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第52話 繰り返す受難


「お、お兄様っ!? なぜここに?」


さっき屋敷に寄った時に見かけなかったから、てっきり護衛役の一員としてエスタンゴロ砦へ行ったのかと思ってたよ。


「クリス様に頼まれたんだ。チェリーナたちに同行してやってくれないかってね」


へえー?

こっちは別に危険はないし、大丈夫なのにね?

まあ、王妃様やクラリッサ姫のことが心配なんだろうな。


「そうだったんですか。それはありがとうございます。馬車のことも気が付かなくて」


「だろうね」


お兄様はもの言いたげな顔をしながら、短く返事をする。

この顔は……、王妃様たちがいなかったら私の手配が悪いと文句を言うんだろうけど、いまはみんなが聞いているから猫をかぶっているね……。


「わたくし達のためにありがとう。よろしくお願いするわね」


「かしこまりました」


猫かぶりのお兄様は、爽やかな笑顔を王妃様に向けている。

私を見る時と顔が違うんだけど……。


「えー、それではまず、こちらの百花の丘を見て回って、良さそうなところで写真を撮りましょう! そうすれば、あとで国王陛下もご覧になれますし」


「あら、それはいいわね」


さて、そうと決まれば、クラリッサ姫が暴れないうちに手を繋いで動きを封じ込めーー、あれっ?


「クラリッサ姫? クラリッサ姫はどこですか?」


気付いた時には、クラリッサ姫の姿が忽然と消えていた。

ビビはちゃんと私にくっ付いているのに、いったいどこいった!?


「あら……。クララ、クララ! 返事をしてちょうだい!」


「姫様ー!」

「クラリッサ姫ー!」


王妃様や侍女たちも、慌ててクラリッサ姫の名前を呼び出す。


くうー、痛恨のミスを犯してしまった!

お兄様が急に現れるから、クラリッサ姫を捕獲しとくの忘れちゃったじゃない!


「なにー?」


王妃様の背後にあった背の高い花々の間から、クラリッサ姫がズボッと顔を出した。

なんでそんなところにいるかな!?


あああっ、むしりとった花を両手に握りしめてる……!


「クラリッサ姫、ちょっとこちらへ来ていただけますか?」


「いいよ!」


呼ばれたクラリッサ姫は素直にトコトコとやって来た。


「クラリッサ姫、お花はむしってはいけません。むしったお花は死んでしまうんです。お花も生きているんですから、綺麗に咲いているのを見るだけにしましょうね?」


「しぬってなにー?」


そ、そこからだったか……。


「お花が枯れるのは分かりますか? 花瓶に生けた花は、数日経つと茶色くなって枯れてしまいます。あれはお花が死んでしまったからなんです。でも、土に植えたままならば、お花はずっと長く生きていられるんですよ。クラリッサ姫も、ずっと綺麗なお花でいてほしいでしょう?」


「うん」


クラリッサ姫は、両手に持った花をじっと見ている。

分かってくれたかな?


「じゃあ、お花はちぎらないようにしましょうね? 約束ですよ?」


「わかったー! このおはなも、つちにいれてあげるー」


え……、それはもう遅いかな……。


「そのお花は、クラリッサ姫が持っていてあげてください」


「チェリーナ、押し花にしたらどうかしら? それから、落ちているお花を拾って、ポプリを作るのも楽しいわよ」


へえー、そういうことも出来るのかあ。

フィオーレ伯爵領へ来た記念になって、ちょうどいいかもしれないね。


「わあー、ひろうー!」


カレンデュラが提案してくれた中で、クラリッサ姫は落ちている花を拾うことに食いついた。

そして、またターッと走って花々の間に潜り込んでしまう。


ああっ、踏み付けないでって言うの忘れちゃったよ!

大丈夫かな……。


「ねーたん、おはな、きれいねー」


お転婆なクラリッサ姫とは違い、ビビは大人しく花畑を眺めてほーっとため息を吐いている。

区画ごとに違う種類の花が整然と植えられた花畑は、まるでどこまでも続く花のパッチワークのようにも見え、ビビが目を奪われるのも無理はない美しさだった。


「本当、綺麗ねー。ビビはどのお花がーー」


「はいっ、どーじょ!」


意外なほど早く戻って来たクラリッサ姫が、小さな握りこぶしを私の方へにゅっと突き出した。


え、私のためにお花を拾ってきてくれたの?

なーんだ、けっこう可愛いところもあるんじゃない。


感動しちゃうなー、おねーさんは嬉しいよー。


「ありが………………、ん? んんっ!?」 


クラリッサ姫がポトリと手のひらに落としたものをまじまじと見て、その正体が何かを認識したとたん、私の全身にプツプツと鳥肌が広がって行く。


「う、う、う、うぎゃああああああああああーーーーっ!」


この、緑色の物体は……!

葉っぱであってほしいけど!

どう見ても、うごうごとうごめいているーーー!


「チェリーナ! どうしたの!」


お兄様が早足に近づいてくる気配がした。

だけど、とてもお兄様の助けを待ってはいられない!


「むむむ、虫があーーー! け、けむし? いもむし? みどりむし? なにこれ、きもちわるいー!」


私はブンブンと手を振って虫を投げ飛ばした。


「あ」


あ、って何!?


「フーッ、フーッ、どこいった!? 奴はどこいったッ!?」


目を凝らして地面を睨み付けるも、振り落とした筈の虫がどこにも見えない。


「あ、頭に……」


「あたま……? え、誰の!? 私のッ!?」


嘘でしょ!?

お願いだから嘘だと言ってください、お兄様!


「あっ、髪の間に潜り込みそう。ちょっと動かな」


「もぐりこむ!? ふぎゃーーーーっ! たすけてーーーー!」


私はあまりのことに我を忘れて頭を振った。


こんな時はロックにヘッドバンギングするべきか、それとも歌舞伎の連獅子風にぐるんぐるん振り回すべきなのか……!

何でもいいから早くどっかに行ってくれー!


ーーバタッ。


「チェリーナ!」


あれ……、空が見えるな……。

頭がくらくらするよ……。


「チェリーナ、大丈夫? あんなに頭を振り回したら目が回ってしまうわ。虫はチェレスが追い払ったから落ち着いてちょうだい」


「おかあさま……。ううっ、虫が……、髪が、虫でえ、あああー!」


気持ち悪すぎるよ……、ショックで涙が出てきた……。


「ううっ、うわあーーーん!」

「ねーたん、ねーたん……! ううう、ぐすっ」


私は子ども達の泣き声でハッと我に返った。

そうだ……、私が泣いてたら子ども達が不安になってしまう。


「だ、大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけ。心配かけてごめんね?」


私はよろよろと体を起こし、お兄様の手を借りて立ち上がった。


「マルチェリーナ、怪我はない? 本当にごめんなさいね」


「いえ、少し驚いただけですから。ヲホホ……」


本当は、心臓麻痺で死んでもおかしくないくらいの大ショックだったけど……。


「クララは女の子なのに虫が好きで困るわ」


虫が好き……!

ぞわぞわするよ……。


「きっと成長すれば変わりますわ。チェリーナも小さい頃は虫を捕まえたり、カエルを捕まえたりしていて、私も何度も気絶しそうになったものです。それがいつの間にかこんなに苦手になっていましたから」


え、私にもそんな時代が……?


言われてみれば、確かに子どもの頃はセミとか捕まえてたかもしれない。

今見るとセミって超グロいのに何考えてたんだろう、子どもの頃の私……。


「……チェリーナ。チェリーナ」


カレンデュラが小声で私を呼んでいる。


「どうしたの、カレン?」


「髪もドレスも酷いことになっているわ……。アイテム袋に着替えはないの?」


「ええっ」


慌ててドレスに目をやると、倒れた時についたらしい草の汁であちこちが汚れている。

それに、髪の方はあれだけ振り回したら、ボッサボサなのは鏡を見なくても明らかだ。


ど、どうしよう……。

こんな姿で美しい王妃様と街中を練り歩くの……?


……何の罰ゲームかな?

それってもはや公開処刑じゃない!?






クラリッサ姫が捕まえてきた虫は、アオムシが正解です。

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