act1-6
沖縄
嘉手納基地
September 21.2021
中国の沖縄侵攻から三日目を迎えた嘉手納基地には未だに日の丸が翻っていた。劣勢の中で自衛軍はなんとか包囲を突破し、第51普通科連隊の残存部隊と第3水陸機動連隊を中心とした混成部隊を臨時編成し、指揮系統を整理し、防戦に当たっている。
歩兵を中心とした部隊を市街地に展開させ、個人携帯の対戦車誘導弾などを使って一撃離脱の戦法を取りつつ、敵の更なる侵攻を阻止する構えだ。
しかし自衛軍も中国軍も住民の避難が完全に済んでいない市街地で本格的な戦闘を行うわけには行かず、両者ともに膠着状態に陥っている。すでに中国軍は戦闘地域となる市街地の住民を退去させ始めており、両者が本格的な戦闘を始めるのは時間の問題だった。
自衛軍は善戦しているが、負傷者は少なからず出ている。嘉手納基地地下の医務室ではすでに寝台が不足し始めていた。
「統合任務部隊が編成されたそうです。航空総隊司令官を指揮官とする南西方面防衛統合任務部隊で、臨時編成された空母艦隊が沖縄に向かっていると」
仮眠を終えて指揮所に戻って来た古森に、開口一番砺波は状況を説明した。
「そうですか」
先の見えない戦いにもようやく光明が見えてきた。しかし同時に敵が攻勢を速める可能性もある。より予断を許さない状況になって来たとも言えた。それでも先行きの見えない防衛戦で低下しつつある士気を取り戻すのには十分だ。二十一世紀の現代において大日本帝国軍の精神論をかざす訳ではないが、闘志の無いものに戦いを続けることは出来ない。
「このまま凌げるでしょうか」
弱気な顔で聞く砺波に古森は難しい顔をする。
「敵の迫撃砲を潰しましたが、敵は射程の長い榴弾砲を使って攻撃してくるはずです」
「榴弾砲……」
迫撃砲による被害は少なからず出ている。榴弾砲で撃たれれば即席の防御陣地などひとたまりもない。敵がすぐに使ってこないのは基地施設を無傷で手に入れたいからだ。だが地対空ミサイルの存在が目障りなために方針を切り替える可能性はある。
「演習場にいる部隊を差し向けられないのか」
「位置を特定しなくては、むやみに部隊を投入する訳には行きません」
古森はそう言いながらも解決手段を持っていた。
「普天間に偵察分遣隊が居ます」
「偵察分遣隊?」
「はい。彼らに攻撃を要請します」
雨の降る中部演習場の林内。熱帯雨林気候のために、まるでジャングルのような鬱蒼と木々の生い茂る中部演習場は、その気候と地形を利用してジャングルでの戦闘を想定した訓練を行うのに絶好な天然の演習場であり、かつて駐留していた米海兵隊もここで訓練を行ってきた。その演習場内に市街地を避け、嘉手納を攻撃するため、後方へ潜入しようと浸透を試みた中国軍偵察部隊の斥候がいた。
雨は潜入には好都合だった。草をかき分ける音や足音を消し、足跡も洗い流してくれるため痕跡も残しにくい。しかし同時に敵の接近を察知できないという欠点もあった。
背後から斥候兵を襲い、口を塞いで頸部左側面の、前頚三角と呼ばれる筋肉で守られていない、皮下すぐに動脈が走る致命的部位にダイバーナイフを突き刺して貫いた剣崎は、ナイフを引き抜いて即死させると、兵士をゆっくりと横たえた。
森の中にも未だに嘉手納周辺で行われる戦闘の銃声や爆発音が聞こえる。剣崎は足跡を消しながら敵の斥候を茂みへと引きずり込み、同様に斥候を始末した坂田三曹と共に死体を検分していた。
さすがに偵察兵ともなると、所属を示すものや階級章すら外しているが、その装備からどのような部隊なのか程度の推測はつく。東部戦区海軍陸戦隊の水陸両用偵察部隊だ。
「小隊長」
そんな剣崎を、援護役として近くに潜んでいた山城一曹が呼んだ。
「敵主力の前進を確認したとのことです」
「分かった。西谷、道路を閉塞しろ」
「了解」
山城と共に潜んでいた西谷はリモコンの安全カバーを外し、起爆ボタンを握りこむ。
無線信号によって西谷と坂田が橋に仕掛けた爆破薬の電気雷管に通電されると、雷管内の爆薬が熱せられ、炸裂する。その小爆発はオフホワイト色の粘土状の固体――コンポジションC4高性能爆薬を起爆させた。
強烈な爆発音と、衝撃が数キロ離れた監視地点にも伝わった。
的確に仕掛けられたC4は音速を越える衝撃波を橋台へと伝え、強固な鉄筋コンクリートを打ち砕いて破壊した。
橋台を破壊された連絡橋は、まるであるべき場所に収まるようにして高速道に落ち、中央分離帯と放置車両を押しつぶして高速道を塞いだ。
『爆破の成果を確認。道路閉塞完了』
監視につく古瀬一曹の声が無線を通してヘッドセットに届いた。
「了解」
剣崎は死体を西谷に任せると、監視拠点に戻る。
「小隊長。新たな指示です」
LUPで休みつつ無線を傍受していた野中が言った。
「那覇市内の敵榴弾砲の捜索及び破壊です」
「那覇市内のか。分かった」
剣崎は了解すると広げたポンチョの中で地図を広げた。潜入に使うルートはすでに選ばれている。剣崎は数秒の検討ののちに決断し、部隊を動かすことを決意する。
無言の内の合図で剣崎の下に、一班長の山城一曹、二班長の宮前一曹、三班長の加藤曹長、小隊本部の近藤と高野曹長が参集した。
「行動命令を下達する……。嘉手納基地の占領を企図する敵部隊は、那覇市内に機甲部隊を揚陸。戦車及び砲兵、榴弾砲、地対空ミサイルを展開させつつある。分遣隊はこれより強襲班を編成。この砲兵部隊を捜索、榴弾砲を破壊する」
剣崎の言葉を班長達は無言で聞きつつそれぞれ腹案を練っている。
「強襲班は一班を基幹として編成し、指揮は第一小隊長が執る。二班は強襲班の潜入及び離脱を支援……三班は引き続き、MSRの監視及びLUPの警戒に当たれ。行動開始は0130……質問」
各班長は沈黙を肯定とした。
「よし、かかれ」
簡易な命令下達を終え、各班長達は班員たちに徹底するために散る。
剣崎は指示を終えると顔にもう一度ドーランと虫よけを塗りなおす。相棒役を務める野中が素早く剣崎の装備を点検し、ドーランの塗り残しを補備する。剣崎は背嚢ではなく斥候用のパトロールバックパックを背負うとオプスコア社製の戦闘用ヘルメット、マリタイムFASTヘルメットを被る。
暗視装置のマウントアームを取り付ける基台をFASTヘルメットは標準で備えており、剣崎はヘルメットに取り付けた米軍のAN/PVS‐15携帯型暗視ゴーグルを日本電気がライセンス生産するJ/PVS‐15双眼暗視眼鏡を目の位置に降ろして点検した。
光増幅管によって星の光ほどのわずかな光さえあれば非常に良好な視界を確保できる。点検に満足した剣崎が再び双眼暗視装置を跳ね上げると暗視装置は消灯した。
偵察隊員達は黙々と装備を整え、潜入に備える。マインドセットを完全に戦闘モードにした野中は、19式5.56mm小銃とレッグホルスターの9mm拳銃P226を点検し、足首に差したブーツナイフを点検する。敵に近づかなくてはならない斥候員は、至近戦闘に陥ることも多く、死傷率はもちろん、捕虜となる可能性も高く、本来女性隊員は就けない職務だ。研ぎ澄まされ、防眩のマットブラックの刃を見た野中は、捕虜にはなれない、という思いを密かに胸にしまい、剣崎の背中を見つめた。
時間を目前にすると隊員達は隊伍を組んで待機していた。ここから徒歩機動で速やかに那覇まで潜入しなくてはならない。
雨の中、剣崎は上げた手を前に倒し、前進の合図を出した。偵察隊員達は音もなく進み出した。雨はすぐに激しさを増した。ブッシュハットを伝って雫が垂れる中、野中は剣崎の背中を追いながら周囲を警戒しながら、枝を踏まないように、歩き方にすら注意を払って歩く。
一時間以内に不定期なタイミングで強襲班は一度動きを止めて膝をつく。休むのではなく、五感を使って周囲の気配を探り、追尾等が無いかを確認する。
遠くで雷鳴のような戦闘の音が鳴り響いている。中国軍が嘉手納基地に対して航空機による攻撃を行っていて、自衛軍がそれに反撃している。人口密集地では武器の使用を制限されているため、自衛軍は圧倒的に不利の中、厳しい戦いを強いられている。これ以上、嘉手納の部隊を一方的な攻撃に晒すわけにはいかない。
隊員達は焦る気持ちを押さえ、慎重に迅速に足を進め続けた。




