第47話 子ども達の見たいもの
すっかりドレスの話になってしまった私たちのところへ、アントニーノ王子がトコトコと近づいて来た。
「おじいさま、まのもりにつれて行ってくれるのはいつですか?」
どうやら自分の観光したい場所を伝えに来たようだ。
こっちの話を聞いているとは思わなかったけど、子どもって聞いてないようで結構聞いてるものなんだね。
「おお、そうだったな。トニーは魔の森を楽しみにしているのだ。クリスティアーノ、明日の予定はまだ決まっていないな? 明日は行けるか?」
「ええ、明日でも構いませんが……。しかし、トニーはまだ6歳でしょう? 怖がりませんか?」
それもそうだな。
たとえ魔の森とはいえバルーンに乗っている限りは安全だと思うけど、まだ6歳だと、あの恐ろし気な雰囲気にあてられて怯えるかもしれない。
魔の森観光は10歳以上とか、年齢制限した方がいいかな?
……自分は8歳の時に魔の森に入ったのに、10歳以上に制限するのは少しばかり心苦しいけど。
「クリスおじさま、ぼく、こわくありません!」
ぷぷ、クリスおじさま!
クリス様がおじさん呼ばわりされてるのって何回聞いても笑えるよね。
美人なお顔とおじさん扱いがミスマッチ過ぎて……!
「本人がこう言っているのだし、せっかく遠くからやってきたのだ。そう何度も訪ねて来られるような場所でもないし、この機会にトニーにも見せてやりたい」
「しかし……、私もこの間魔の森で初めて魔物を目にしたのですが、遠く離れたところからでも身の毛がよだつほどの恐ろしさでした。子どもにはとても耐えられないのではないかと……」
「わああー! クリスおじさま、まものを見たんですか?」
魔物と聞いたアントニーノ王子が、キラキラと目を輝かせている。
クリス様……、怖気づかせようと思ったみたいですけど、逆効果になりました。
「ああ、まあ……」
「どんなまものでしたかっ?」
興味深々だね……、こりゃ諦めてくれそうもないな。
「恐ろしい大猿の魔物だったぞ。冒険者が3人がかりで戦っていて、今にも殺されそうだという時にすんでのところで助けたんだ。……プリマヴェーラ辺境伯がな」
「ええーーーっ、ぼくもたたかいを見たい!」
クリス様……、またもや余計興味を引く結果になっています。
「クリスおじさま、ぼくもみたい!」
「クララもーーー!」
「みたいー……? なにを?」
アルバーノ王子、クラリッサ姫も参戦してきましたよ。
ビビはつられてやって来ただけみたいだけど。
「ちょっ……! ちょっと待て! みんな、そんなに引っ張るなよ。うわっ、クララは手も顔も生クリームだらけだな!」
椅子に座ったまま両腕を引っ張られたクリス様が、左右にぐらんぐらん揺れている。
うわあ、ほんとにクラリッサ姫の顔が生クリームまみれになってるな。
さては手づかみでいちごのロールケーキにかぶりつきましたね?
「クリス様、連れて行ってあげましょう? 上から見るだけなら大丈夫ですよ。怖がったらすぐにエスタンゴロ砦へ戻ればいいんですから」
「でもなあ……、万が一魔物を目にすることになったら。あれは子どもには恐ろしすぎるだろ」
うーん……、トラウマになるのは可哀想だな。
「まもの見たいー!」
「みたいみたい!」
「クララもみたいー! まのも、ってなにー?」
ついに、見たい見たいの大合唱が始まってしまった。
「クリスティアーノ、そんなに心配するな。チェーザレがいれば魔物の方から逃げて行くだろう」
えっと、国王陛下?
私のお父様も普通の人間なんですから、さすがに魔物の方からは逃げませんよ?
「まあ、それはそうですが」
クリス様まで同意しないでほしいな。
「ぼく知ってる! ぷりまべーらへんきょうはくは、えいゆう! えいゆうはつよいんだよ!」
アントニーノ王子、大正解ですよ!
私のお父様は英雄ですごく強いんだから!
「アントニーノ王子、字の勉強はもう始めていらっしゃいますか? 実は、私のポケットの中にこんなものが」
私はポケットに仕舞っていたアイテム袋から、キキエーラが書いたお父様の本を取り出した。
「えっ、こんなにおおきいものがポケットに入っていたの? これは、ほん? なんだか、かわってる……」
アントニーノ王子が普段目にする本は、一冊おいくら万円するのか想像もつかないほど高価なものだもんね。
なんせ王宮にある本だもの……。
それと比べたら、修学旅行のしおりのような本ではちょっと見劣りするのは仕方がない。
でもね、大事なのは中身だから!
「これは、私の友人が私の父、プリマヴェーラ辺境伯を題材にして書いた物語なんですよ。フォルトゥーナ王国最果ての地に生まれた少年が、のちに妻となる女性と出会い、英雄となるまでの軌跡が生き生きと描かれています。もしよかったら、アントニーノ王子も読んでみませんか?」
「わあっ、ぼくよみたい! チェリーナおねえさま、ありがとうございます!」
アントニーノ王子は本を受け取り、大事そうに胸に抱えた。
うんうん、喜んでもらえて嬉しいよ!
「……なんで俺がおじさまでチェリーナはお姉さまなんだよ」
クリス様、何をブツブツ言っているんですか?
「マルチェリーナ、その本はたくさんあるのかしら? わたくしもぜひ読んでみたいわ」
「うむ、興味深いな」
なんと、王妃様と国王陛下にも興味を持っていただけたようです!
それに、口には出していないけど、同行してきた騎士や侍女たちからの熱い視線も突き刺さってくる。
「毎日たくさん作っていますので、みなさまに1冊ずつお贈りいたします。読んでくれる人がたくさんいれば、孤児院の子どもたちの収入にもなりますから」
「孤児院の子どもたちの?」
そうなんです。
寄付金とは別に、労働に対するお給料も払ってるからね!
そしてそのお金は、子どもたち個人のお金ということにしている。
いつか孤児院を巣立つ日が来た時に、支度金として役立ててもらうためだ。
「はい。実はこの本は、孤児院の子どもたちが製本したものなのです」
「まあっ、子どもが本を?」
「はい。製本するための道具は私の魔法で出しましたが、紙を折ったり束にして1冊に纏めるという作業は子どもたちが行っているのです。そして私たちは、その労働に対してお給料を支払っています」
ほう、という感心した声があちこちからあがる。
いいでしょう?
自分でもいい考えだと思ってたんだよね!
「ふむ。孤児院にまで気を配る余裕があるとは、領地経営の方は中々順調なようだな、クリスティアーノ?」
「はい。順調な滑り出しだと自負しております」
「そうか。それはよかった」
国王陛下は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
いくら本人の希望とはいえ、貧しい旧男爵領で苦労してはいないかと父親として心配していたのだろう。
国王陛下と王妃様を安心させてあげられただけでも、今回の旅に招待した甲斐があったな……。
結局、子どもたちに押し切られる形で、明日は魔の森へ観光に行くことに決まった。
あまり奥の方まで行かずに、エスタンゴロ砦の近くを遊覧するということで妥協したのだ。
砦付近なら、魔物が現れることはそうそうないからね。
「奥様……、奥様……」
ん?
和気あいあいとおしゃべりを楽しむ声に交じって、どこかで奥様を呼ぶ声が?
「奥様……!」
「はッ!」
奥様って私か!
カーラ、なんでそんなに小声なの?
王族御一行様の前で緊張してるのかな。
「書斎へいらしていただけないでしょうか」
「えっ、ああ! いいわよ!」
「お静かにお願いします……」
えー、なんで?
よくわからないながらも、そっと席を立ってみる。
……みんな私に大注目して、おしゃべりも止んでしまったけど。
静かにした意味はあったのかな?




