第62話 主人公のモデル
なるべく早く話を切り上げて、パヴァロ君たちのところへ行きたいよ……。
「私は本来であれば悲劇が得意中の得意分野なのですが、今回はアメティースタ公爵のたってのご要望でしたのでーー」
あの話、悲劇になるかもしれなかったの?
見た目にコンプレックスのある主人公が悲劇的な結末を迎えたら、救いがまったくないじゃない。
それにしても、話が長いな……。
クリス様の方をチラリと見ると、ビスクドールのような顔、つまり無表情でアンドリュロイの話に相槌を打っている。
これはクリス様も内心辟易しているに違いない。
「ーーそこで私は閃いたのです! アメティースタ公爵夫人の幼少期のご病気の話を取り入れられないかと!」
え……、エルネストのモデルって……、まさかの私!?
怪人だよ!?
作中で化け物って呼ばれたよね?
はったおしていいかな?
「いやはや、いま思い返しても天才的な閃きだったとしか言いようがありません。私はこの時確信いたしました、私は神に愛されているとーー」
ううっ、アンドリュロイの話に終わりが見えない。
こうなったら、誰かを話の輪に引き込んで、その隙に逃げるしか……!
縋るような気持ちで会場内をぐるりと見回すと、会場の片隅に私の視線を捕らえた人物がいた。
生贄……じゃない、話し相手発見!
「キキエーラ!」
名前を呼ばれたキキエーラは、私たちに気が付くと笑顔でこちらにやって来た。
「お呼びでしょうか、マルチェリーナ様? 先ほどの舞台、本当に素晴らしかったです! 前半は主人公のあまりの不遇さに胸を締め付けられましたが、あの前半があったからこそ幸せな結末が引き立ったのですよね。それにあの美しい歌の数々は、本当に歌の妖精が舞い降りてそこで歌っているかのようでした。ああ、どんなに言葉を尽くしても、私のこの感動を言い表すことは出来ません!」
いえ……、もう十分です。
「アンドリュロイさん、こちらは友人のキキエーラ・アルベルティーニです。キキエーラ、アンドリュロイさんはさっきの舞台の作曲と脚本を担当した方なのよ。キキエーラも本を書いているから話が合うんじゃないかしらと思って声をかけたの」
「まあッ! 作曲と脚本を! そんなすごい方とお話しできるなんて夢のようです!」
キキエーラは目を輝かせてアンドリュロイの肩書に食いついた。
思った通りだ……、ニヤリ……。
「ははははは! これはこれは正直なお嬢さんだ! 君も本を書いているんだって? どんな本なのかな? ここで出会ったのも何かの縁、この私が直々に助言をしてあげよう」
え……、なんというありがた迷惑。
「ええッ、本当ですか!? じ、実はプリマヴェーラ辺境伯様の物語を書かせていただいたのですがーー」
「なんと! プリマヴェーラ辺境伯の物語! それはいい、想像力を掻き立てられる……! ふーむ……、プリマヴェーラ辺境伯のイメージは……、うん、うん」
アンドリュロイは目を閉じてほんの一瞬黙り込んだかと思うと、おもむろに歌い出した。
「ババラババン、パッパラッパー、フォー! デッデレッレー、フゥー! ドゥッドゥルドゥー、ウォウ!」
お父様のイメージってそんななの!?
いくらなんでもポップ過ぎやしないか。
そしてどうでもいいけど、こういう時ってラララとかルルルで口ずさむんじゃないの……?
「……チェリーナ。今のうちに行こう」
「はいっ」
熱唱中のアンドリュロイに気付かれないように、私たちは気配を消してその場からじりじりと後退り人混みに紛れ込んだ。
キキエーラは胸に手を当ててうっとりと歌を聞いているから、きっとアンドリュロイと上手くやって行けると思うな。
キキエーラ、キミの尊い犠牲は忘れない……!
「ふう……。作曲の才能は認めるが、一癖も二癖もありすぎるよ。ちょうどキキエーラが来てくれて助かった」
「強烈でしたね。おしゃべりを制するには他のおしゃべりをぶつければ相殺されるかもと思ったんですけど、思いのほか上手く行きました」
これぞ毒を持って毒を制す!
「キキエーラも楽しそうに話してるし、しばらく話し相手を任せても大丈夫だろう。俺たちは挨拶回りもしなければならないし、そんなに足止めされても困るしな。とりあえず、パヴァロたちのところへ顔を出して、それから挨拶回りをするか」
「そうですね」
私たちは頷き合い、人の輪の中心にいるパヴァロ君たちの方へ近づいた。
「パヴァロ君! マリア! とても素晴らしかったわ」
「おめでとう、大成功だったな」
私たちが声をかけると、パヴァロ君とマリアは振り向いて嬉しそうな笑顔を見せた。
「クリスティアーノ様、マルチェリーナさん、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
パヴァロ君はメイクを落として顔を洗ってきたらしく、いつもの見慣れたパヴァロ君の顔をしていた。
だけど、マリアの方は舞台メイクそのままで登場したので、近くで見るとスッゴイことになっている。
特にアイメイクが濃くて、恐怖を感じるくらい目がデカいよ……。
正直目が釘付けだけど、あんまりジロジロ見るのも失礼だし、とりあえず舞台の話でも振ってみるか。
「2人が上手いのは知っていたけど、あの子ども時代のエルネストを演じた子は誰なの? あんなに歌が上手い男の子がいるなんて驚いたわ」
「俺もあの子は上手いと思ったんだ。なのに、カーテンコールで見かけなかったようだが」
私たちが子役について尋ねると、パヴァロ君とマリアは顔を見合わせてふふっと笑った。
「あの役は私が演じたんです」
「ええっ!? マリアが?」
ほんとに?
舞台で見た時は少年に見えたけど……。
それに声もフランカ役の時と違ってたと思うんだけどな。
「ふふっ。『いいんだ。この子は僕の姿が怖いんだもの。僕の顔を見て気を失ってしまったんだよ』……これで信じていただけましたか?」
「子ども時代のエルネストの声だわ!」
「マリアは声を使い分けるのが得意なんですよ」
なぜかパヴァロ君が自慢げに言う。
へえー、そうなんだあ。
「子役を使うことも考えたのですが、アンドリュロイさんの作った歌は子どもが歌うには難しすぎて。それにあの年頃の男の子はちょうど変声期なので、1人が長く演じることも出来ませんから」
「なるほどねえー。それにしても驚いたわ」
思っていた以上に多才なマリアにびっくりだよ!
「パヴァロ、マリア。父上と母上に紹介するから、一緒に来てくれ。ーーああ、ちょうどプリマヴェーラ辺境伯夫妻と話をしているな。みんなに紹介するよ」
「ええッ、ぼぼぼぼ、ぼくをッ!」
え、大丈夫?
地震かと思うほどの揺れっぷりですけど。
「そんなに緊張するなよ。俺たちもいるんだし」
「ここここ、こくッ、こくッ……!」
ガグガクとおさまる気配なし。
震度4はありそう。
「パヴァロ、名誉なことよ。両陛下にお目にかかれるなんて一生に一度のことですもの、頑張りましょう?」
マリアは優しくパヴァロ君の背中をさすって励ました。
パヴァロ君……、いい奥さんもらったね。
「ははは、マリアは度胸がいいな。パヴァロ、簡単な挨拶をするだけだ、心配はいらないよ」
「はっ、はい……! それではッ、不肖パヴァロ・ロッティ、死ぬ覚悟でご挨拶を……っ!」
いや、生きて?
「大袈裟だなあ。ほら、行くぞ」
クリス様に背中を押されたパヴァロ君は、一段と緊張を漲らせると、右手と右足を同時に出した。
そしてそのまま、ギッタン、バッタンという感じでぎこちなく足を進める。
「パヴァロったら……」
「ふふ、私たちも行ましょう、マリア」
パヴァロ君がちゃんと挨拶出来なかったらフォローしないといけないし、遅れず付いて行かないと。
「はい」
そう広くもないロビーを会場にしていることもあり、私たちは10メートルも歩かずに国王陛下の一団の前に着いた。
「父上、母上、みなさま。本日の主役の2人をご紹介させてください。エルネスト役のパヴァロ・ロッティと、フランカ役のマリア・ロッティです」
「おお、彼らが」
「おおおお、おはちゅにおめめにかかりまままっす、パ…ビャッ!」
噛んだ。
思いっきりガチンって音が聞こえたよ……。




