第61話 作曲家の先生
クリス様の隣に座った王妃様とその向こうの国王陛下も、私たちの方へ顔を向け満面の笑みを浮かべている。
「クリスティアーノ、マルチェリーナ。とてもよい舞台だった。王都の大劇場にも引けを取らない出来だったぞ」
「ええ、本当に。お話もよかったけれど、主役2人の歌が特に素晴らしかったわ。あの2人なら、王都の劇場でも主役を張れるわね」
あ、あの……。
褒めてくれるのは嬉しいんですけど、パヴァロ君とマリアを王都へ連れて帰ろうなんて思わないでくださいね!?
「父上、母上。あの2人はうちの大事な看板役者ですよ。本人たちへ王都の劇場に出た方がいいなんて言わないでいただきたいものです」
「ふふ、わかっているわ。でも、ここまでなかなか足を運べないのが残念よ」
「またお迎えにあがりますので、いつでもいらしてください」
出来れば次は、クラリッサ姫が成長してからにするか、お2人だけで来ていただけると本当に助かります……。
「そろそろ1階へ下りましょうか。まもなくパーティが始まります」
招待状を持っていない一般のお客様が帰った後、ロビーを会場にして開幕記念パーティを行うのだ。
本当は今日来てくれた全員で祝いたいところだけど、残念ながらそこまでの広さがないので、今回は招待客と出演者中心のパーティとなる。
飲み物や料理は前もって作ってアイテム袋に入れておいたので、今頃はカーラたちがそれらを並べてくれている筈だ。
「子どもたちは大丈夫だったかしら」
「パーティの前に迎えに行くか。……パーティ中の見張りはどうするかな」
階段を下りながら、クリス様が小声でつぶやいた。
ほんと、どうしよう!?
ホスト役の私たちが子守りするわけにいかないしな。
「奥様。飲み物とお料理の支度が整いました」
階段の下に着くと、ノーラがニコニコと笑顔で迎えてくれた。
「ありがとう。ノーラとカーラも舞台を楽しめた?」
「ええ、それはもう! こんなに綺麗な劇場でお芝居を観るのは生まれて初めてですから。この世にあんなに歌が上手い人がいるものかと驚きましたよ」
「そうなのよ。私もパヴァロ君の歌を初めて聞いたときは、私よりも上手い人がいるなんてと思ったものよ」
懐かしいなあ、あれからもう3年も経ったなんて。
「ーー図々しいな。首を絞められたニワトリみたいだったくせに」
誰がニワトリよッ!?
私を鳥に例えるならホトトギスにしてもらえるかな!
「ガブリエル様……。とっくに結婚して既に父親にまでなっているというのに、意地悪なところはちっとも変わらないですね!」
「意地悪ではない。俺はただ事実を言っているだけだ」
は?
私の歌はパヴァロ君も認めてたけど?
芸術が分からない人には口を出してほしくないよね!
本当に腹が立つ……!
でも……、せっかくのパーティなんだから我慢だ……。
ここは気持ちを切り替えて子どもたちの様子を見に行こう。
意地悪ガブリエルから離れようと歩き出すと、なぜかガブリエルも私の後ろに付いてくる。
「付いてこないでください!」
「俺はガブリエラを迎えに行くだけだ。自意識過剰だな」
ぐぬぬ……!
ほんと、ああ言えばこう言うんだから!
もしこんな人と結婚してたら、私絶対血管キレて早死にしてたと思う。
「チェリーナ、俺も一緒に行こうか?」
「いえ、クリス様はこちらでお客様のお相手をお願いします。私も子どもたちの様子を見たらすぐに戻りますから」
「分かった。お前たち、あんまり人前でケンカするなよ?」
ほらー、ガブリエルのせいでクリス様に心配かけちゃったじゃん!
「大丈夫です。私の心は海より広く、魔の森よりも深いのです」
「魔の森。つまり腹の中にドス黒い闇を抱えているという意味か……」
誰が腹黒じゃいッ!
「……さあ、ガブリエル様、行きますわよ? キリキリ付いてきてください!」
私は苦労してなけなしの平常心を掻き集めると、顔に笑顔を張り付けて1階席への扉を開いた。
「みんな、お芝居は面白かったかなー?」
私は防音スペースの扉を開け、中にいた子ども達に元気よく話しかけた。
「たのちかったー!」
「おもしろかったよ」
「うたがじょうずだった」
うんうん、そっかそっか。
みんな気に入ってくれたんだね。
クラリッサ姫は妙に大人しいけど、ちょっと難しかったかな?
「クラリッサ姫は面白かったですか?」
「わるものはどうなったのー?」
悪者って……?
あっ、エルネストの父親のこと?
「主人公の父親のグランディーゾ公爵ですか? 父親は死んでしまいましたよ。”急逝”という言葉は難しかったですよね」
「ちなう! べつのわるものー!」
え、誰?
「街の人々じゃないか? エルネストを退治しようとしてただろう」
「ああ、街の人のことーー」
「ちーなーうー! わるものー!」
クラリッサ姫は、私たちの察しの悪さを責めるようにドンドンと足を踏み鳴らす。
ええー、分かんないなあ、もうちょっとヒントをください。
「かーしゃん……、あいにこなかった……」
ビビがぽつりと漏らした言葉に、私はハッとした。
そうか……、子どもにとっては、家を追い出した父親よりも、病気の少年に会いに来なかった母親の方が悪者なんだね。
言われてみれば納得だ。
「母親は……、どうなったんでしょうね?」
「旦那が死んだならすぐに他の男と再婚するんじゃないか? どっちにしてもエルネストと一緒には暮らさないだろ」
だから!
ガブリエルは現実的すぎるっつーの!
子どもに説明しにくいわ。
「わるものは、やっつけてほしかったー!」
なるほど!?
クラリッサ姫はやられたらやり返すタイプなんですね。
憶えておきます。
「奥様。そろそろパーティ会場へ向かわれた方がよろしいのでは?」
はッ、そうだった!
のんびり話し込んでる場合じゃないよ!
声をかけられて気が付いたけど、子守り役の大人がいつの間にか3人に増えていて、そのうちの1人がカーラだった。
「そうね。カーラはここにいるの?」
「パーティ会場の準備は出来ましたので、私がお子様方のお世話をいたします。皆さんでどうぞパーティを楽しんできてください」
カーラは子守り役の2人をパーティに参加させるために、自分が代わりに来てくれたのか。
気が利くなあ。
「カーラ1人で大丈夫?」
「1人にさえ気を付ければ、後は問題ないかと」
ほうほう、要注意人物のクラリッサ姫さえ封じられれば後はどうにでもなるんですね。
「それじゃ悪いけどお願いするわ。さあみなさん、パーティに行きましょう」
「俺はガブリエラを……」
「子ども同士でもうちょっと遊ばせてあげてください。さあ行きますよ!」
まったく、ガブリエルは子どもより手がかかる!
私たちがパーティ会場へ戻ると、お客様たちはすでに飲み物を片手に歓談を始めているところだった。
もしかして私、クリス様の開始の挨拶を聞き逃した!?
「クリス様!」
「遅い。もう始めてるぞ」
若干憮然としたようにクリス様が言った。
すぐ戻るって言ったのに、ごめんなさい。
「申し訳ありません。クラリッサ姫となかなか話が通じなくて」
「子どもたちは退屈してなかったか?」
「みんな楽しんでましたよ」
そこへ突然、会場の片隅からおーっという声が聞こえてきてそちらを見ると、出演者の一団がロビーにやって来たところだった。
あっ、パヴァロ君とマリアもいる!
「こっちよ!」
「やあやあ、これはこれはアメティースタ公爵ご夫妻! ご機嫌麗しゅう。舞台をお楽しみいただけましたでしょうか?」
パヴァロ君とマリアに向かって手を振っていたところへ、2人の前にいた人物が近づいて来てしまった。
いや、あなたじゃなくて……、後ろの人に用があったんです。
「ああ、素晴らしい舞台だったよ。チェリーナ、こちらは作曲と脚本を担当してくれたアンドリュロイ・ドウェバ氏だよ」
「まあ! あなたが作曲と脚本を? 本当に素晴らしかったですわ!」
どこのオッサンかと思いきや、作曲家の先生とは!
脚本まで手掛けたなんてすごい才能だな。
「いえいえ、それほどのことは……。まあ、そうは言っても、この広いフォルトゥーナ王国といえども作曲と脚本をこのレベルで作り上げられる人間はそう多くはありませんが。実のところ、自分でも恐ろしいほどなのですよ、自分の才能が! はっはっは!」
……なんだろう。
私、この人と上手くやっていけない気がするな。