第45話 思いがけない手掛かり
「こんなに早く泣き止むなんて、マルチェリーナは子守りの才能があるのね」
優雅にソファへ腰かけ、のんきそうに感想を述べているのは王妃様だ。
王妃様……、我が子がギャン泣きしていてもまるで他人事なのは、ある意味すごいです。
「うむ、あの様子ではしばらく泣き止まないだろうと思ったがな」
国王陛下もただの傍観者なんですか!?
まったく……。
口に出しては言えないけどさ、仮にも実の親なのに、叱ったり慰めたりしないの?
このままクラリッサ姫を野放しにしていたら、とんでもなく我がままになりそうで心配なんですけど!
「お褒めにあずかり光栄です……」
くうー、言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、ストレスたまるよー!
「クララは、マルチェリーナのように自由な子に育てたいと思っているのよ。ねえ、あなた?」
え!?
私のように育てようとした結果がコレ?
二人とも……、私のことどう思ってるんですか!?
「うむ。あまり細かいことに目くじらを立てず、本来の才能を伸ばしてやりたいと思っているのだ」
国王陛下は、窓に張り付いて外を眺めているクラリッサ姫を愛おし気に見た。
えーっ!
何の才能もなかったらどうする気なんだろう。
成長して才能も一般常識もなかったなんてことになった時に、私のせいにされても困るんですけど!
「父上、母上。チェリーナのように明るくのびのび育ってほしいという願いは分かりますが、あまりに放任すぎるのは問題です。一国の姫として、どこへ出しても恥ずかしくないよう教育しなくては、本人が将来困ることになります」
そのとおりッ!
クリス様、よく言った!
「うむ……。まあそれもそうだが……、教育は、もう少し大きくなってからでもいいだろう」
「そうよ、まだ赤ちゃんですもの」
いや?
2歳は赤ちゃんじゃないよ?
今はまだかわいいで済まされるかもしれないけど、甘やかされたわがまま姫に育ったら本人がかわいそうだ。
第一、友達が出来ないよ!
「チェリーナだって野放しにされていた訳ではありません。プリマヴェーラ辺境伯は確かに娘に甘いところもありましたが、その分辺境伯夫人がしっかりと教育していました。父親も母親も甘い顔では本人のためになりません」
そうですよ、私は貴族の娘として恥ずかしくないようちゃんと教育されてますんで!
そこんとこよろしくお願いしますよ!
「うむ……」
「あら……。では、厳しくするのは陛下にお願いいたしますわ」
王妃様……、ホホホと笑いながらちゃっかり国王陛下に嫌われ役を押し付けましたね。
「え」
「お願いいたしますわ」
有無を言わせません!
「そうだな……。では、優秀な家庭教師を付けることにしよう」
あーっ、自分もクラリッサ姫に嫌われたくないからって家庭教師に丸投げしようとしてる!
「それがいいですわ」
そして王妃様もその案に賛成ですか……。
でもまあ、1人でも厳しく教育してくれる人が出来れば、現状よりはよくなるかもしれない。
「あー、名前はビビと言ったか? こちらへおいで」
国王陛下が、唐突にビビを呼んだ。
これ以上クリス様にガミガミ言われる前に、無理やり話題を逸らす作戦ですね……。
「ふ……、ふえっ」
両手を二人の王子に繋がれたままのビビは、国王陛下に声をかけられてビクッと肩を揺らし、泣きべそをかき始めた。
「国王陛下、申し訳ありません。ビビは大人の男性が恐ろしいようで……。主にマルティーノおじさまのせいなのですが」
「マルティーノ? たしかチェーザレの弟だったな? ジョアン侯爵家の娘と結婚して、4人だか5人の男の子が出来たと聞いている」
そう、まさしくその人です。
「男の子は6人になりました。数週間前にまた1人増えましたので」
「なんと! 母体は大丈夫なのか」
誰もがそう思いますよね!
「一時は命が危なかったのですが、私の魔法で一命をとりとめました。そうだ、お帰りになる際に、お土産にお一ついかがですか? どんな病気も怪我もたちどころに治す魔法具なのです」
「そんなものがこの世にあるのか……? いやはや、マルチェリーナの魔法には度肝を抜かれるな」
病気も怪我も治ると聞いた王妃様は、嬉しそうに顔を輝かせる。
「そのような魔法具があるなら、クララの怪我を心配する必要もなくなるわ。ありがとう、マルチェリーナ。とても嬉しいわ」
「そうだな、可愛いクララが痛い思いをしなくて済む」
いえ……、怪我を治せるとは言ったけど、痛い思いをしなくて済むとは言ってないです。
「それで、なぜビビは男性が怖いのかしら?」
あ、そうそう!
その話をしてたんだった。
「はい。実は、ビビはジョアン侯爵領で馬車の事故に遭ってしまったのですが、その時に潰れた馬車の中から助け出したのがマルティーノおじさまだったのです」
「まあっ! そんな恐ろしいことが? でも、助けてくれた人をなぜ怖がるのかしら」
あれ……、そういえば、誰もビビに助けてくれたのはマルティーノおじさまだって説明してなかったかも。
ジョアン侯爵領の医者たちの不祥事については、さすがに国王陛下にチクるわけにはいかないから、それは黙っておいた方がいいよね。
すでに解決したことだし、ジョアン侯爵家の監督者責任を問われたら厄介だ。
「その時ビビは酷い怪我を負っていて、誰が助けてくれたのかも分からない状態だったのです。私もうっかりしていて、ビビに説明していませんでした。ーービビ、ビビを助けてくれたのは、あの赤い髪の大きなおじさんなのよ。体は大きいけど、とても優しい人なの。今もビビのお父さんを探してくれているのよ。今度会ったら、ありがとうってお礼を言いましょうね?」
ビビは、私の話を理解出来たかな?
キョトンとしてるね……。
ちょっと難しかったかもしれないけど、マルティーノおじさまが優しい人だということだけは伝わってほしいな。
「お父さんを探しているってどういうことなのかしら?」
「はい。ビビは母親と一緒に、王都にいる筈の父親を探しに行くところだったようなのです。ですが、父親に関する手掛かりがとても少なくて……」
「まあ……。母親は……?」
私がそっと首を振ると、王妃様はビビの母親の死を察して表情を曇らせた。
「そうだったの……。他に何か分かっていることはないの? 父親が王都にいるのなら、私たちが力になれるかもしれないわ。そうですわね、陛下?」
「うむ。王都のことなら力になれるだろう」
国王陛下もビビを痛ましそうに見ている。
「ありがとうございます。いま分かっていることは、ビビの父親が怪我の治療のために王都へ行ったということと、元々は旧デゼルト子爵領に住んでいたらしいということくらいです」
手掛かり少なすぎだよね……。
こんな情報量でどうやって探せばいいのか分からないよ。
「髪や目の色は? 背は高いのか低いのか?」
なるほど!
外見的な特徴も手掛かりになるじゃないの!
「ビビ、お父さんはどんな人なの? 髪や目の色はわかる?」
「うーん……? わかんない」
ビビはこてんと首を傾げた。
「えっ、お父さんの髪の色よ? ビビと同じ金色だった?」
「しなない……」
死なない!?
知らないって言いたいの?
「物心つく前に父親と離れ離れになってしまったのかもしれないわね」
そうか、その可能性もあるな……。
「ううむ、父親の名前は分からないのか?」
「それがーー」
「とーしゃのおにゃまえはびゅーでぃーお! おちごとはきち!」
うん……。
ビビ、ありがとね。
全然分からないよ……。
「何と言っているのだ?」
「何と言っているのでしょうね……。それが分かれば探しようもあるのですが……」
返す返すも残念ですよ……。
本当に、名前さえ分かればすぐに解決できるのに。
「”お父さんのお名前は……、ヴィルジリオ……。お仕事は……、騎士”」
「えっ?」
思わず聞き逃してしまいそうなほど小さな声で呟いたのはロマーノだった。
なぜか蒼白な顔をしている。
え、どうしたの?
ロマーノってそんなキャラだったっけ?
なな、なんと、「辺境伯令嬢はペンタブの魔法使い」にレビューを書いていただけました!
嬉しいなー、びっくりしたなー。
初レビューに浮かれてます!