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act2-8

東京永田町

総理大臣官邸

September 18.2021



 定例会議が突然中断された。各大臣の補佐官達が慌ただしく執務室に入ってくる。何事かと怪訝な表情を大臣達が浮かべる中、渡良瀬は何かが起きたのだと悟った。


「総理、危機管理センターへ急いでください」


 安全保障担当の荻野首相補佐官が大河原に声をかけた。渡良瀬達も執務室を出るとエレベーターへ急ぐ。ただならぬ雰囲気が漂い、すでに大勢の人間が慌ただしく出入りしている。


「総理、中国軍が沖縄に侵攻しました。沖縄の自衛軍が攻撃を受け、現地の部隊が反撃の許可を求めています」


 一同は怪訝な顔付きから驚愕の表情になる。


「待て待て。一体どういうことだ、侵攻って。それに反撃だと」


「直ちに国家安全保障会議を召集します」


 大河原に一方的にまくしたてた荻野首相補佐官は先を急いでその場を離れた。渡良瀬は驚きながらも今は、官邸地下に設置されている官邸危機管理センターへ急ぐしかない。エレベーター前ですでに秘書官が待っていた。


 官邸危機管理センターは平時から二十四時間体制で情報収集に当たっており、非常事態発生時には、内閣危機管理監や内閣官房副長官補(安全保障担当副長官補)の指揮下、官邸連絡室または官邸対策室が設置される。


 危機管理センターにはすでに防衛省サイドの制服組も含め、大勢が集まっていた。早速説明が始まった。


「本日1538、尖閣諸島魚釣島に漁民を装った工作員と思われる武装集団が上陸。制止に当たった海上保安庁の巡視船《はてるま》が攻撃を受けました。またそれと同時に、与那国島と宮古島のレーダーサイト、東シナ海に展開して警戒に当たっていた第五護衛隊群に対しても攻撃が行われた模様です。レーダーサイトはいずれも機能を喪失、第五護衛隊群所属の護衛艦《しまかぜ》は対艦ミサイルの攻撃を受けて大破。嘉手納基地の要撃機も攻撃を受け、四機が撃墜されました」


 淡々と木村防衛事務次官が語るが、その内容の重大さに大臣達の顔からは見る間に血の気が引いていった。


「ミサイル攻撃により嘉手納基地は機能を喪失し、沖縄の制空権を奪われました。那覇市内には中国軍の空挺部隊が降下。那覇空港及び那覇港等を制圧し、陸自那覇駐屯地を襲撃し、那覇市内を制圧しています」


「つまり、日本は今、中国の侵攻を受けているんだな?」


 大河原が聞くと、木村は「その通りです」と頷いた。


「これは明確な武力攻撃事態じゃないか!」


「官民を合わせた人的な被害は?」


「少なくとも海上保安庁、防衛省の職員合わせて百名以上の死傷者が出ています。また沖縄県警からの報告では、市内での戦闘に巻き込まれ、複数の市民が死傷しているとのことでした」


「国民保護法を適用して――」


「待て。それよりも中国はなんと言ってきている?」


 大河原は、舞い上がる大臣達の議論を遮り、青い顔をしている稲村外務大臣に尋ねた。普段とは違う雰囲気の大河原を見て、渡良瀬は意外な思いを抱いていた。静かに怒りをみなぎらせている。


「中国政府から日本政府に対する声明等は一切ありません」


 稲村は背後の外務大臣秘書官に確認してから、一言一句を違わないよう慎重に言った。


「時間を稼ぐつもりか……中国大使を今すぐ官邸に呼べ。待たせて構わん」


「説明を続けます」強張った表情の事務次官が、会話の合間にすかさず口を挟む。


「那覇駐屯の陸自部隊は那覇駐屯地を脱出しました。名護駐屯部隊が中国軍北上を阻止すべく宜野湾市付近に展開中ですが、総理の承認を得られないと武器の使用は出来ません」


 沖縄の地図が表示された。現在の陸自部隊が防衛線を展開するラインと、判明している中国軍の状況が表示される。


「反撃すれば沖縄の市街地が戦場になる!許可できない」


「しかし、嘉手納基地があります。航空機は多数が破壊され、滑走路も今をもって使用不能ですが、これを失えば我が方には空護艦載機による制空権維持しかなくなります。またここには陸空の補給処も存在するため、兵站の観点からもここは守らねばなりません」


「部隊を後方に下げ、住民の避難の済んでいる地域で応戦させるのはどうだ」


「総理。沖縄どころか先島諸島、尖閣諸島を一挙に失うかもしれないのです。ここで手をこまねいていては反撃のチャンスは二度と巡ってきません」


 大河原が拳をテーブルに叩き付け、梶本の言葉を遮った。


「二度と国民を戦火に巻き込んではならんのだ!」


 一瞬、沈黙するが、防衛省の制服組達は黙らなかった。


「総理、これは国民の選択です。専守防衛とは即ち、直ちに本土決戦なのです。すでに那覇市内では市民が戦闘に巻き込まれています。これ以上の被害を局限するべきです」


「とにかくだ。反撃は必要最小限度の精密武器に限る。国民の財産への被害は多少なら許容できても、国民のための軍である自衛軍が万が一にも国民を傷つけるようなことは許さない。流れ弾を出すな」


「しかしそれでは」と、色めき立つ防衛省の制服組を制するように大河原は続けた。


「海上警備行動は発令できるな?」


「はい、しかし……沖縄や与那国島においては地上戦となっています。防衛出動、もしくは治安出動が必要です」


「待ってください。まだ共産党政府が主導しているのか、軍部が独断で動いているのかも分かりません。防衛出動を発令すれば、事態がエスカレートする可能性があります」


 青白い顔の稲村が立ち上がって言うと、梶本が立ち上がる。


「ですが、これは明確な武力攻撃による侵略です!我々防衛省には国民の生命と財産を守る使命と責任があります!中国の時間稼ぎに付き合う一刻の猶予もありません!」


「国民保護等派遣及び海上警備行動で対処する」


 大河原がその議論を遮るように冷めた口調で言った。


 国民保護等派遣は、武力攻撃事態等又は緊急対処事態において、避難住民の誘導、避難住民などの救援、武力攻撃災害などへの対処、武力攻撃災害などの応急の復旧のための自衛軍の行動だ。


 武器使用については限定されており、警察官などがその場にいない場合に限り、警察官職務執行法の避難等の措置、犯罪の予防及び制止、立入、武器の使用の権限を行使することができる。


 制服組、特に陸自サイドは息を呑んだ。今も沖縄を含む南西方面では自衛軍が交戦中であり、武器使用の制限は現場の隊員達の生死に直結する。


「海上での交戦は武器の無制限使用を認める。海上封鎖して敵の補給を断って、交渉の場でけりをつける。大木国連大使に連絡を。国連安保理に緊急動議をかける」


 息巻く総理にそれ以上の進言は出来なかった。





市ヶ谷

防衛省中央指揮所

September 18.2021



 市ヶ谷の防衛省庁舎A棟の地下には、陸海空三自衛軍の各戦略単位のC4Iシステムと連接した、アメリカ軍の汎地球指揮統制システムに相当する中央指揮システム(CCS)が設置された事実上の自衛軍の最高司令部である中央指揮所が存在した。統合幕僚長である泉慎之介(いずみしんのすけ)陸将はこの中央指揮所に入り、全自衛軍の状況を掌握していた。


「第五護衛隊群の護衛艦《しまかぜ》が撃沈された模様です。艦載機一機も撃墜されましたが、空護《かが》は無事です」


 航空護衛艦は自衛軍上層部内でも認識は空母だ。軍事的存在感(プレゼンス)は大きく、これを失うことだけは避けなくてはならない事項だった。


「嘉手納基地の状況は?」


「嘉手納基地は断続的な空爆を受けており、すでに保有機の六割が地上及び在空中に撃破された模様です。滑走路についても一部を破壊されており、復旧のめどはたっておりません」


「降下した中国軍の規模は、投入された輸送機の数から推測して一個連隊と推定されます」


 一個連隊と言っても陸自の一個連隊と中国の一個連隊では一個単位ほど規模が違う。


「さらに中国海軍の艦艇が那覇港に接岸し、直接部隊を揚陸しており、陸戦隊以外にも戦車を含む多数の陸軍部隊を確認。現在嘉手納基地を含む中部占領を企図して準備中と思われます」


「名護駐屯地の部隊を中心に現在、進出してくると思われる敵部隊を阻止するべく防勢作戦の展開を具申しています。また那覇港に対し、支援攻撃を要請中です」


「とにかくどのような作戦を行うにせよ、作戦地域の住民の避難が済まないことには認められない。今は制空権、制海権の確保を優先、沖縄の陸自部隊には苦しい戦いを強いることになるが、遅滞行動を行いつつ後退させるしかない。沖縄に展開させる部隊の態勢は?」


「即応可能なのはやはりヘリコプター部隊と空挺団しか。水陸機動団第一連隊は佐世保にて海自の輸送艦《あつみ》に搭載中。本日2200には全作業を終えて出港できるとのことです。第一空挺団は現在、二個中隊がオスプレイを持って目達原まで移動中。さらに海自下総基地にて二個大隊が待機中。空自の支援を受けて新田原まで前進する予定です」


 即応可能な部隊の状況がプロジェクターによって表示された。航空自衛軍のC‐2輸送機が浜松基地から下総航空基地に移動する予定時間も表示されている。


「即応機動連隊につきましては第15即応機動連隊と第43即応機動連隊が現在、展開に備えて準備中です。また十二旅団の第13普通科連隊が相馬原に移動中で、明日の0700(マルナナマルマル)にはヘリコプターによる空中機動で目達原に進出完了予定です」


 即応機動連隊は、路上機動と航空機輸送に適した機甲科の16式機動戦闘車などの装輪装甲車を集中配備し、火力と防護性、そして機動力と被輸送性を高めた、普通科連隊を基幹に機甲科などの諸職種部隊でパッケージ化された部隊だ。第15即応機動連隊はその先駆けとして四国の第十四旅団の第15普通科連隊を基幹に、第14戦車中隊を解体、編入して編成された。


 一方で第十二旅団は空中機動旅団の別名を持ち、多数の輸送ヘリコプターを有しているため、即応機動連隊ではない第13普通科連隊についても重装備はないが、高い即応機動性を持っている。


「海自の状況につきましては佐世保、呉、横須賀、舞鶴のすべての基地で即応可能な艦艇が出港し、現在展開中です。第一護衛隊群を主力とし、各護衛隊群から抽出した護衛艦を加えた機動艦隊を編成、二日後にも沖縄方面に前進を予定しています」


 表示された図には潜水艦は表示されていない。最高のステルスである潜水艦の情報は部内にも秘密なのだ。


「空自は奄美空港に前進拠点を置き、築城の第6飛行隊を前進させる予定です。三沢の第301飛行隊は新田原基地に前進中です」


 第301飛行隊は三沢基地に配備されるステルス戦闘機、F‐35Jを運用する飛行隊だ。現在航空自衛軍には四十機あまりのF‐35が配備されており、三沢の第301飛行隊と岩国の第104飛行隊で主に運用されていた。現在も追加調達が続けられており、F‐4EJ改の退役に伴い解散した第302飛行隊がF‐35飛行隊として復活する予定だが、調達は開発の遅延から大幅に遅れていた。


「防衛出動下令後は統合任務部隊として司令部を設置、作戦方針を一元化し、陸海空共同で沖縄の現状を回復させる。準備室を設置しろ」




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