四
妙な二人連れが、石堂家を訪ねて来たのは冬とはいえ日差しが暖かい正午のことである。
年相応に頭に淋しさを感じる五十位の無愛想な男と、線の細いにこやかに微笑する少年。
良く見れば、少し鋭さがある目端の特徴が似ている。親戚なのかもしれない。
しかし、彼らが総一を訪ねてくる理由がさっぱり思い浮かばなかった。
というのも、彼等に全く見覚えがなかったからだ。
「あの何か」
自分の四十年史を振り返りつつ、不審げに問いかける。
男の方が口を開きかけた時、
「ああ、父さん僕の客ですよ」
と声がかかった。
ぎくり、と振り向く。引きこもりに不健康な荒れた肌。慢性的な隈に彩られたしょぼつく目。
その顔は、四十を過ぎた自分よりももしかしたら、年寄りに見えるかもしれなかった。
しかし、それは間違い無く二十年前に授かった長男だった。
一瞬、明るい中に出て来て倒れやしないかと見当違いなことを考える。その位、総一は明るい日の下で彼の顔を見るのは久し振りだった。
「父さん、上げて良い?」
「え、ああ。」
また振り返り、思わず今度は足元から頭まで二人の珍客を眺めた。不機嫌に見えた男は、既に余所行きの顔でにこやかな、少年に似た笑みを浮かべていた。
「いきなりすみません。私、富真と申します。実は先日、孫が車に轢かれそうになった所を助けていただきまして。後日お礼にと無理やりご住所を伺いこうして参った次第で」
「恭介がですか!?」
声を裏返して、再び息子に目をやればいつもの鉄仮面が妙に照れくさそうな顔をしている、気がした。
「わざわざすみません」
恭介の発したまともな挨拶に、総一は更に仰天し、母ちゃん!と慌てて竹箒を放り出し叫んだ。
「客だ!茶を…いやいやすみません!どうぞ、お上がり下さい!!」
「え、はい」
気合いの入りまくった総一に、男の口元が引きつるが、総一は気付かずに慌てて半分開いた玄関の戸を全開に開いた。
妙なことになった。
藍太は困惑する婦人が差し出す湯のみに礼を言いながら、さり気なく辺りの気配をチェックする。
ごく普通の一軒家だ。
上がり込む時に見えた部屋の畳は程よくくすんで、気にならない程度の乱雑さがある。
通してもらったリビングはフローリングで、机は子供がいる家に良くあるようにキャラクターシールが半分剥がされて残っていた。
向かい合うソファーは、4人がけで婦人は夫の横に覚束ない様子で佇む。
沈黙が降りた。
見計らってつまらないものですが、と偶然土産屋で買っていた飛騨の漬け物を差し出す。礼の品としては、少し不自然だが仕方ない。夕飯のおかずに登る予定だったのだ。
本当は様子見がてら、襲撃者を探ろうと声をかけたのだが事態は思わぬ方向に転がった。
「無事で良かったね」
さらりと声をかけられ、隣で瑠輝が強張るのを感じた。
「全くですよ」
笑顔で藍太は孫の背を叩く。大丈夫、相手にまだ害意は無い。
「いや、あの時は本当に助かりました」
はあ、と曖昧に頷き石堂は息子と思われる男に視線をやった。
「わたくしたちとしては、寝耳に水でして。おい、詳しく説明しないか恭介」
恭介、と呼ばれた如何にも引きこもりの典型的な男は堂々言った。
「僕、この間コンビニに行くのに、夜中外出したんだよ」
婦人が気付かなかったとばかりに驚きの表情をするのに、夫は大きな溜め息を付いた。
「お前は、全く」
この二、三のやり取りでこの家族の関係が見えて来そうだった。
意外にも、気まずい雰囲気は長く続かなかった。それは、もともと話好きな瑠輝が子供の無遠慮さと明るさで夫婦の心を巧みに掴んだ結果であった。
驚いたことに、石堂夫婦はまごうこと無き善良な一般市民である。犯人と疑い無い、石堂恭介はその身に呪返しの跡を匂わしながらも害意の欠片もない。
仕事を聞かれたので、自営業をと誤魔化し答えたときだ。
「父さん、実は富真さんの所で仕事手伝わせて貰うことになったんだ」
ソファーからフローリングに身体が滑り出しそうになるのを、なんとか藍太はこらえる。
何を言い出すのかと、立ち上がりたくなるがそれより先に婦人が泣いてしまった。
「ほ、ほ、本当に雇って頂けますの!?」
まだ、職種さえはっきりしないのにこれである。
(相当厄介な息子であったらしい)
婦人は、感激に嗚咽さえ零す。しかし総一は難しげに眉根を寄せている。
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