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あなたは神を信じますか?

 礼拝堂内には人っ子一人いない。

 午後十一時を回っているからか、繁華街から一本裏路地に入っただけの立地であるにも関わらず、ここだけはこの前と同じで水を打ったように静まり返っている。乳香の独特の香りが微かに漂う。

「それで今日はどうしました? こんな遅くに」

「どうもこうも、どういうことなんですか?」

 結木は小首を傾げて聞き返す。

「どういうこと、とは?」

「だーかーらー、マジェッツさんです! 俺に償うまでは俺から離れないって……」

 そこまでは言ってなかったかと思い直すが、言ってしまったものは仕方がない。今更撤回しないでおく。

「とにかく、本当に困るんです。聖女様が俺の周りにいるなんて。そうじゃなくても俺は自分の事でいっぱいイッパイなんですよ。新しいバイトだって、探さなきゃいけないし……」

 自分で言っていて憂鬱になってきた。鉄は軽く頭を振る。

「結木さんからも止めるように言ってください。俺じゃ駄目みたいなんで。お願いします」

 そう投げやりに言って頭を下げた鉄を結木はじっと観察する。そしてややあってから口を開いた。

「江川君は、神を信じますか?」

「は?」

 鉄は顔を上げて訝しがる。結木の表情は先ほどと変わらず優しい。

「神様です。和洋折衷の江川君でも神を信じますか?」

「神様……まぁ、信じてる、かな」

 だが鉄の「信じる」はあくまで存在しているかどうか、と聞かれればその存在は信じる、と言うことである。心霊写真に写る幽霊がいるんだったら、神様ってやつもどこかしらにいるんではないか、そんなレベルだ。

「そうですか。信じていますか」

 鉄の答えを聞いて結木は満足そうに微笑んだ。

「江川君。今この地球上には二人の聖女と一人の聖人、計三人の聖者がいます。一人は君も知っての通りカナン。彼女がそうです。ではなぜこの世に聖者がいるか、その理由はご存知ですか?」

「いえ、知らないです……」

 なぜそんなことを自分に聞くのだろうか。戸惑う鉄。

 結木は祭壇の中央にそびえ立つ大きな十字架を見上げた。その姿は厳かにさえ見える。

「それは――この世に罪人が絶えないからです」

「罪人?」

「えぇ。そうですね、ただ単に命を取ることを罪と呼ぶのなら、この世に罪を犯していない人間など存在しません。極端な話、それでは私達は日々の糧にも困りかねませんからね。ですが私が言及している罪人とは、人々の心を惑わし堕落させ、踏みにじり、果ては殺めることも厭わない。人として、決してしてはならないことをする者たちのことです。憂うべきことですが、いつの時代にも、いつの世にも必ず存在する。それが罪人のです」

 結木はつと十字架から視線を外して正面から鉄を見据えた。

「そして聖者は彼らの対極にいる者。神に罪人を裁くことを、いいえ、復讐することを許され、そのための力を与えられた者です」

「復讐する……」


――復讐するは我にあり。


 カナンが鉄に襲いかかる直前に言い放った言葉だ。鉄は思わず喉を鳴らす。

「もちろん、法に裁かれる罪人もいます。けれど、残念なことにすべての罪人がそうとは限りません。法の隙間をかいくぐり、のうのうと飽きもせず平気な顔で罪を犯し続ける罪人たち。彼らに復讐するのが聖者――セイントの役目です。そしてそれをフォローするのがビリーバー。セイントとビリーバーによる罪人への復讐。それが聖教会の真の存在理由と言えます」

 神にセイント、そして罪人。

 聖教会はただ信じ、祈っていれば救われると言った類の宗教ではないらしい。しかし、それと自分との関わりが鉄には全く見えない。

「で、でも俺はそんな極悪非道な事なんかしたことないです。むしろいつもトバッチリを受ける側で……」

「そうですね。分かっています」

 断言されて鉄は目を見張った。全て分かっている、と言われているようだった。

「江川君が罪人でないのは、カナンの純潔の槍に切られても平気でいることから分かります。今回の事は、本当に何かしらかの手違いだったんでしょうね」

「じゃあ――」

「ですがこれも、神の思し召しではないでしょうか?」

「はい?」

 絶妙のタイミングで遮られて鉄の口からは間の抜けた声が出た。

「手違いであっても、こうして我々が出会ったのも何かの縁、神の思し召し、神の啓示なのですよ。君はそうとは思いませんか?」

「はぁ……」

 なんだかよく分からないが、諭される様に言われて鉄はただ曖昧に答えるしかない。その様子を結木は満足げに見つめた。


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