act2-5
東シナ海
航空護衛艦《かが》
September 21.2021
「ブリーフィングを始める」
空護《かが》のブリーフィングルームの檀上に立った布施が説明を開始した。
前方がスクリーンとホワイトボードの檀上になり、その前にデスク付きのパイプイスが整然と並べられた広い会議室のようなブリーフィングルームには第103飛行隊と第501飛行隊のパイロット達が集まっていてパイプイスに腰かけている。
笠原はそのパイロット達の顔を注意深く見ていた。若手の佐渡や園倉の表情は固く、不景気面だ。同期の福原が未帰艦機となっているため、それは当然に思えた。しかし経験の浅い二人も今ではこの第二五任務部隊の戦闘単位の一つだ。そしてその時の僚機であった福原を撃墜された和泉は、今は険しい表情で真剣そのものだった。自分の非を責め続け、ふさぎ込んでいた和泉は的場に何かを焚きつけられたらしい。二度とウィングマンを失うまいと決意しているのか、それとも僚機を撃墜した中国軍に対して敵愾心を漲らせているのかは分からない。
黒江はいつもと変わらない落ち着いた様子で、秋本は相変わらず艦内でもアイセフティのグラスをかけていて、平静を装っている。瀬川は部下となる佐渡の事を気にかけている様子で、藤澤は担当している訓練生である福原を失ったことに対して悄然としていて、いつもと打って変わって静かだ。
福原の使っていた部屋を片付けたのは藤澤と和泉だった。わずか段ボール三つ分の荷物をまとめ、重傷者を本土へ運ぶ輸送機に載せた二人の後ろ姿は二度と忘れない。
ブリーフィングルームの照明が落とされ、プロジェクターがスクリーンに画像を投影する。壇上に第103飛行隊長である布施が立った。
「本作戦の攻撃目標は、現在沖縄本島に接近している071型揚陸艦|《崑崙山》と《泰山》だ。これを撃沈し、さらなる沖縄への地上戦力投入を阻止する」
プロジェクターによって投影される画像には排水量一万七千トン級の大型目標の艦影があった。
「このターゲットを護衛しているのは052B型駆逐艦と054A型フリゲート艦一隻ずつのみ。052B型駆逐艦はロシア製のシュチーリ‐1艦対空ミサイル・システムを装備。SA‐N‐12グリズリー艦対空ミサイルを運用している。射程は約五十キロ。中間誘導は慣性誘導だ。054A型フリゲートもこの中国版であるHQ‐16を装備する」
この対空ミサイルは攻撃隊にとって脅威ではない。対艦ミサイルの射程は百キロを超えているからだ。
「百三十マイル離れた位置の空母|《遼寧》の艦載機が直接的な脅威となる」
現在の《遼寧》空母戦闘群の位置は正確に判明している。これを潜水艦隊も狙っているが、目下のところ、潜水艦隊の最優先目標は中国海軍の潜水艦だった。
「今次作戦は制空隊と攻撃隊の二隊に分ける。制空隊、アルファ編隊の編隊長はベア。以下、スノー、ブッカー、ゾノ及び501のリバーとメイの五機。攻撃隊、ブラヴォー編隊の編隊長はリーン。以下、スーモ、シャドウ、ファルの四機だ」
事前の説明ですでに椅子の並びはそのようになっていた。第501飛行隊のパイロット二人を笠原はそっと見た。リバーこと佐々木三佐はすでに何度か顔を見かけたことがあったが、その隣に座る佐々木の後席員を務めるメイこと折笠彩月三尉とは話したことすらなかった。
女性パイロットだという事に気付いたのは実はこのブリーフィングルームで観察してからだった。それまではスレンダーで細身の体格だったため、髪が長い美青年のようなパイロットだと思っていた。
「制空隊が《遼寧》のCAP機と那覇から来る迎撃機を撃墜し、攻撃隊の突入を支援する。攻撃隊は対艦ミサイルを持って揚陸艦を叩く。雑魚は無視だ、確実に大物狙いで行く。使用兵装は敵艦の対空防御力が低いため、ASM‐2を使う。質問は?」
手を上げる者はいない。シンプルな作戦だ。
最新型の空対艦ミサイルASM‐3は超音速巡航で飛翔し、敵の防御を潜り抜けて確実に目標を撃破するための高性能な対艦ミサイルだが、その分調達数は少ない。極力配備数の多いASM‐2を使用し、ASM‐3は敵機動部隊のために温存する必要があった。
「一撃離脱だ。タラタラ飛んで敵を艦隊に連れてくるなよ」
布施の言葉に軽く笑いが起こる。ミッション・ブリーフィングは終わり、解散となった。
「よく飛行資格取り消しにならなかったな」
資料を片づけて席を立った笠原の前に立ちふさがった藤澤があからさまな嫌味を言ってくる。
「こんな状況だ。一人でも兵隊が多い方が良いんだろ」
笠原は余裕をもってそれに返した。この程度の嫌味など今さらは気にはしなかった。
「ふん、処分保留なだけだ。調子に乗って落とされるなよ」
藤澤にしては殊勝なことを言ってきたので笠原は意外だった。
「艦の中で待機じゃ暇だろうから敵でも連れて帰ってきてやるよ」
「願い下げだ。……いいか、ウィングマンを必ず連れて帰れ」
それだけ言うと藤澤は憮然とした表情で笠原の前から立ち去った。その言葉の重みを胸に笠原は救命装具室へ向かう。
「自分も出撃したいです」
通路を歩きながら佐渡が呟いた。同期の園倉は作戦に参加するため、置いていかれるような気持ちになっているのだろう。
「馬鹿野郎、《かが》を守るのがお前の任務だ。自分の任務に集中しろ」
そんな佐渡に笠原は敢えて強い口調で言った。叱りつけられた佐渡は先ほどまでの浮かない表情から顔を引き締めていた。
「分かりました」
「ウィルコ、だ」
笠原はなおも佐渡を見下ろして言った。
「ウィルコ!」
佐渡はそう言って敬礼するとそのまま走っていった。
「アイツも単純だな」
それを見ていた秋本が呟く。
「お前の教え子だろうが。しっかりと面倒を見ろ」
「帰ってきたらな」
秋本はため息交じりの苦笑を浮かべる。
「それにしてもシャドウが対艦攻撃に回るとは。シャドウの方が空対空戦は得意だろうに」
次にぼやいたのは瀬川だ。
「こいつは低空飛行も好きだからな」
笠原の肩を勢いよく叩いて加沢が言った。加沢は三沢のF‐2部隊出身で対艦ミッションを指揮するのは適任だった。例え要員から外されても恐らく人任せには出来なかっただろう。
「復帰できてよかったな」
そんな笠原に須崎二尉が声をかけた。
「はい」
「雷撃じゃないんだ、そんなに低く飛ぶなよ。整備が大変だ」
「分かってますよ」
笠原は苦笑しながら先ほどから静かな黒江を見た。硬い表情のまま付き従って歩いている。
「どうかしたか」
「いや、何でもない」
黒江は歯切れ悪く答える。笠原はそこで以前の実爆訓練での黒江の様子を思い出した。いつもの威勢が無い。
「先に行っててください」
笠原は黒江と共に立ち止まってそう言うと黒江の顔を覗き込んだ。
「なんだ……」
「以前の低空進入でもぎこちなかったな。低空飛行に不安が?」
「得意ではないが、苦手なわけじゃない」
「待てよ。強がってる場合か。実戦だぞ。隠し事をする奴と一緒には飛べない。今なら交替も利く」
「違うんだ。頼む、私に行かせてくれ」
黒江は笠原のフライトスーツの袖を掴んだ。
「私の編隊長だった人が、NOEの訓練中、私の目の前で事故を……その時の恐怖を克服しなくては、これからの戦闘にも支障が出ると思う」
笠原は黒江の言葉に目を細めた。
一年前にK空域での第307飛行隊の訓練でF‐18が一機、墜落していた。飛行時間二千時間に間もなく達しようとするベテランのパイロットで、原因は低空飛行中のメカニックトラブルだった。低空飛行だったため、復旧する暇が無かった。低空進入では高度を極限まで下げる笠原はその事故を詳しく検証していたので内容は良く知っていた。
目の前で編隊長を失うのはトラウマにもなる。黒江が低空飛行で尻込みするのも無理はなかった。
「行けるのか」
「行ける。お前の後にしっかりついていく。だからこのまま行かせてくれ」
黒江は笠原の目を真っ直ぐ射抜くように見つめた。
「……分かった。だが無理はするなよ」
「分かってる。……普段と立場が逆転したな」
「そう言えば、いつもは俺が諫められる方だったな」
笠原は苦笑した。時には僚機を信じてやらねば。二人は仲間達の後を追って通路を急いだ。
《かが》の飛行甲板では、93式空対艦誘導弾ASM‐2二基を搭載したF‐18EJ四機と空対空兵装を搭載したF‐18EJ四機が控えていた。笠原は機体の並ぶ駐機スポットへと足を進めた。
今回の作戦目標は沖縄本島へ増援部隊を輸送する敵揚陸艦の撃沈だ。護衛しているのは防空艦のみ。敵空母の艦載機が迎撃に来る前に対艦ミサイルだけ発射してとっとと帰る。
攻撃隊、シーウルフ・ブラヴォー編隊の編隊長は加沢三佐。それを護衛する制空隊のシーウルフ・アルファ編隊の編隊長は安藤一尉だ。
加沢三佐と須崎二尉、笠原と黒江からなる攻撃隊四機を安藤と今井、秋本と園倉、そして電子戦機の佐々木三佐、折笠三尉の制空隊五機が護衛する。
艦橋の傍で的場が冷たい目でこちらを見つめていた。的場なりの見送りらしい。的場が攻撃に加わらないのは単なるローテーションなのだが、第103飛行隊のエースである的場が本番で欠けるのは違和感があった。
しかし《かが》に的場が残っていることの方が心強い。帰ってくる家が無くなることは無いだろう。
「電子戦機がいるのは心強いな」
黒江が呟いた。暗いガンシップグレイで塗られたRF‐18FJの主翼下には戦術電波妨害装置が装備されている。二人の搭乗員が素早く機体を外部点検していた。
笠原もまた自分の機体の点検を行い、機付長の差し出すログブックにサインし、機体に乗り込んだ。すべてのチェック項目を消化すると各機がエンジンを始動し始めた。まずは制空隊が発艦。続いて攻撃隊が発艦する。
発艦を終えた両編隊は攻撃目標へと針路をとった。それを艦隊防空のCAP機が見送る。第101飛行隊のF‐18FJだった。通信管制によって必要最小限の通信しか護衛艦同士でも行われていない。《きい》にいる麻井の動向は掌握していなかった。
『ホエールテールよりシーウルフ。目標の最新位置を更新する』
データリンクにより誘導が開始され、笠原は加沢三佐に合わせて機首を捻る。
『戦域に入った。シーウルフ・ブラヴォーリードより全機、マスターアーム・オン。会敵後、全機自由戦闘。全兵装使用許可』
加沢の指示を聞き、笠原はマスターアームスイッチをオンにした。
『シャドウ、二手に分かれる。お前は南、俺は北から仕掛ける。挟み撃ちと行くぞ』
「ラジャー」
笠原は応答し、目標の位置を確認した。こちらはレーダーを切ってこっそりと忍び寄っているが、敵艦の位置は早期警戒機などが捉えてデータリンクで共有している。沖縄を目指す二隻の揚陸艦には二個大隊ほどの戦力を乗せていると見積もられている。あれが沖縄に到着すれば陸自による奪回はさらに難易度を増すことになる。
『ターゲット、距離二百マイル。052B型駆逐艦及び054型フリゲートも確認した』
『敵機影を探知。数四。方位310、針路165。距離百四十マイル。高度一万二千フィート』
『こいつらの対処は任せろ』
安藤が言った。先行する制空隊が敵機の撃墜に向かった。
『こちらグロウラー01。EA攻撃を開始する』
RF‐18FJが電子戦攻撃を開始し、敵のレーダーを妨害する。
『高度五十フィートまで降下する。ナウ』
加沢が敵のレーダーを回避するため、一気に機首を下げた。それに笠原達も続く。位置エネルギーを速度エネルギーに変換し、加速する。一万フィートから一気に降下し、五十フィート、約三十メートルの高度まで一気に滑り降りる。高度計表示切替スイッチで高度表示を気圧高度表示からレーダー高度表示に切り替える。低空侵攻には必須だ。
高度五十フィートで水平飛行に戻す。白波の立つ東シナ海を這うようにして飛ぶ。
『エンゲージ』
制空隊が交戦を開始した。いきなり中距離ミサイルを発射して先手を取ったようだ。駆逐艦の対空レーダー照射を受けているが、電子戦機のEA攻撃によって敵はまだこちらを捕捉していない。
間もなく距離百二十マイル。
『ブレイク、ナウ』
加沢と須崎が翼を立てて一気に離れていく。笠原も加沢達に腹を見せる様にして翼を立てながら散開し、ポジションにつくために旋回する。
「ついてきてるな」
『当たり前だ』
「これから高度を三十まで下げる」
『……ラジャー』
堅い声で黒江は返事をする。さらに高度を三十フィートまで下げて敵艦に向かう。黒江の飛び方はぎこちないように見えるが、それでもついてきていた。




