義兄さまは強いから、きっとエリーズを守ってくれます」
え、そうなん?
ジュリオって強いの?
「エリーズ、わがままを言ってはいけないわ。誰かに守ってもらおうという心構えで危険な旅に出るなんて許されないことよ。守る側の人を危険にさらすことになるのですもの」
ルイーザがさすがの長女っぷりを発揮してエリーズをたしなめる。
ほんと、しっかりしたお姉ちゃんだな。
「守ってもらおうという心構えで危ないことをするなんて許されない、か……。誰かさんに聞かせてあげたい言葉だなあ……」
「聞こえてはいたんだろうが、本人にはまったく響いてないみたいだぞ……。他人事みたいな顔してる」
アルフォンソとクリス様は一体誰のことを話しているの?
私はなんなら2人纏めて守るぐらいの心構えだから、私のことじゃないのだけは確かだけど。
「エリーズも魔法学院に入学して、魔法を不自由なく使えるようになれば探検に行けるようになるわ」
「はい……。エリーズもチェリーナお姉さまみたいに強くなりたいなぁー」
ヤダッ……、私ってもしかして子どもたちの憧れの的なの!?
いやあ、まいっちゃうな!
「強いとは……」
「定義がわからない」
まったく、2人共さっきから何を囁き合っているのよ!?
「エリーズも頑張って私みたいに強くなってね!」
「はいっ! がんばります!」
エリーズは私のウエストのあたりに抱き着くと、私を見上げて笑顔を見せた。
素直なええ子やー。
撫で撫でしてあげよう。
よーしよしよし。
「攻撃魔法はからっきしって聞いてたけど、本当は強いのか?」
「……聞かないでください。答えにくいわ」
ジュリオがルイーザに、私の攻撃魔法の強さについて尋ねているね。
攻撃だけが強さじゃないってことを分かってないな!
「ジュリオ様、攻撃ばかりが強さではありません。私は防御の方が得意なのです」
「防御って結界のマントのことだよな? そりゃ、あらかじめ攻撃されると分かっているならあのマントを着ていればいいけど、不意打ちされたら終わりだろ?」
ジュリオ!
それは言っちゃいけないやつ!
「いいんですよ、突然何かあったらクリス様が守ってくれますから! ねっ、クリス様?」
「それは守るけど……」
「それにお父様だって私を守ってくれますし、あっ、それからマーニだって守ってくれるわ!」
ほーら、これだけ守ってくれる人がいるんだから私は安泰だよ。
「うん、完全に周りに守ってもらう心構えだね。自分で戦う気がこれっぽちもないとは、いっそすがすがしさを感じるよ」
あ、あれ……?
おかしいな、さっきは私が守るつもりだったんだけど。
「いやね、アルフォンソ! 万が一何かが起きたら、そのときは協力し合って戦いましょうって言いたかったの。私たちは仲間なんですもの、攻撃と防御で役割分担して切り抜ければいいのよ!」
最初の一撃さえかわせれば、あとは私がどうにかするし!
「ああそう……。ところでクリス様、もし本当に何かが起こって、海の上でバルーンが墜落するような事態になったときはどうなさるのですか?」
ちょ、不吉なこと言わないでよ!
でも……、海に落ちてから私の魔法で何かを出すなんてことは不可能だ。
実体験に基づく考察だから、そこは自信がある。
「墜落に備えてアイテム袋に高速救助船を入れてある。だから、溺れ死ぬようなことにはならないよ」
クリス様、頭いいッ!
そうだよ、船があれば近くの島へ行けるんだから、そこで新しいバルーンを出してまた飛べばいいのだ。
「それはよかった。備えがあると聞いて安心しました」
墜落する心配なんてしてなかったけど、やっぱり船があると聞いたら一層心強いよね。
頼りになる旦那様がいてよかったな!
「それじゃ……、いってきます……」
翌朝、日の出と共に起き出した私たちは、南の島を目指してバルーンに乗り込んだ。
早朝ということもあって、今日の見送りはルイーザだけだ。
ふわあ……、どうでもいいけど、眠くて声が出ない……。
「気を付けてね。あの、チェリーナが操縦するの……?」
それが何か?
「僕がしますよ。チェリーナ、リモコンを僕に渡して」
アルフォンソがにっこりと笑いながらも、有無を言わせない様子で手を差し出した。
え……、なんで?
私だって操縦は得意なんだけど。
「わたしが……、ふあぁー……」
おっと、またあくびが出てしまった。
「目が半分開いてないじゃないか。危ないから僕が操縦するよ」
どっちでもいいけど……、そんなに言うならお願いしようかな。
「まだ眠いなら寝てていいからな。ほら、こっちに座って。俺の肩にもたれていいから」
それじゃ……、お言葉に甘えてもうちょっと……。
「……いくらなんでも甘やかしすぎじゃないのか?」
「僕もそう思います……」
うるさいなあー。
私たち夫婦はこれでいいんだから放っておいてください。