第51話 花の名所
私は朝食を済ませると、ビビを伴って王族方の滞在するコテージへ顔を出した。
「おはようございます、王妃様。昨夜はよくお休みになれましたでしょうか?」
「おはよう、マルチェリーナ。このコテージは素晴らしいわね。ベッドも浴室も、とても使い心地が良くて驚いたわ」
よかったあー!
見た目がシンプル過ぎるかとも思ったけど、便利さと使い心地だけは自信があるんです!
「ありがとうございます。それから、ビビにこちらのドレスをくださったと伺いました。高価なものをありがとうございます」
「いいのよ、湖に引きずり込んでびしょ濡れにしてしまったのですもの。可哀想なことをしてしまったわ。そのドレス、よく似合っているわよ」
王妃様にも似合っていると褒められて、ビビはもじもじと恥ずかしそうにしながらも嬉しそうだ。
「そういえば、クラリッサ姫はどちらに?」
「あら、どこかしら?」
「クラリッサ姫でしたら、あちらにいらっしゃいます」
あちらってどちら?
侍女の指し示した方向を見ると……、え、キッチン?
首を傾げながらキッチンへ向かうと、バコッバコッという音が聞こえてきた。
この音は、もしや……。
「クラリッサ姫、何をしていらっしゃるんですか?」
うん、案の定冷蔵庫を開閉する音だったよ。
またもや危険な代物に食いついてくれちゃってまあ……。
「ここー! ちゅめたいー! たのちー!」
傍らでは、料理人が困り顔でクラリッサ姫の行動を見守っている。
朝食は済んでいるとはいえ、冷蔵庫の前を陣取られたら邪魔で仕方がないだろう。
おままごととか、もっと命の危険がない遊びをしてくれないかな……?
冷蔵庫に閉じ込められたら死んじゃうんだからね?
「クラリッサ姫、今日はみんなでお花を見に行きますよ。さあ、私と手を繋いでお外へ行きましょう」
「いいよ! ーーあっ!」
クラリッサ姫は私の手を取りかけて、私の後ろに付いて来ていたビビを見つけた。
「あーーーーっ!」
クラリッサ姫は、なぜか大声をあげてビビをじーっと見つめる。
え、なに……?
もしかして、「そのドレスは私のものよ! さっさと脱ぎなさい!」的な寸劇が始まるんじゃないだろうね?
ゴクリ……。
「あああーーー! クララとおんなじだー!」
クラリッサ姫はタタタと私の後ろに回り込むと、ビビのスカートの裾をつかんでバッと広げた。
どうやら自分のドレスだということには気が付かず、同じようなピンク色のドレスを着ていることに注目しているらしい。
「あら、本当ですね。双子みたいで可愛いですよ」
多少の色味の違いはあるけど、デザイナーが同じなのか、どことなく似た雰囲気のドレスだ。
「ふたごってなにー?」
「ええと、例えば、アントニーノ王子とアルバーノ王子はご兄弟ですよね? もしもお二人が同じ日に生まれていたら、それは双子だということになるんですよ」
クラリッサ姫はポカンと口を開けて首を傾げている。
ちょっと難しかったかな?
「クララとビビはふたごなのー?」
うん、全然違うよ?
「クラリッサ姫とビビは双子ではありませんよ。お父様とお母様が違いますから」
「ふうん? ビビのおとーちゃまとおかーちゃまはだれー?」
え……、クラリッサ姫、その話題はちょっと避けてほしいな……。
だけど、この年じゃまだ空気なんて読めっこない。
「クラリッサ姫、さあっ、お外へ行きますよー! 一番早い子には、何か美味しいものをあげようかなー?」
こうなったら食べ物で釣るしかない!
子どもにはこれが一番手っ取り早いんだから!
「わあーーーー! クララがいちばーん!」
「あっ、まってえー」
すっ飛んでいったクラリッサ姫とは対照的に、ビビはもたもたとクラリッサ姫の後を追っていく。
ビビには不利な勝負だったね、ごめんよ……。
「マルチェリーナが子守りをしてくれると、クララもよく言うことを聞くわね」
「ええ、本当に。とても助かりますわ」
気が付くと、王妃様と侍女たちが微笑まし気に私たちを見ていた。
え、これで言うこと聞いてる方だったの!?
普段はどんな惨劇が繰り広げられているんだろうか。
クラリッサ姫、おそるべし……。
そして、王妃様とクラリッサ姫、私とビビ、それにお供の侍女が二人と騎士が二人というメンバーでバルーンに乗り、私たちはプリマヴェーラ辺境伯家へとやってきた。
こちらにロマーノともう一人名前を知らない騎士が同行しているということは、ジョルジオはクリス様達と一緒に魔の森へ出かけたようだ。
「お母様! カレン! 今日はよろしくお願いします!」
予め通信機で到着予定時間を知らせていたので、二人は私たちが着く頃を見計らって玄関前で待っていてくれた。
「王妃様、クラリッサ姫、ようこそおいでくださいました」
挨拶をするお母様に合わせて、カレンデュラや使用人たちも一斉に頭を下げる。
「お久しぶりね。今日はお忍びだから、名前で呼んでくれると嬉しいわ」
王妃様がお母様に向かってほほ笑みながら言った。
「かしこまりました、クラウディア様」
「あなたを見ると、学生の頃を思い出して気分が若返るわ」
何年前かな?
聞いたら怒られそうだから聞かないけど。
「私も同じ思いですわ」
「あなたは当時から女子生徒の憧れの的だったけれど、あの時はまさか英雄の妻にまでなるとは思わなかったわ。プリマヴェーラ辺境伯の物語、楽しく読ませていただいているわよ」
お母様が憧れの的!?
なにそれ、その話詳しく聞きたい!
「まあ、チェリーナったらクラウディア様にまであの本を? お恥ずかしいですわ」
「陛下もお読みになっているわ。とても面白いから、ガルコス公爵へのお土産にするとおっしゃっていたわよ」
ええ……、ガルコス公爵のお土産にするの?
あの人、こんなみすぼらしい本など読めるかみたいなことを平気でいいそうだし、ダメ出しが凄そうなんだけど……。
「ちゅまんないーーー! はやくー!」
突然金切り声をあげたのは、安定のクラリッサ姫だ。
いったん籠から降りたものの、自分の頭の上で大人たちの会話が始まったことに飽きてしまったらしく、いつの間にかクラリッサ姫は1人でバルーンに乗り込んでいる。
ほんとに、一瞬でも目を離すと消えるね……。
将来はくのいちにでもなったらいいんじゃないかな。
天職だよ、きっと……。
「フィオーレ伯爵領はここからすぐですので、このまま向かいましょうか?」
クラリッサ姫のご機嫌が損なわれないうちに着かないと……。
「そうね。お願いするわ」
そして私たちはバルーンへ乗り込み、お母様とカレンデュラもそれに続いた。
これでバルーンには大人8人、子ども2人が乗っていることになる。
まだ余裕があるし、この分なら大人10人でもいけそうだな。
「チェリーナ、まずは百花の丘へ行ってくれる?」
カレンデュラが操縦を担当している私の隣に来て目的地を告げた。
百花の丘は、フィオーレ伯爵領の中でもとりわけ美しいことで定評がある。
文字通り、百種類はあろうかという色とりどりの花々を一望できるフォトジェニックな場所なのだ。
「わかったわ! 私も久しぶりだから楽しみだわ」
「私もよ。王都にいたら見られないものね」
記念撮影するにももってこいだよ!
メンバーからして、今日のカメラマン役は私になる筈だ。
カメラマンとしての才能が如何なく発揮されて、有名になっちゃったらどうしようかなー!
ほどなくフィオーレ伯爵領へ入り、あちこちに色とりどりの花々が見えるようになってきた。
「あらっ?」
目当ての百花の丘にバルーンを着地させた後、私はすぐ傍の木立のあたりに豪華な馬車が2台止まっていることに気が付いた。
「よかった、ちょうどよく会えたわ」
カレンデュラは馬車が来ることを知っていたらしく、行き違いにならずに済んでホッとしている。
よく考えたら、街中をバルーンで観光するのは無理があったな……。
大きすぎて気軽にその辺に降りられないもんね。
いやあ、カレンデュラは気が利くな!
私がカレンデュラの采配に感心していると、馬車の扉がガチャリと開いた。
木陰になっているため降りてきた人物がよく見えないものの、馬車の天井よりもはるかに大きいという事だけはわかる。
「お待ちしておりました、王妃様」
んっ!?
あのシルエット、見覚えがあるぞ!?




