第70話 南の島の意味
お兄様の話を出した途端、クリス様はハッとした表情になった。
「そういえば、チェレスに今回の旅のことを言ってなかったな。自分は何も聞いてないのに、アルフォンソとジュリオは一緒に行ったなんてことがバレたら……。まずいぞ、絶対文句を言われる」
本当だ……!
お兄様にネチネチネチネチしつこく怒られる様子が目に浮かぶよ!
「ど、どうしましょう……!」
「旅のことは秘密にしておくとか」
後でバレるリスクはあるけど、とりあえずアルフォンソの言う通り秘密にしておくしか手がない気がする。
「カレンデュラの魔法で植物を育ててもらおうと計画しているのに、どうやって秘密にするんだよ……」
そうだった!
カレンデュラにそんな頼みごとをしたら、お兄様に即バレるに決まっている。
「それなら、僕とジュリオ様が同行したことだけ秘密にするのは?」
なるほど……。
知られたくない部分は伏せて、言っても問題ないところだけを報告する作戦ですね。
それなら例え後でバレても、嘘は言ってないで押し通すことも出来る。
「それしかないな」
「大丈夫でしょうか……。お兄様って、意外と嘘や誤魔化しが通用しないんですよ……」
どういうわけか、すぐに見破られるんだよね……。
「それはチェリーナが分かりやすいからだろ。チェレスに話す時は俺から話すから、お前はなるべくしゃべらないように大人しくしてろよ。もちろん顔にも出すんじゃないぞ?」
「わかりました。クリス様から話せば、お兄様も怒るわけにはいかないですしね」
私には遠慮なく怒るけど、さすがにクリス様に対して同じことを出来るわけがない。
うん、きっと大丈夫!
お兄様のことを考えてせっかくの旅が憂鬱になるのも嫌だし、もうこの件は忘れようっと。
「チェリーナ!」
「チェリーナお姉さまー!」
アゴスト伯爵家の前庭にバルーンを着地させると、ルイーザと11歳になる下の妹のエリーズが出迎えてくれた。
さっき通信機でもうすぐ着くと連絡していたから、外に出て待っていてくれたらしい。
ちなみに上の妹のルアーナはマルティーナと同じく魔法学院の1年生になり、王都で寮生活を送っているため今日は不在だ。
「ルイーザ! エリーズ、久しぶりね!」
「クリスティアーノ様、アルフォンソさん、ようこそおいでくださいました。チェリーナ、いらっしゃい。待っていたわ」
「ああ、今日はよろしく頼むよ。アゴスト伯爵は在宅かな?」
クリス様がルイーザに尋ねる。
ジュリオもいないし、どこかに出かけてるのかな?
「それが……」
「お父様とお義兄様なら、さっきから海図を囲んでああでもないこうでもないと話し込んでいますよ? お母様はいま2人を呼びに行ったところです」
エリーズが明るい笑顔で教えてくれた。
ええと……、もしかして、実は全く場所の見当が付いてないってこと……?
チラリとクリス様とアルフォンソの方を見ると、2人とも同じことを思ったらしく微妙な顔をしている。
「と、とにかく、書斎で海図をご覧になりますか? それとも一休みなさいますか?」
「みんな書斎にいるのなら、先に書斎へ案内してもらおうかな」
そうだよね、まずはやっぱり場所を確認したいよ。
「それではこちらへどうぞ」
私たちは案内役のルイーザを先頭にして広いホールを横切り、一つの扉の前で立ち止まった。
「ーーまずは大きい島から」
「いや、最寄りから探すべきだ」
「それより2人とも、早くお出迎えを!」
薄く開いた扉の向こうから、立て続けに人の話し声が聞こえてくる。
うん、まだまだ議論の真っ最中のようです。
アゴスト伯爵夫人が2人の注意を引こうと頑張っているけど、まったく聞く耳を持ってもらえないみたいだ。
ーーコンコン!
「失礼します! アメティースタ公爵夫妻のお着きです」
ルイーザがノックをして声をかけると、中からガタガタッと派手な音がいくつも鳴り出した。
アゴスト伯爵とジュリオが慌てて椅子から立ち上がったようだ。
「これはこれはアメティースタ公爵! お出迎えもせず失礼いたしました」
ギイッという音とともに扉が大きく開かれ、恐縮した様子のアゴスト伯爵が顔を出した。
「余計な仕事を増やしてしまったようで申し訳ない。どの辺りか大体の見当はついたと聞いていたが……」
クリス様が困惑したように言う。
もしかして私、聞き間違えた……?
「大体の見当はついたような……、つかないような……」
なにそれ!?
いったいどっちなのよ、ジュリオ。
「まずは海図をご覧になった方が分かりやすいかと思います」
アゴスト伯爵の言葉に、私たちは大きなテーブルに広げられた海図に注目した。
「これは……、どう見るんだ?」
分からないよねー!
私も最初見たときは、今自分がいる場所が分からなかったもん。
えーと確か、今いるところは……。
「あっ、この大陸がフォルトゥーナ王国でしたよね?」
私は地図の一番下にある大陸を指さした。
「そこは他国だ。フォルトゥーナ王国は正反対の場所、ここだよ」
ジュリオはそう言って、トントンと海図の一番上を指さした。
ええ、そこなの!?
クリス様もアルフォンソも、また知ったかぶりをしてとでも言いたげな目で見ているね……。
立ち位置が悪かったせいで、とんだ恥をかいてしまった。
「あら……、おほほ。そうそう、フォルトゥーナ王国はそこでした。ちょっと失礼して、私もそちら側へ移動しますわ」
反対側からじゃ見にくいし。
すると、私に便乗してみんなもゾロゾロと場所を移動してくる。
よしっ、これで準備は万端だね。
いつでも説明を始めてくださいな!
「では私からご説明を。まずは現在地ですが、私たちのいるポルトの町はここです。そして、我が領から定期船が出ているぺリコローソ島はこちらです」
ふむふむ、見慣れてきたらなんとなくわかって来たぞ。
「あっ、マルティーノおじさまが住んでた無人島!」
「チェリーナ、話の邪魔をするなよ」
海図上でマルティーノおじさまの無人島を発見して嬉しくなってしまった私を、クリス様が小声でたしなめる。
そうでした。
話の腰を折っちゃダメじゃん。
「ははは、つい懐かしくなったのでしょう。話を戻しますが、ぺリコローソ島よりさらにずっと南にある、こちらの諸島。これが南の島と呼ばれているものだと思われます」
「えっ、南の島は一つではないのか?」
「はい……。大小さまざまな島の集合体が”南の島”、どうもこれが国名のようなのです。それぞれの島には、別の名前が付いているのでしょう」
そ、そんな……。
諸島って……、いまアゴスト伯爵が指でぐるっと囲んだ範囲、めっちゃ広くないか!?
「どうする……? 一番大きな島から当たってみるか?」
「やっぱり! 俺もそう言ったんだよ。普通に考えれば、一番大きな島が一番栄えているよな?」
ジュリオはクリス様と同意見だったことでなぜか得意になっている。
いや、正解かどうかわからないからね?
「大きな島が栄えているとは限らない。例えばこのぺリコローソ島、近くにこれより大きな島もあるだろう? だが、この大きな島は岩山ばかりで住んでいる人はそう多くはないのだ」
アゴスト伯爵が諭すようにジュリオに言った。
確かに、大きい島だから人口が多いとは限らないよね。
何を頼りに探せばいいんだろう……。
「それでは、最寄りの島を目指して、そこで聞き込みをしましょう。僕たちがここで議論するより、地元の人間に聞く方が確実ですから」
「そうだろう、そうだろう。私もさっきからそう言っていたんだよ」
アゴスト伯爵はアルフォンソの意見に顔を綻ばせた。
そっか、そうだよね。
どこか一つの島に上陸して、一番栄えてる島はどこですかって地元民に聞けばいいんだ。
「それじゃ、そうしましょう! さーて、そうと決まればこうしてはいられないわ!」
「えっ、なんだよ? 今日はポルトの町に一泊するって決めてただろ?」
それは分かっています!
だけど、私には果たさなければならない使命があるから。
だから止めないでください!




