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太平洋上空
E-767早期警戒管制機
September 18.2021
E‐767早期警戒管制機の機内で機上兵器管制官の横川まもり二等空尉は状況表示装置のディスプレイを睨んでいた。
東シナ海方面の中国人民解放軍に不穏な動きが見られたことから第603飛行隊は警戒のために東シナ海方面へE‐767早期警戒管制機を進出させて警戒させていた。
第603飛行隊は、艦上警戒管制飛行隊の第604飛行隊に移管したE‐2Dに代わってE‐767を運用していた。
このE‐767早期警戒管制機は第604飛行隊新編に伴って増強のために新たに調達された機の一つだった。現在航空自衛軍はこのE‐767を八機運用しており、第603飛行隊には二機が配備されていた。
嘉手納を離陸して一時間。航空護衛艦《かが》の第604飛行隊のE‐2D早期警戒機が東シナ海で警戒に当たっているため、横川達はE‐2Dがカバーできない東シナ海方面の奄美大島から沖縄にかけてのエリアの警戒監視を続けていた。
『新たな国籍不明機、探知。機影多数。北西、速度300ノット。ヘディング115』
機上警戒管制官が報告した。全般を見ながら指揮を行う、先任機上兵器管制指揮官はその報告を聞き、顔をしかめた。横川も確認する。機影の数は十を超えている。四機ほどずつ編隊を組んでいた。
『確認した。これも中国機だ、回せるFIはあるか』
『戦闘空中哨戒は現在、全機対応中。スクランブル、上がります。嘉手納204よりイーグル01、築城305よりフリント21』
要撃管制を行っている機上兵器管制官が報告した。
『イーグルネスト(《かが》)は?』
横川は《かが》のE‐2D早期警戒機とデータリンクによって共有された情報を確認した。《かが》からはCAPの二機の他、要撃機が四機上がっていた。北と西から二機ずつ、さらにその西側には後続もいる。
「イーグルネストも、接近するアンノウンに対処中。六機在空」
横川が報告すると指揮官は唸った。
『FIは間に合わない、領空に入られる。もっと上げさせろ、対応しなければならない数も桁違いだ』
十機以上の編隊が一斉に日本の領空、さらに太平洋側、宮古島の南にいる空護《かが》にも群がる様に国籍不明機が接近していた。これを楽観視できるほどの余裕は横川達自衛官にはなく、また現在の情勢も戦争と無縁とはとても言い難い。
「FIに武器使用許可を」
横川の言葉に隣の兵器管制官達も一瞬、振り返りかけた。
『……総隊作戦指揮所に上申する』
指揮官は横田基地の航空総隊作戦指揮所に武器使用許可を要請した。次々に機上警戒管制官達が新たな国籍不明機の出現を報告してきた。沖縄本島を目指して飛ぶのはエスコートファイターと思われる戦闘機の四機編隊を先頭に、後続には輸送機もしくは爆撃機やその直掩の戦闘機が続いている。
『シニア、アンノウン二機探知。方位285、同高度、距離200マイル、マッハ1・0、急速接近』
二機の戦闘機と思われる高速目標がE‐767に迫っていた。
『まずい、回避だ』
E‐767は退避する。横川は手すりに掴まり、横Gに耐えながらディスプレイを見つめ続けた。E‐767はボーイング767‐200ER旅客機をベースとした早期警戒管制機であり、武装はもちろん無ければ戦闘機のような緊急回避行動ができるわけでもない。とれる対抗手段も限られている。
『エドバー13、会敵』
『宮古島防空監視所、巡航ミサイルと思われる飛翔体接近。攻撃を受けている模様』
機体を大きく傾けてパイロットが回避行動に専念する間も報告は次々に入ってきていた。それはいずれも中国軍からの攻撃を受けている模様だった。
沖縄県
嘉手納基地
September 18.2024
宮古島のレーダーサイトが日本の領空に接近する多数の国籍不明機からなる編隊を探知した頃、ここ嘉手納基地のエプロンには五分待機のパイロットたちがコックピット・スタンバイの態勢で要撃機に乗り込んでいた。三十分交替で機体に乗り込むパイロット達は緊張と疲労に揉まれている。
第603飛行隊のE‐767早期警戒管制機が要撃機よりも先に離陸し、警戒監視と空中戦闘哨戒中の機の支援に向かった。その離陸から十五分以上、要撃機は待機を続けていた。
『ホット・スクランブル!』
響いた飛行管理員の声を無線に聞いた東條一尉はすぐさまJFSのボタンを押し、エンジンを始動した。
F‐15J改イーグル戦闘機が積むF100‐IHI‐229EEPターボファンエンジン二基が唸り声を上げ、機体が振動する。東條は飛行前の点検項目を素早くチェックしていく。
ほぼ同時にスクランブル待機に就く整備要員達も待機所から弾かれたように飛び出し、機体に走ってきていた。
輪止めを外し、F‐15J改が抱えるミサイルの安全装置であるセフティピンが抜かれる。武器員がそれを掲げて見せた。東條はサムアップする。
『イーグル編隊、緊急発進指令、方位二九〇度、高度二万フィート、出力バスター、通信・防空指令所、チャンネル2。復唱せよ』
管制塔から指令が伝えられる。東條はそれを淡々と復唱した。
『イーグル編隊、復唱はその通り。タキシングを許可、滑走路25左』
タワーからの言葉を聞いた東條は今日も僚機を務める川渕二尉にハンドサインを送るとタキシングを開始した。
整備要員や誘導員らが見送るように敬礼している。
東條はタキシングしながら答礼し、離陸前のチェック項目を確認していく。二機は滑走路のエンドに進入する。
『イーグル編隊、風向〇五〇、風速一〇ノット、滑走路25、離陸を許可する』
「了解、離陸する」
離陸が許可され、滑走路に進入した東條は間髪入れずに離陸滑走を開始する。川渕も東條に続いて十五秒という短い間隔を開け、ギアブレーキを解き放ち、スロットルを押し込んだ。
多機能ディスプレイに表示したエンジン回転計の数値があっという間に上昇していく。アフターバーナーに点火。大出力のターボファンエンジンが叩き出す推力はたちまちF‐15J改の機体を離陸速度まで加速させた。東條はサイドスティックを引き、機首を上げる。
轟音を響かせながら、アフターバーナーの炎を滑走路に叩きつけてF‐15J改は地上を離れ、大空へ羽ばたいた。
沖縄を覆っていた雲を突き抜けた二機のF‐15J改は二万フィートまで上昇した。永遠に続くような闇の夜空が広がっていた。
『イーグル01、こちらアロー』
要撃管制官の女性航空自衛官が呼びかけてきた。
『国籍不明機、方位三五二度、高度三〇〇〇フィート、距離一一〇マイル。間も無く領空に侵入する』
淡々とした抑制された声が心を落ち着かせてくれた。アンノウンはもう防空識別圏から領空に差し迫っていた。数は十機を越えている。さらにその後続もいた。大型機のシンボルを戦闘機クラスの機が囲んで編隊を組んでいる。これはただ事ではなかった。
「ブッチー、マスターアーム、オン。ARM・HOT」
東條はマスターアームスイッチをオンにし、兵装をいつでも使用可能な状態にしながら川渕に指示する。
『今回はマジですかね』
川渕が心細そうな声で聞いてきた。
五分待機組どころ三十分待機組も上がり、さらには訓練も中止され、直ちに離陸と武装が可能な機体が基地では準備されている。二十機を越える大編隊が日本の領空を目指しているのだ。今上がっている機体だけでも対処できるかという不安があったが、とにかくやるしかない。
もし今実戦になると沖縄を守る空自の戦力は非常に心許ない。嘉手納基地配備機を優先的に能力向上するため、嘉手納に配備されていた近代化改修されたF‐15J改は定期整備とは別枠で岐阜や小牧に送られ、更なるアップデートを受けている最中にあった。そのため、今は近代化改修に非適用の前期生産型であるいわゆるPre‐MSIP機のF‐15Jが代替機として運用されていた。Pre‐MSIP機はAAM‐5やAAM‐4等の最新の兵装の運用能力を持っておらず、レーダーも初期型のドップラーレーダーで、勿論赤外線捜索追跡《ST》システムも装備していない。最悪なタイミングだった。
東條が乗る機体は数少ない嘉手納に残る近代化改修を終えたF‐15J改で、最新の装備を備えていることが不幸中の幸いだった。
「何にせよやれることをやるだけだ」
東條は自分に言い聞かせるようにそう言った。
『イーグル01、アロー。貴隊の目標はサウスグループ。ベクター295、レンジ10、アルト14』
間に合わない。会敵する前に領空に入られる。東條はMFDに表示された戦術データリンクからの情報を見て思った。四個の編隊は別々の方向から迫っていた。CAP機と対応するが、数が足りない。応援が必要だった。
東條達が追跡する目標はすでに沖縄に迫り、領空に入ろうとしている。後方に回り込むために時間を費やすのも惜しい。しかし真っ正面から会敵してもすぐにすれ違い、警告はできない。二機は後方に回り込む針路を取らなくてはならなかった。
「アロー、イーグル01。現在高度二万フィート」
『イーグル01、アロー。針路そのまま、高度一万四千まで降下。アンノウンの後方を占位せよ』
「イーグル01、ラジャー」
こちらの存在は相手も察知しているだろう。赤外線捜索追跡システムが捉えた目標の数は十機以上だ。電子支援手段もレーダー波をいくつも検知している。ESMは彼らの後方に早期警戒管制機の存在を伝えていた。空飛ぶレーダーサイトが、レーダーと無線を閉ざして電波管制した機を導いている。
国籍不明機などと呼んでいるが、どこから飛んできたのかは明白である。どう考えても中国軍機だ。
東條のリードで二人は編隊をぴったり保ったまま旋回し、目標の後方に回り込もうとする。
『イーグル01、警戒せよ。レーダー誘導に支障あり。電子戦妨害と思われる』
アローの言葉に東條は顔を強張らせた。ECMとは穏やかではない。しかし機上のESMはまだECMの妨害電波を探知していなかった。
「ラジャー」
距離的にはもう視認できるはずだ。IRSTが捉えている方向に頭を向ける。ちょうど雲の下だ。降下を続けると二機はその雲の中に入った。緊張で心臓が早鐘を打っている。雲を抜けると視認できた。
「タリホー!」
『タリホー!』
ほぼ同時に二人が声を張り上げる。八機の機影が見えた。六機は直線的なF‐15と違い、緩やかな曲線を多用した双発双垂直尾翼の機体、Su‐27をベースとする中国軍機だ。残りの二機は四発のターボプロップエンジンの輸送機。近づいてはっきり見なくてもそれがJ‐11フランカー戦闘機とIl‐76キャンデッド大型輸送機だと分かった。
縦一列のトレイル編隊で飛ぶ二機のIl‐76輸送機を中心に、戦闘機四機がフィンガーチップ編隊で先頭を飛び、二機は輸送機の左右を固める様に位置していた。
「アロー、こちらイーグル01。ターゲットの後方を占位した。ターゲットは中国軍機。八機。J‐11戦闘機六機、Il‐76輸送機二機。妙な編成だ」
『ラジャー。イーグル01、警告を実施せよ』
領空に侵入されてからの会敵だった。一体日本の空母たる空護は何をしているんだと東條は苛立つ。
「警告する、警告する。こちらは日本国航空自衛軍。東シナ海を東南東方向に向かって飛ぶ中国軍機に告ぐ。貴隊は日本国の領空を侵犯している。ただちに針路を変更し、我が方に帰順せよ。指示に従わない場合は武器使用を辞さない。繰り返す、針路を変更し、我が方に帰順せよ。指示に従わない場合は武器使用を辞さない」
東條は国際緊急周波数に英語で呼び掛け、続いて中国語でも呼び掛けた。いずれも無視される。
『シリウス、このままでは……』
川渕の声には焦りが滲んでいた。警告を無視されれば手が出せない。対処しなくてはならない目標の数に対してこちらはたったの二機だ。残された手段は少ない。
「分かってる」
この間も国際緊急周波数では録音された中国語の音声による警告が続いていた。機体信号を行うべきだ。だが、六機の武装した戦闘機の前に出るには援護が心許なさ過ぎた。こんな時、空護からの応援があればとないものねだりに走る現実逃避の思考を東條は振り払う。決断しなくてはならない。
『警告射撃を行いましょう』
川渕が進言した。対領空侵犯措置で警告射撃が行われた事例はこれまでに一度しかない。冷戦の真っただ中、沖縄本島上空の領空を侵犯したソ連軍機が米軍と航空自衛隊の基地上空を通過し、警告射撃が行われた「対ソ連軍領空侵犯機警告射撃事件」だ。
沖縄本島上空をこんな物騒な編隊に飛ばれるわけには絶対にいかなかった。
「アロー、ターゲットは指示に従わない。警告射撃許可を求む」
『了解。警告を続行せよ。現在、警告射撃許可を申請中』
「了解」
さすがにアローは手が早い。しかし、もう一刻も待っている猶予はない。
警告射撃が行われた冷戦期はまだ沖縄に米軍がいた。だが、米軍が居ても居なくても変わらないはずだ。その期待は無残にも裏切られた。
『……イーグル01、警告射撃は許可できない。警告を続行せよ』
アローの声にも無念の色が滲んでいたので、東條は食い下がらなかった。要撃管制官にとってもその指示を下すのは苦渋なのだ。
「ラジャー。……ブッチー、レーダーで捕捉しろ」
東條は火器管制レーダーに火を入れた。APG‐63(V)3で追尾、捕捉する。中国機の機内にはレーダー警報装置の警報が鳴り響いているはずだ。
「警告する、警告する!こちらは日本国航空自衛軍。東シナ海を東南東方向に向かって飛ぶ中国軍機に告ぐ。貴隊は日本国の領空を侵犯している。ただちに針路を変更し、我が方に帰順せよ。指示に従わない場合は武器使用を辞さない。繰り返す、針路を変更し、我が方に帰順せよ。指示に従わない場合は武器使用を辞さない!」
なるべく強い口調で東條は警告する。怒りも声には籠っていた。
『シリウス、駄目です』
東條は迷っていた。正当防衛が成立しなければ武器は命令なしに使用できない。心は撃墜すべきだと叫んでいた。武装した目的の不明な外国の軍用機が、人々の住まう沖縄の空を飛ぶことは許容すべきことではない。輸送機には空挺部隊が乗り込んでいる可能性もある。
処分は覚悟できるが、自分が撃つことによって損なわれる日本の国益の事を考えてしまい、どうしても躊躇いを覚えてしまう。汗が吹き出し、フライトグローブはぐっしょりと濡れていた。
「ブッチー、機体信号を実施する。援護しろ」
『……ラジャー』
援護しろ、と言ってもあの編隊の前に出て川渕一人で東條を援護しきれるはずはなかった。東條はスロットルを押し込み、輸送機のすれすれを威嚇するように飛ぶと四機編隊の前に立ちふさがる様に上から割り込んだ。
『我が方に帰順せよ』
東條は翼を振ってロックウィングで警告する。中国機の目の前で無防備な背中を見せなくてはならない緊張で、胃が締め付けられるのを感じた。フランカーの武器の殺意がひしひしと伝わってくるようだった。
「アロー、イーグル01。ターゲットは指示に従わない。警告射撃の許可を!」
アローに噛みついても仕方なかったが、それしか東條には出来なかった。
『イーグル01!警告射撃を許可します。射線に注意』
アローが叫んだ。待ちに待った許可が下りたのだ。
「ラジャー。イーグル01、警告射撃を実施する」
無線に吹き込み、すぐさま中国機に対して警告する。
「警告する、警告する。これより警告射撃を行う」
機関砲の安全装置を解除し、東條は機首をもう眼前に迫っている沖縄本島から海上に向けて旋回しながらトリガーに指をかけて一瞬だけ発射する。M61バルカン砲が一秒にも満たない時間で20mm砲弾を数十発発射する。三発に一発の曳光弾によって火線が海に向かって伸びた。
警告射撃が行われた瞬間、中国機に動きがあった。背後にいたJ‐11フランカーの四機編隊が突然、編隊を解いてブレイクした。左右に散って旋回に入る。だが一機が東條の後ろに張り付いたままだった。
火器管制レーダーでロックオンして警告に答えた。東條の耳元でレーダー警戒受信機の警報が鳴り響いた。
『イーグル01、アンノウンが妙な動きをしている、注意せよ……』
「ロックオンされた!ブッチー、ブレイク・レフト!ドロップタンク、ゼッション!」
怒鳴りながら腹に抱えた三百ガロンの増槽燃料タンクをドロップ──切り離し、鋭角に機体をバンクさせながらブレイクする。川渕も即座に左に回避急旋回に転じ、二機は散開した。RWRはすぐさま、ミサイル警報装置に切り替わった。飛翔するミサイルが発する排気炎に含まれる、赤外線や紫外線を探知したのだ。ミサイルが飛んでくる。
「冗談じゃない……!回避しろ、ブッチー!」
『イーグル01、どうした?』
東條はフレアを撒きながら急上昇し、ミサイルを放ったJ‐11フランカーに突進するようにして二基のミサイルの後方に回りこもうとする。短距離赤外線誘導ミサイル――恐らくPL‐8ミサイル――は一瞬、フレアに向かったが、急旋回して東條を追ってくる。
「アロー、こちらイーグル01。ミサイルによる攻撃を受けた。交戦許可を求む」
東條は早口で報告し、とにかく逃げる。正当防衛による武器使用が認められていても交戦規則上は指示を仰がなくてはならない。ロックオンは明確な敵対行為で攻撃だ。現代のミサイルは高性能で撃てばほとんど勝負が決まる。ナイフを首に突きつけられ、次の一挙動で決まる状態に等しいのだ。
再度フレアを放出して回避する。ミサイルがフレアに引き付けられて爆発した。
『イーグル01、回避してください!アンノウンがさらに二機、散開して旋回中!三時方向、五時方向』
「武器使用許可を!」
興奮したように叫ぶアローに怒鳴り返すと無線の相手が突然変わった。
『イーグル01、市街地上空での武器使用は許可出来ない。回避せよ』
「回避できない!攻撃されてる!」
こんな状況で回避できるならしている。さらに攻撃レーダー波が飛んでくる。
眼下はもう那覇市内だ。
IEWSによって自動的に対抗用のECMが敵の攻撃レーダー照準波を妨害し、東條もスロットルを握る左手でチャフの射出ボタンを押した。チャフが放たれ、アルミ被覆されたグラスファイバーの細かい小片がばら撒かれ、チャフ雲を形成する。
「ブッチー、退避するぞ。このままじゃやられる」
そう呼びかけた川渕もミサイル攻撃を受けていた。フレアを撒いて回避旋回しているが、その背後にJ‐11が迫っていた。
「ブッチー!六時方向警戒!ブレイク!」
東條は無線に怒鳴る。川渕がフレアを撒きながら再度、回避旋回しようとしたところへ背後から迫ったJ‐11フランカーが機関砲を発射した。30mm機関砲の火線が川渕のF‐15Jに叩き付けられる。
川渕機が黒煙を噴き、ゆるやかな降下を始める。
「ブッチー!燃料移送遮断だ!脱出しろ!ブッチー!」
川渕機は川渕を乗せたままエンジンから火を吹いた。一瞬にして機体は炎に包まれ、黒煙を噴いて真っ逆さまに落ちていく。東條は思わず目を見開いてその光景を見つめていた。
「アロー、こちらイーグル01。02が撃墜された。増援及び救難機を要請」
東條はGの合間に無線に怒鳴りながら後ろから追ってくる二機に頭を向ける。J‐11は獲物を追う獣のようにこちらを駆り立てる。
『イーグル01、耐えてください。今、増援を上げます!』
『イーグル、こちらゾディアック01。支援する』
突然割り込んできた無線の相手は電子戦支援隊のEC‐2電子訓練機だった。C‐2輸送機を改良した訓練機とは名ばかりの電子戦機で、EC‐1の後継として航空自衛軍に配備されている。今は東シナ海側で同じく電子戦支援隊のE‐1EL電子測定機などと共に中国に対する電子情報収集活動を行っていた。
ゾディアック01から電子戦攻撃が中国機に対して行われた。中国機のレーダーや通信波等が妨害され、中国機が動揺した瞬間、東條は逃げに転じた。
パワーダイブで高度を一気に速度に変換。さらにアフターバーナー全開で加速する。たちまちマッハ二・〇を超え、東條は沖縄本島を横切って太平洋側に離脱する。
中国機からの追尾を振り切ったと確信するまでアフターバーナーは焚きっ放しだった。
RWRも鳴り止んだ時、ようやく息をつくことが出来た。途端にそれまでの疲労がのしかかってくる。そして川渕機が撃墜された時の光景も蘇ってきた。
『イーグル01、聞こえますか。応答を。イーグル01、応答してください』
アローからの呼びかけに答えられる気力はまだ戻っていなかったが、東條は無線に応答する。
「アロー、イーグル01」
『イーグル01、無事ですか』
「02が撃墜された。直ちに増援を上げろ。中国軍の大編隊が沖縄に迫っている」
『イーグル01、こちらアロー。イーグル01は新田原に向かってください。嘉手納基地は現在、攻撃を受けています』
「まさか……」
東條は呆然とした。戦争が始まったのだ。