表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空の海辺に  作者: あおい
04
9/23

04-1

■04■


 草の匂い、土の匂い、風の温度――に導かれ、陽成は目を開けた。


 目の前に草原が広がる。

 緩やかな丘が幾つか重なり、その奥に森が見える。

 空は灰色に曇っていて、風は結構冷たかった。


 そこは絵本の中でリスがウロチョロしていた原っぱだった。

 だが、絵本で見た時よりも随分、天気が悪くて色彩が落ちて見える。

 暗くて、今にも雨が降り出しそうだ。


 足下の草は、黄緑と黄色が混ざったような、枯れかけた色をしている。

 これから冬に向かうのかな。日本で言えば初冬くらいだろうか、と陽成は思った。


 本で見た動物達が……今は見えない。突然現れた人間に驚いて隠れちゃったかも。


 ――リス、見たいのにな。噂のクソうさぎってのは? 他の動物でもいいんだけどな、キツネとかさ。クマはカンベンして。怖いのはイヤだ。


 どこかに動物が居ないか、と陽成はキョロキョロする。

 その隣で小坂が不満そうな声を出した。


「あぁあ……もっと小春日和で可愛らしい場所かと思ってたのになぁ。ガッカリ」


「仕方ないよ、天気悪いんだし。雨降りそうだよ」


「そうねぇ。風も冷たいしねぇ」


 小坂の髪もスカートも、風に煽られてバサバサしている。裾を押さえたりして、少し大変そうだ。


「小坂さん、寒くない?」


 ――寒いなら、ジャケットを貸してあげてもいいんだけど。


「うん、平気。ありがと」と笑って小坂はこっちを見た。

 そして目を見開き、驚いた表情を見せる。


「えっ! 湯山くんっ」


「は、はいっ?」


「マスクは? 痣は? 腫れはっっっ?」


 小坂の両手に顔を持たれ、ガクンガクンと前後に揺すられる。


「なっ何言って……あれっ?」


 さっきまであんなに疼いていた顔が、痛く無い。


「痛くないっ!」


「だよね、だよねっ? 綺麗だもんっ」


「巳央っ?」


「あー、はしゃぐなはしゃぐな。今はアストラル体だから」


 巳央はこちらに興味が無さそうに、地面を見ながらキョロキョロしている。

 何か落とし物でもしたのだろうか。来たばかりなのに。


「ね、アストラル体って何?」


 小坂に顔を持たれたまま。真正面から質問を突き付けられる。


「僕も詳しくは……」


 答えなど、陽成は知らない。


「マインド、みたいなモンだ」と巳央。


「マインド、って何よ」


 やはり質問は陽成に突き付けられた。


「心、みたいなものかな……気持ち、とか?」


「それくらいなら私にだって分かるわ。単語の意味じゃないの、あの人の言ってる事が分からないの、湯山くんのケガが完治している事もねっ」


「お前、そんな単語が出て来る本なんか読んだ事無いんだろ? なら予備知識が無いって事だ、諦めろ。一言二言で説明出来るような事じゃない」


 目の前にある小坂の顔が、悔しそうに歪んでゆく。


「あっあのね、えっと。人の心は肉体を離れて星の世界も旅するんだよ。その時の状態がアストラル体って聞いたような、記憶違いのような……ねぇ? 巳央っ」


「星の世界ィ~?」


 小坂の声が低くなる。


 ――うわぁ、怒らせたかもっ。子供騙ししてるって思われたかもっ。


「何よそれ、ロマンティックじゃない。どこの神話の話?」


「……へっ?」


「星座の世界を旅するの?」


「いや、僕は本当に詳しくは知らないから」


「なんだ。読んだ事無いのね?」


「う、うん……」


 そう言う事にしておこう。


 こちらの口論を無視して、巳央はスッとしゃがみ込む。

 その右手を伸ばして、地面に触れた。


「何してんの」


「挨拶しておこうと思って。礼儀だ」


 巳央は目を閉じて数秒、小さな声で何か呟いた。


 すると少し遠くの方に、ゆらりと人影が姿を現した。

 三メートルほど先、だろうか。


 黒い開襟シャツを着た黒髪の男だ。

 シルエットは、巳央に劣らずスラリとしている。

 切れ長の黒い瞳に、微笑みを浮かべた口元。

 顔色は、青白かった。少し不健康そうにも思える。陽射しのせい、だろうか。


「ようこそ、チャットウィンフィールドへ」


 男の低音ボイスが聞こえる。素敵な声だ。舞台俳優みたいだ。

 その人が歩いてこちらへと来る。足が長くて一歩一歩が広い。


 巳央も彼に向かって歩き出した。

 陽成も慌てて巳央の後を追う。小坂も付いて来る。


「日本、と言う国から来ました。三名です。陽成、小坂、そして私が巳央」


「私はデズモンド。遠い国からようこそ。歓迎します」


 歓迎します――とは、本当だろうか。

 うさぎはこの、絵本の国から来たはずだ。

 この人は、敵対的だったあのうさぎのバックなのだろう? 本当に歓迎してくれているのか?


 いや、挨拶だと巳央も言ったし。

 これは多分本当に、単なる挨拶なのだろう。


「うさぎから報告は届いてますよ。そちらのお嬢さんの事ですがね」


 小坂が「うっ」と小さな声を漏らす。


「彼女を必要とする理由を、教えてください」


「それは――」と、デズモンドは苦笑いを浮かべた。


「〈ここ〉を、ある事から解放させるため」


「侵略でもされているのか」


「似たようなものです。その元凶と真反対の〈波動〉を見つけた、それをぶつけてみよう――と言うのがうさぎの主張です」


「ぶ……ぶつけ……?」


 小坂の顔が引きつっている。


「この土地に彼女を〈貰えばいい〉と言う事ですよ、乱暴に説明するならね」


「へぇ? 生贄にでもするってわけか」


「さ、それは。その時になってみないと分かりませんが。それよりもせっかく遥々来ていただいたんです。よかったらこの国を見聞されませんか」


 ――油断させてパクリ、とか?


 袖が強く引っ張られ「ちょっと」と小坂が小声で耳打ちして来た。身体が引き寄せられる。


「な、なに」


「私を生贄にしようって国に、長居したくないよっ。断ってくれるよね、あの人っ」


「おい、聞こえてるぞ小坂……だが却下だ。お前、このまま原因を始末しなくていいのか? あのクソうさぎ、簡単には離れんと思うぞ。そのたびに同じ事の繰り返しだ。お前の家庭は壊れて、ウロチョロしてる陽成がまた通りすがりの奴らにボコられんだ。いつかは生命いのちを落とすかもな。てか、きっと巻き添えを食らうのは陽成だけじゃ済まないぞ。それが日常になってもいいのか、お前」


「いいわけないじゃん!」と小坂は叫んだ。


「私もあいつは、あなたに執着すると思いますよ。何年も探し歩いて、やっと見つけたのだと言ってましたから」


 小坂の頬がピクピクとしている。


「ヨーロッパからユーラシア大陸を東に、本を利用して出現出来る場所をしらみつぶしに探して、探して……何年も、何十年も、あいつは解決策を探して。日本にたどり着いたのも数年前です。『あの国にはどんだけ本屋があるんだ!』とキレてましたけどね」


 デズモンドは嬉しそうに微笑んだ。それを受け、小坂の表情が更に複雑そうになってゆく。


「バカなうさぎですけど、一生懸命なうさぎなんですよ。でも、大変ご迷惑をおかけしたみたいですね。私から謝ります」


 謝罪を受け、小坂は黙り込んでしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ