act2-4
防衛省
中央指揮所
September 21.2021
南西方面防衛作戦司令部が設置された防衛省A棟地下に存在する中央指揮所。防衛出動に伴い出動する陸海空自衛軍の部隊すべてをここで指揮・統制する。
すべての情報が集約されており、正面の大型スクリーンには陸海空部隊の展開状況がリアルタイムで更新されている。
その中央指揮所をガラス越しに望む会議室には陸海空自衛軍の指揮官・幕僚達が集まり、作戦方針を議論していた。統合任務部隊編成に当たって航空総隊司令官を指揮官とし、陸上自衛軍陸上総隊司令及び海上自衛軍自衛艦隊司令がその補佐に当たる。
「今次作戦の必成目標は沖縄諸島及び先島諸島の奪還。望成目標は中国海軍の空母戦闘群の撃破及び台湾の支援である」
統合幕僚監部運用部長の三井邦康空将が説明を始めた。大型スクリーンにプロジェクターによって映し出されたのは沖縄の現状をまとめた情報だ。
「沖縄諸島及び先島諸島の奪還に当たって、当初の作戦目標は制空権及び制海権の回復だ。この作戦第一段階を終了した後に沖縄に上陸した中国軍部隊の排除を目的とした地上作戦を作戦第二段階、さらにその先の先島諸島の奪還を作戦第三段階とする」
スクリーンを見つめる幕僚達の表情は険しい。
「中国海軍の空母機動部隊は現在も東シナ海上に展開。これを撃破しなくては制空権及び制海権の確保は望めない。よって望成目標の機動部隊撃破はこれにある。機動部隊を完全に撃破しきれなければ、敵は再び戻ってくるだろう。また敵空母の撃沈は、敵の戦意を挫くことになる」
泉は手を挙げて口を挟んだ。
「敵空母を撃沈すれば、単純な戦力比だけでなく、共産党政府にも衝撃を与え、外交上でも日本は優位に立つことが出来るだろう。望成目標としているが、今後の戦局を左右させることだというのは各人も理解していると思う」
空母はその能力によって存在自体が脅威であり、威嚇となる。だからこそ日本も中国に対抗し、空母機能を持った航空護衛艦を配備したのだ。外交要素である空母を撃沈することは単なる戦闘単位の損害だけでなく政府にも大きな打撃を与えることになる。
東山海上幕僚長が頷いた。
「作戦第一段階達成のためには第二護衛隊群及び第五護衛隊群からなる機動部隊である第二五任務部隊による中国海軍の空母戦闘群撃破が必須です。第二護衛隊群の空護《きい》と第五護衛隊群の空護《かが》の艦上航空隊を主体とする航空攻撃をこの空母戦闘群に仕掛けます」
「作戦の障害となりうる敵の戦力ですが、まず《山東》空母戦闘群です。南部戦区海軍の空母|《山東》を中核とし、052C型駆逐艦三隻、053型フリゲート八隻、054型フリゲート四隻からなる空母機動艦隊が現在東シナ海に展開しています。また《遼寧》空母戦闘群、東部戦区海軍の《遼寧》を含む052C型駆逐艦四隻、053型フリゲート八隻の別働艦隊が沖縄方面に展開中です」
それぞれの位置は早期警戒管制機や偵察機、情報収集機、情報収集衛星、さらには潜水艦やSOSUSの水中ハイドロフォン、同盟国からの情報提供等によって特定されている。
「また那覇空港には戦闘機及び戦闘爆撃機が進出し、展開しつつあります」
衛星写真が表示される。那覇空港に旅客機以外の多数の戦闘機や輸送機が並んでいる。その輸送機からは車輛が下ろされようとしている最中だった。すでに地対空ミサイルも展開し、中国軍の基地としての機能が整備されつつある。
「これらの脅威を克服し、中国艦隊を撃破しなくてはなりません」
「難題ですな」
「だがやらねばならない。このままでは沖縄が北方領土、竹島の二の舞だ」
「沖縄の部隊は持ちこたえられるのか」
「ヘリボーンによって第13普通科連隊の約一個中隊をすでに投入しています。短時間であれば航空優勢も確保できます」
第13普通科連隊の装備について会議室の正面に設置された三面あるうちの一つのスクリーンに表示される。
最大火力が01式軽対戦車誘導弾、続いて110mm個人携帯対戦車弾、84mm無反動砲だった。軽装甲車は十一輛空輸されているが、その能力は軽火器の射撃に耐える程度しかない。
「山岳部隊……軽歩兵部隊じゃないか。相手は機甲部隊を含む機械化師団だぞ。大丈夫なのか」
「現在、この山岳中隊を持って敵の沖縄北部への進出を妨害する遊撃行動を実施しています」
「お察しの通り、この部隊に中国軍の大部隊を正面から食い止める能力はない。我の反撃のための時間の猶予を稼いでいるに過ぎない。そもそも時間がない。与那国島及び魚釣島には中国軍が軍事設備を整備している。これが機能を始めればさらに敵が優位になる。そして台湾もまた不利になるのだ」
藤枝陸幕長が補足説明する。
「沖縄に即応機動連隊等の部隊を投入するには海上優勢と制空権の確保が必須です」
「機動部隊の動きがこの作戦の成否を左右する。なんとしても敵空母部隊を撃退しなくては……」
海自において東山海上幕僚長に次ぐ海自護衛艦隊司令官の仙崎海将は集まる視線の中で別の事を考えていた。この中央作戦指揮所のスクリーンにも非表示となって明らかにされていない戦力が防衛出動に伴い、秘密裏に行動を開始していた。
海面下に潜む飢えた狼の群れ、海自が世界に誇る性能を持った潜水艦によって編成された潜水艦隊である。
太平洋
きりしお型潜水艦《きりしお》
September 21.2021
光の届かない闇に閉ざされた深海。その闇に潜むようにして音を殺して進む鋼鉄の鯨がいた。
海上自衛軍潜水艦隊第一潜水隊群に所属するきりしお型潜水艦《きりしお》は深度六百メートルの海中を無音航行していた。
「ソーナー、再探知。キャビテーションノイズ一。方位三二〇度、距離九千。深度二百」
「測的はじめ」
《きりしお》の発令所では水測長と水測員達が淡々としたやり取りを続けていた。その様子を《きりしお》の副長である阿久津進也三等海佐は静かに見守っていた。
阿久津はまだ二十代後半、艦長の唐澤二等海佐と比較すると父親と息子ほどの差があった。しかし自衛軍の大幅な増強改編のために不足した人員を補うための苦肉の策として特別に増やされた昇任枠で昇進し、副長という責任ある役職についていた。もっともそんな阿久津だが、運だけで昇進してきただけではなかった。防衛大出身で、任官してからはずっと潜水艦に携わってきたサブマリナーのプロフェッショナルでもあり、特にこの《きりしお》に関しては開発隊群において開発から関わっており、知り尽くしていた。
そうりゅう型潜水艦と比べるとこのきりしお型潜水艦はさらにステルス性能を向上させている。
日本の潜水艦にしては初のポンプジェット・プロパルサー方式と呼ばれるプロペラをシュラウドで囲んで低椎音化を図った推進器を採用。スターリングエンジンを廃止し、ディーゼル・エレクトリック方式とリチウムイオン電池、そして燃料電池を採用し、より長期間の潜水航行や高速での連続航行を可能としていた。
また全周の正確な測的が可能となった統合型水測システムとなり、側面アレイソナーには、従来の圧電素子のハイドロフォン・アレイではなく、光ファイバー・ハイドロフォン・アレイを採用している。これは音波の圧力でなく、光の干渉効果により音を感知するアレイで、より探知距離の長い高精度なソナーとなっていた。
海のニンジャの名に相応しいステルス能力と索敵能力を持った《きりしお》は数で勝る中国の潜水艦に対し、質で勝るために日本の最高の技術が使われている。
《きりしお》に与えられた任務は第二五任務部隊の露払いとして水面下の脅威である敵潜水艦を排除する潜水艦ハント。攻撃型潜水艦の真価だった。
「音紋解析。エコー11は039A型潜水艦。針路一六〇度。十二ノットで航行中」
唐澤二佐に水測長の芳川一等海尉が報告する。現在捕捉している中国海軍の039A型潜水艦は、元型潜水艦とも呼ばれる中国海軍では最新の通常動力型潜水艦だ。非大気依存推進《AIP》機関を採用し、スターリングエンジンを搭載しており、ロシアから輸入しているキロ型潜水艦の影響を受けた設計となっている。約六十名が乗り込み、水中排水量は二四〇〇トン。三〇〇〇トンの《きりしお》よりも小柄だ。
東シナ海はユーラシア大陸の大陸棚によって深度は二〇〇メートルより浅く、潜水艦が作戦行動を取るには不利な地理条件となっている。中国海軍はそのため太平洋側から回り込むようにして日本の機動部隊に忍び寄ろうとしていた。
しかしこの039A型潜水艦はまるで我が庭とばかりに我が物顔で太平洋を進んでいる。アクティブ・ソナーを使って探信音を響かせ、暗闇の中で懐中電灯を使っているように目立っていた。
《きりしお》が発見しなくても、海底に設置されている海自の水中聴音システム網に探知されるはずだ。沖縄周辺の海域には水中固定聴音装置やパッシブソナーを内蔵した海底ケーブル等からなる対潜監視網が張り巡らされている。
「他に潜水艦は?」
阿久津の懸念は039型潜水艦が囮で、もう一隻静粛性に優れた潜水艦が潜んでこちらを狙っていることだった。
「兆候はありません」
芳川の報告を聞いた唐澤は阿久津を振り返った。
「どう思う?」
「単艦だとすれば堂々とし過ぎです。僚艦がいるのではないかと思います」
阿久津の意見に唐澤は頷いた。
「そうだな……。エコー11がこのままの針路であれば本艦の左舷側を通り過ぎていくはずだ。続く艦が居ないか確認しよう」
唐澤の言葉に阿久津は頷いた。
「魚雷戦用意」唐澤が声を張る。
「魚雷戦用意」
副長である阿久津は艦長の命令を復唱して伝える。そうして今度は水雷長の細野一尉が復唱する。各部署より魚雷戦用意が整った報告が入る。
「艦長、各部準備よし」
阿久津は緊張を覚えながらも報告する。防衛大を出て主席選抜で昇任してきた阿久津には、潜水艦に精通はしているが、副長という役職においては経験が足りないことを正直感じていた。
この《きりしお》の乗員達は副長の阿久津を筆頭に皆若い。ベテランの海曹達の存在が《きりしお》を支えていた。
中国海軍の勢力の拡大によって、海上自衛軍も潜水艦の定数を十八隻体制から二十二隻体制、さらに二十四隻体制へと増強し続けて来たが、中国海軍はそれでも七十隻もの潜水艦を保有している。しかも潜水艦乗員の養成には非常に時間を要するため、ただ潜水艦の数だけを増やせば戦力を増強できるというわけではない。この《きりしお》も練習潜水隊を出たばかりの乗員が半数を占めていた。
「了解。一番、二番発射管に魚雷装填用意」
「一番、二番発射管、魚雷装填用意」
阿久津の復唱を細野がさらに復唱していく。伝言ゲームのようだが、命令を徹底するために必要な儀式だ。
芳川一尉が報告を続ける。未だに039A型潜水艦の後続は確認できていない。もしいたとすれば《きりしお》一艦で二艦を相手にしなくてはならない。
「まさか本当に一隻か」
唐澤が怪訝な声を上げた。
「だとすればアクティブ・ソーナーの性能に不安があるのかもしれませんね……」
「もしくはこの海域の情報が不足しているのか」
唐澤は腰に手を当てて報告を待っていた。多機能ディスプレイには《きりしお》と039型潜水艦の位置関係が3Dグラフィックで表示されている。
「エコー11、本艦の右舷二千を航行中。他にコンタクトなし」
遂に《きりしお》と039型潜水艦が交差する。
「本当に他にコンタクトは無いな?」
「はい」唐澤の念押しに芳川は振り返って答えた。
「よし。距離八千で攻撃する。無音航行を維持」
「八千で魚雷攻撃。無音航行を維持」
《きりしお》は静かに海底で敵の潜水艦が離れていくのを待った。阿久津はその間、静かに時間が過ぎるのを待っていた。
「エコー11、針路、速度変わらず。距離七千五百」
水測員が報告する。発令所の乗員達もまた艦長の唐澤の言葉に意識を集中させている。
「艦長、目標距離七千八百」
乗員達は固唾を呑んで攻撃のタイミングを待っていた。
「一番、二番管、発射始め」
「一番、二番管、発射始め」
阿久津は可能な限り平静を装って復唱することに努めていた。指揮官が毅然とした態度を取って据わっていれば部下達も安心して戦うことが出来る。逆に指揮官の不安は瞬く間に伝染する。
きりしお型潜水艦は533mm魚雷発射管を六門備えていた。そのうちの二門に89式長魚雷が装填され、発射シークエンスが開始された。
「発射管注水、前扉開放」
魚雷発射管に注水が開始され、発射管の水圧が調定される。
「一番、二番管発射始めよし」
「目標距離八千。針路、速度変わらず」
細野と芳川が報告すると唐澤はそのまま指示を出す。「一番発射用意」
「セット、シュート」
「一番発射用意よし」
「射てッ!」
「ファイア」
一番発射管から圧縮空気によって89式長魚雷が飛び出す。89式長魚雷は打ち出されると同時に熱航行機関の斜盤機関によって七十ノットまで加速し、水中を疾走して敵潜水艦に向かう。
「魚雷発射されました。正常に航走中。目標到達まで二分三十秒」
「エコー11、こちらの発射管開口音を探知したと思われます。増速中」
「二番発射用意」
「セット、シュート」
「二番発射用意よし」
「エコー11、増速。十二ノットから二十ノットへ加速し、回避運動中」
阿久津は、遅い、と心の中で呟いた。対抗手段を講じようにも背後から一方的に攻撃を受ければ回避するのは非常に困難だ。
「射てッ」
「ファイア」
「二番発射されました。正常に航走中」
続いて同様に二番発射管から魚雷が発射される。039A型潜水艦は回避運動を続けてデコイ魚雷を発射したが、一番魚雷の誘導装置は惑わされることなく、039A型潜水艦を追い続けた。
「敵取舵変針、敵深二三五、速度三十ノット」
水測員が早口で報告する。
「命中まで十秒。……五、四、三、二、一、今」
発令所にまで音は伝わらなかったが、ソナーに耳を傾けていた水測員はその爆発音を捉えた。
「爆発音探知。方位三五二度。距離七千百」
「二番命中まで、十秒。……五、四、三、二、一、今」
「二発目の爆発音を探知。艦体破壊音、魚雷命中を確認しました」
一瞬、発令所は静まり返った。唐澤は表情を変えずに次の指示を出す。
「針路二九五度。このまま無音航行を維持」
「針路二九五度。無音航行を維持」
阿久津はそれを復唱する。短い戦闘を終えた《きりしお》は再び気配を消して深海の闇の中に消えていった。




