act2-3
明けましておめでとうございます。
沖縄
那覇市
September 18.2021
「なんだあれ」
休日で那覇市内にいた那覇駐屯地に所属する陸上自衛官の功刀憲二等陸曹は空を見上げて思わず呟いた。
先ほどから沖縄の空では妙な爆音が響いていた。高速の戦闘機が飛び交っているらしい。今はエアショーの時期ではないというのにまた迷惑なと思っていた。
日米安保見直しにより在日米軍が完全に撤収した沖縄においては、次に自衛軍が煙たい存在となり、その矢面に立っている。在日米軍を追い出し、平穏が訪れると思っていた県民からは、なおも騒音を振りまく自衛軍は常に厳しい視線に晒されていた。
功刀の見上げる先でグレーの大型機が旋回している。旅客機ではない。輸送機だ。大型輸送機が旋回し、まるで国道五八号線に着陸しようとするかのようなアプローチで高度を下げている。那覇空港に隣接する那覇駐屯地に勤める功刀も、その輸送機に見覚えが無く、怪訝な眼を向けていると沿道を歩く市民たちもそのただならぬ様子に気付き始めた。
「自衛軍?」
「うるさいなぁ、何様のつもりだよ」
「えらく低く飛んでるね」
その言葉に耳が痛い反面、何かが引っかかった。幼いころ住んでいた千葉でよく親に連れられて見た光景が重なった。あれは習志野で――
その時、輸送機の後部ランプから突然パラシュートが伸びた。機体が失速する。そう思ったとき、その太い胴体からパラシュートに引かれて何かが引きずり出されてくる。
空中に放出されたそれはすぐに次の落下傘を開き、降下を始めた。
「あれは……空挺戦車?」
落下傘が吊っているのは太い砲身が伸びる砲塔を備えた履帯を履いた装甲車だった。
功刀のすぐ頭上を輸送機が通過する。その主翼に描かれているのは赤い八一の国籍マーク。
「中国軍……!」
思わず功刀が呻いたが、街はまだこれから起こることをまったく予期していなかった。
「何か落としたぞ」
「おいおい、自衛軍何やってんだよ」
「訓練なんて聞いてないぞ」
「あれヤバくない?落ちてくるよ」
市民は自衛軍の訓練だと思っていた。戦争が来ることなど夢にも思わない、平和を信じて疑わない市民たちを押しのけて功刀は走る。
車も道端に停まり、ドライバーたちもその光景を見上げていた。私服のポケットからスマートフォンを取り出して那覇駐屯地にかける。
「もしもし!」
『もしもし、那覇駐屯地です。ご用件は』
冷静な電話交換手の声に、功刀はさらに危機感を募らせた。まだこの事態を把握していない……!
「第51連隊、功刀二曹。連隊当直室へ!内線は――」
激しい音を立てて落下傘がロケットブースターを点火した。悲鳴が聞こえる。十字路の先に空挺戦車が着地しようとしていた。車体を固定するパレットの下で膨らんだ緩衝材が炸裂しながらその役目を果たし、空挺戦車が着地する。ガラスの割れる険呑な音やクラクション、人々の叫び声があちこちから聞こえてくる。
『――功刀か。おい、今どこにいる!?』
電話はいつの間にか切り替わっていた。よく知った同僚の声が耳を打つ。
「市内だ!ヤバいぞ、中国軍の空挺戦車が少なくとも五、六輛くらい降りてきてる!今すぐ駐屯地に戻る!」
『ダメだ、駐屯地には戻るな!攻撃されて――』
そこまでで唐突に電話が途切れた。
「もしもし、もしもし!」
功刀は電話に怒鳴るが諦めて走り出す。着地した空挺戦車を呑気に人々が携帯電話のカメラ機能で撮影していた。パトカーや消防車のサイレンの音が鳴り響く。市内は大混乱に陥っていたが、功刀はこれがただの序章にも過ぎないことを覚悟していた。
沖縄県那覇市
陸上自衛軍那覇駐屯地
September 18.2021
「敵襲!」
訓練でも滅多に使わないような物騒な言葉に、自衛官達は耳を疑った。駐屯地内にサイレンが鳴り響く。
「那覇市内に中国軍と思われる落下傘部隊が降下した!すぐに防衛出動準備を整えろ!これは訓練に非ず!繰り返す、これは訓練に非ず」
第51普通科連隊の即動待機小隊は速やかに装備を整えると、武器庫から火器を搬出、軽装甲機動車や高機動車に機関銃を搭載する。しかし弾薬は無かった。
第51普通科連隊が装備している最大の装甲車両は、本部管理中隊の82式指揮通信車の代替に配備された12.7mm重機関銃を装備可能な96式装輪装甲車だった。それ以外の装甲車は軽装甲機動車くらいで、残りは非装甲車輛だ。地理的条件から重装備の車輛が配備されていない。
しかし新型の個人装備は国境の最前線だけあって優先されて配備されている。小銃も89式小銃に代わって二〇一九年度に制式採用されて配備が進む、新型の19式小銃が装備され、機関銃にも5.56mm機関銃ミニミだけでなく、そのミニミの新型で射程と威力に勝る7.62mmミニミMk3機関銃をライセンス生産して配備する7.62mm機関銃Mk3も配備されていた。
「弾は!?」
「搬出中!」
運用訓練幹部と当直幹部は、連隊の指揮所に入った。通信班などが集まっているが、まだ人が足りず、運用体制は整っていない。
「現在、非常呼集をかけましたが、休み中の大半の隊員は市内の渋滞や混乱で身動きが取れないと。それも先ほどから携帯電話は不通となっており、連絡が取れていません」
「今いない幹部の登庁は当てにするな。今いる者達で対処するんだ」
人員の半数近くは休日のために駐屯地の外にいたことが災いした。
「敵の規模や位置は分かるか」
「不明です。少なくとも十機の輸送機を確認したとのことです」
「部隊を直ちに疎開させないと。駐屯地に居たんじゃまとめてやられてしまう!」
駐屯地はあくまで部隊が平時に駐屯する場所であって、城のような防御陣地の能力は皆無だ。
「演習場にですか?」
「どこでもいい!那覇への登庁が間に合わない者は名護へ向かわせろ。空港に情報小隊を送れ!」
駐屯地全体が蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。隊員達が走り回る。その中、沖縄唯一の機甲科部隊である第15偵察隊も出動する。
「87式偵察警戒車の弾は!?」
「連装のは五百発ほど出せました!機関砲の弾を出すには普通科の搬出が終わらないと!」
「バカ野郎、こっちが優先だ!沖縄唯一の装甲火力なんだぞ」
連隊本部の隊員達が防弾チョッキ3型を着込み、小銃の弾を業務隊から受け取りに向かったとき、迫撃砲弾の降る甲高い音が駐屯地に鳴り響いた。
「砲弾落下!」
「退避!」
わあっと蜘蛛の子を散らすように隊員たちが物陰に飛び込む。雷鳴のような炸裂音が鳴り響いた。直撃を受けたのは体育館で屋根が中から吹き飛んだ。
「まじかよ、まじかよ!まじで戦争だよ!」
戦争映画も見ずに災害派遣での社会貢献を目指して入隊した若い陸士は興奮したように叫んだ。
砲弾は軽迫撃砲弾が五発ほどで照準も甘く、被害は大きくはなかったが、いつ再開されるかもしない攻撃に怯え、隊員達は身動きがとれなくなった。
「今のはどこからだ!」
「空港からです!」
空港に降りた中国軍の空挺部隊が先制攻撃を行い、自衛軍の混乱を誘ったのだ。
「ってことは空港はもう……」
「馬鹿、急げ!」
「弾を積んだ車輛はどこに居やがる!早く呼べ!」
現場の隊員達が狼狽える中、指揮所の幕僚幹部達も浮き足立っていた。
「第1中隊、本部管理中隊の重迫と共に名護駐屯地に向けて前進開始します!」
「交戦は避けるように伝えろ。移動間の武器使用の判断は中隊長に一任する!」
「第2中隊、第3中隊、弾薬搬出中!後方支援隊から支援要員を差し出すよう要請が」
「偵察隊からも機関砲弾の搬出を優先させてほしいと要望が上がっています!」
混乱したまま事は進んでいく。
*
第一波の空挺降下に続いてさらに那覇市内に複数の落下傘が投下された。落下傘兵たちは民間車が行き交う都市部のど真ん中に着地するとすぐさま落下傘を切り離して突撃銃を取り出し、先に投下された03式空挺歩兵戦闘車に向かって走る。人々は驚きながらも他人事のように携帯電話で撮影を続けていた。
「なにあれ?」
「自衛軍?」
空挺部隊降下の影響で、民間車が事故を起こし、警察車両の到着は遅れていた。
そこへ警察官が駆け付ける。
「おい、お前ら!一体何をやっているんだ!」
自衛軍と中国人民解放軍の区別もつかない制服警察官が拳銃も抜かずに立ち塞がったが、問答無用で自動小銃の弾を浴びることになった。連射された弾はその背後に流れ弾となって飛び、スマートフォンを手に見物していた市民達を直撃する。
血飛沫が舞い、胸を粉砕された警察官が棒のようにばったり倒れる。弾を受けた市民達も悲鳴も上げずに倒れ、路面を血で濡らした。
それまであまりの非現実的な光景に映画の撮影か何かかと疑っていた市民達はそれを目の当たりにしてようやく悲鳴を爆発させ、逃げまどった。
一方、少し離れていて事情を知らない市民たちは戸惑うばかりだった。
「なんだ、どうしたんだ」
「なに?なに?何が起きてるの?」
「なんか怖いね」
「ヤバくね、ヤバいって」
「おい、今の何の音だ?花火か?」
そこへ銃撃を目の当たりにして恐怖から逃げようとする市民たちがぶつかる様に走ってくる。
「ヤバいぞ!逃げろ!」
「逃げろ!軍が撃って来るぞ!」
「早く逃げろ!銃を撃ってる!」
「逃げるってどこに……」
悲鳴が錯綜する中、サイレンを鳴らしてパトカーが駆け付ける。
「那覇41、現着。これより着手。どうぞ」
車内無線機で那覇県警本部に報告した巡査部長が車を降りようとした時、道路の真ん中に立ってこちらに自動小銃を向ける灰色の迷彩服を着た男が二人、目に入った。
「伏せろ」
途端に銃撃が殺到する。数発穴の開いたフロントガラスが次の瞬間には砕け、シートのヘッドレストが粉砕される。運転手の巡査が悲鳴を上げる中、助手席にいた巡査部長は慌てて車載無線機を手に取った。
「至急至急!本部こちら那覇41。自動小銃などを所持する武装集団が市内で発砲!市民及びPMを殺傷、及び破壊行為を行いながら移動中!」
だが、車載無線機には次々に各局からの報告が入っていた。
『至急至急!那覇12より本部、那覇12より本部!国道五八号で銃撃を受けている、PM二名負傷!市民にも多数の負傷者あり!大至急応援と救急を要請!』
『那覇06より本部!装甲車二輛が県庁に突入してきた!マル被は自動小銃で武装、装甲車についても機関銃を装備し、発砲している!銃器対策部隊を要請!』
『本部より各局!本部より各局!現在那覇市内において、正体不明の武装集団が銃器を持って警邏及び市民を襲撃している!なお武装集団についてはパラシュートを使って航空機から降下してきたとの多数の入電あり。各局にあっては受傷事故防止に十分配慮し、これを阻止されたい。以上、本部!』
巡査部長は必死に頭をごくりと生唾を呑み込み、腰の拳銃を手に取った。〈S&W〉M360Jの引き金の後ろに取り付けられた安全ゴムを外す。自動小銃で完全武装した集団を相手にするには五発しか装填されていない回転式拳銃ではこの上なく心細かった。
沖縄県警察本部はすぐさま機動隊と銃器対策部隊を展開させることを決定した。また沖縄県警察特殊部隊も出動準備を整える。出動した機動隊はすぐさま那覇市内から那覇空港及び陸上自衛軍那覇駐屯地に通じる国道五八号の明治橋を封鎖した。
当初の混乱によって自衛軍が市内で発砲しているとの誤報から機動隊は那覇空港側に対しても阻止線を張っていた。
ポリカーボネイトの大盾と一部の隊員がガス筒発射器を持ち、小隊長のみが〈H&K〉社製のP2000拳銃を携行している。
那覇市内では警邏の警察官達をなぎ倒し、投下された03式空挺歩兵戦闘車に合流した中国軍空挺兵達が前進を開始していた。エンジンを始動し、空挺兵達を跨乗させた03式空挺歩兵戦闘車が那覇市内の国道五八号を那覇空港に向かって加速する。それを認めた明治橋を封鎖する機動隊員達は動揺した。
「あれはなんだ」
「自衛軍の戦車か?」
そんな囁きが交わされた時、指揮車こと現場指揮官車の屋根に備わった櫓型の指揮台に立った警察官が呼びかけた。
『こちらは那覇県警です。止まりなさい!』
しかしその応答は30mm機関砲の射撃だった。多目的榴弾が現場指揮官車を蜂の巣にして吹き飛ばし、周囲の機動隊員達をミンチにする。
さらに跨乗した兵士達も自動小銃を連射する。パトカーが蜂の巣にされ、警察官達は橋の上を逃げまどった。破壊されたパトカーを蹴散らして空挺歩兵戦闘車は空港に向かう。
「ぶ、武装集団は戦車!戦車を持っている!」
肩を撃たれて倒れていた警察官は歩兵戦闘車が過ぎ去ったのを見て報告する。
『戦車!?自衛軍か!?』
「とにかく戦車です!空港に向かっています!」
空挺歩兵戦闘車は、突撃銃の銃撃を浴びて道路の真ん中で擱座していたパトカーを踏みつぶして前進していく。その光景は日本の街並みにはあまりに非現実的過ぎた。それを目の当たりにした警官は肩を撃たれた警官の手当てを行おうとしていたが、思わず茫然としてしまう。そこへ功刀が駆け寄り、手当てに手を貸す。
「大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫です、それよりも市民を……」
肩を撃たれた警察官は痛みに顔を歪めるが、見上げた根性を見せた。しかし助けるべき市民たちがもう手の施しようのない状態であることは跪く警官も認知していた。
「とにかく無線に報告を。中国軍の歩兵戦闘車が十輛以上。中国軍の空挺兵百人が那覇市内に降下、うち一部が空港に前進したと伝えて下さい」
「あなたは?」
警察官が功刀を見て聞く。
「自分は自衛官です。とにかく機動隊や銃対じゃ相手にならないですから!」
ドンという思い響きが通りを震わせた。空挺戦闘車が砲撃した砲声だった。
「……最悪だ」
功刀の呟きにその場に居合わせた二人の警察官は同意せざるを得なかった。
*
「自衛軍が銃を乱射して街中で暴れまわっているらしい」
「どういうこと?」
事情を理解していない市民達の間にはそんな噂が流れる。
「基地に騒音の抗議の電話をかけても全く応じないのよ!まったく、なんて組織なのかしら」
中年の女が嘆く。そんな彼らの目の前を二輛の空挺歩兵戦闘車が通り過ぎる。七十キロ近い速度で真っ直ぐ空港に向かっていた。
「なんだ、危ないな!自衛軍か?」
その光景は大きな迫力だった。激しい履帯が地面を噛む音とディーゼルエンジンの高鳴りが響き渡り、排煙が沿道にも噴きかかる。
「すげぇ、道路ボロボロだぞ」
「なにやってんの自衛軍」
その光景を見ていた若者はスマートフォンを取り出して撮影し、早速SNSに投稿する。
その投稿はその他の無数の沖縄からの投稿と共に注目され、瞬く間に拡散された。
*
一方で那覇空港にY‐9輸送機から降下した一個中隊の空挺部隊は、瞬く間に空港施設を制圧していた。常駐していた警察官達は殺されるか、降伏していた。空挺兵達が管制塔を制圧すると、堂々と人民解放軍空軍の輸送機を着陸させた。Y‐9輸送機とIl‐76輸送機が次々に着陸する。
「空港が制圧された!」
「中国軍だ、中国軍が大挙して押し寄せている!」
那覇駐屯地はすでにほぼ包囲されていた。
「射撃許可は出ているんですか」
第51普通科連隊第2中隊は非常呼集を終え、駐屯地に残っていた隊員たちは防弾チョッキ3型やその上から装具を身に着けて出動の準備を整えていた。弾薬庫から搬出された弾薬を各小隊に配当しているが、まだ全員には弾薬は行き渡っていない。
第2中隊も先行した第1中隊に続き、駐屯地から離脱し、名護演習場まで前進して態勢を整えることとなり、車輛の準備が優先されていた。
「相手が撃って来るまで撃ってはならん」
第2中隊長の小鹿一尉の言葉に小隊陸曹の酒本一曹は驚いた。
「そんな馬鹿な。やつらは日本を侵略しているんですよ!しかも迫撃砲弾まで落としてきてんです」
「とにかく正当防衛と緊急避難、施設等警護で応戦しろ。合理的と判断される最小限の射撃を認める」
「無茶苦茶だ。そんな指示じゃ部下が死にます!」
この中隊長はまだ若く、正論ぶって恥じない男だった。その中隊長より二十歳も年上の酒本は小鹿に詰め寄る。
「いいかね、まだ上級部隊から命令が来た訳じゃないんだ。治安出動も防衛出動もかかっていない。勝手な判断で応戦でもして、もし後々問題になったら――」
「馬鹿野郎!」
酒本は小鹿の襟首を掴んで73式小型トラックの車体に叩き付けた。
「そんな細けぇことは後で政治家が考えればいいんだ!」
その時、営門で爆発が起きる。ゲートが破壊され、グレーを基調とするデジタル迷彩の戦闘服を身にまとった中国人民解放軍兵士が門を乗り越えて侵入して来ようとしていた。呆気にとられる周囲の自衛官に向かって中国兵達が自動小銃を射撃する。棒立ちになっていた自衛官が次々に撃たれて倒れた。
「伏せろ!伏せろ!」
酒本が怒鳴る。自衛官達は慌てて物陰に身を隠す。酒本は自分の19式小銃に、19式5.56mm普通弾30発が込められたプラスチック製の弾倉を装填すると槓桿を勢いよく引いた。
「応戦しろ!」
酒本は再度怒鳴った。普通科隊員たちが何とか手に持つ19式小銃を単発で撃つと門を確保していた中国兵達が一瞬のうちに散開して身を隠す。動きは確実に訓練された兵士そのものだった。
数発撃つと中国兵は連射で倍以上の弾を撃ち返してくる。
「何をやってる!反撃しろ、撃ち返せ!」
酒本は身を起こすと19式小銃を連射で撃つと、すぐに這って位置を変えた。同じ位置に留まって単発で撃ち続けていた陸曹が撃たれて悲鳴を上げる。中国兵達は自衛軍の散発的な、制圧効果の無い銃撃をものともせずに迫って来た。
「くそ、奴ら素早い……!」
隊員が呻く。中国兵の一人が撃ち抜かれて地面に倒れた。しかしその中国兵は倒れながらも手に持った小銃を手放さずに撃って来る。やがて二人の兵士がその兵士の両脇を掴んで引きずって行った。
「なんて精神力だ……」
酒本は思わず呻いた。そこへ第15偵察隊の87式偵察警戒車がディーゼルエンジンの音を響かせて進んできた。三軸六輪、偵察車輛というのにやや車高が高いが、その砲塔に備わる25mm機関砲の砲身が今はこの上なく頼もしい。
「我々が道を開く!」
砲塔の車長席から顔を出した車長が声を張り上げた。
「砲手、前方百五十、敵散兵!連装、点射、撃て!」
機関砲と同軸の74式7.62mm車載機関銃が火を噴き、バリバリという激しい銃声を響かせる。オレンジ色の火線が伸び、中国兵達が身を隠した場所に射弾が直撃し、曳光弾が跳ね飛ぶ。
中国兵達が身を隠している間に第51普通科連隊の車輛が次々に駐屯地を飛び出して行った。しかしそのうちの一輛の軽装甲機動車に向かって無反動砲が撃ち込まれた。車体側面に直撃した榴弾が装甲を貫徹して車内で炸裂し、ドアやハッチが内側から弾け飛ぶ。乗り込んでいた四人の自衛官に脱出する暇はなかった。さらには偵察警戒車からの援護もなくなる。
「2小隊、待て!――おい、どうしたんだ!?」
酒本は87式偵察警戒車に駆け寄る。
「なんてこった、弾詰まりだ!」
74式車載機関銃に弾込めをしていた87式偵察警戒車の車長が悲鳴を上げる。62式機関銃をベースに改良開発された74式車載機関銃はいささか設計が古く、信頼性は低かった。すかさず砲手は「後退しろ!」と車内通話に怒鳴りつける。
慌てて後退する87式偵察警戒車を見て中国側の空挺歩兵戦闘車が前に出てきた。
「歩兵戦闘車だ!」
酒本は叫び、他の隊員と共に隊舎へ逃げる。砲塔内から顔を上げた車長が目の前に出てきた空挺歩兵戦闘車を見て絶句した時、30mm機関砲が火を吹いた。太鼓を打ち鳴らすような激しい砲声が音の衝撃波となって襲い、放たれた無数の徹甲弾が87式偵察警戒車の装甲板を貫通し、乗員が死傷した87式偵察警戒車は遂に動きを止めた。
それを見るや、中国兵達が素早く駐屯地内に展開していく。
「だ、駄目だ……」
89式小銃を構えていた警衛隊員は慌てて後ろに下がる。その背後から中国兵達は容赦なく銃撃を浴びせた。
第51普通科連隊の軽装甲機動車がそれを迎撃しようと建物の影から出てくる。防盾付の銃架に据えられた7.62mm機関銃Mk3が連射され、装甲車より先行していた中国兵を二人撃ち抜いた。しかしそこへ空挺歩兵戦闘車は30mm機関砲を連射する。鉄筋コンクリート製の隊舎の壁を徹甲弾が打ち砕き、その背後にいた軽装甲機動車を徹甲弾が襲う。30mm砲弾を防ぐ能力を持たない軽装甲機動車は紙も同然に引き裂かれた。中に乗り込んでいた自衛官達はひとたまりもなかった。
「下がれ!」
さらには空港側からもフェンスをなぎ倒して装甲車が入ってくる。
包囲された上で火力も劣り、弾も充分に行き届いていない那覇駐屯地の部隊に取れる行動は限られていた。
「後退!」
隊員達は駐屯地内を後退する。単発で射撃しながら下がると敵は機関銃を前に出して連射しながら押してきた。曳光弾が飛び交い、隊員達はたまらず頭を下げる。後退の最中だった隊員の一人が撃ち抜かれて道路に倒れた。
「池城班長!」
道路に倒れた隊員は這ってでもこちらに向かって来ようとしている。
「くそ、負傷者を回収しろ!」
酒本が叫ぶが、隊員達は頭を下げるのに精いっぱいだ。物陰に隠れられない隊員は伏せたまま動けない。歩兵戦闘車も近づいていて、死ぬかもしれないのに、部下に飛び出せと酒本には言えなかった。
自分が行くしかない……!
「皆、援護しろ!とにかく撃て!」
「撃て!」
隊員達が援護のために何とか一斉に射撃すると敵が頭を下げる。その間に駆け寄った酒本は撃たれた隊員を素早く消防夫搬送で担ぎ上げると走る。四十を過ぎた体が悲鳴を上げていたが、それでも二十数年、自衛官として飯を食べてきた体は多少の無理が利いた。
「俺はもう駄目です、置いていって下さい」
「映画の見過ぎだ、馬鹿野郎!」
若い三曹を怒鳴りつけながら自分を鼓舞していると、背後の中国兵達が弾幕の切れ間に顔を上げた。やられる……!
そう思った時、96式装輪装甲車が酒本達の背後に飛び出してきた。連隊本部管理中隊に、82式指揮通信車に代わって配備されている車輛だ。車長が叫びながら12.7mm重機関銃M2を連射し、小銃弾よりも大きな重低の発砲音が鳴り響く。
「負傷者を見捨てるな!全員で脱出するぞ!」
車長は第1小隊の小隊長、喜久川二尉だった。他の車輛も酒本達の目の前に現れる。
「車輛で脱出しろ!」
「急げ!」
自衛官達は車輛に飛び込むように乗り込む。酒本も高機動車の後部に負傷した三曹を放り込みながら乗り込んだ。
「大丈夫ですか!」
「早くこいつを診てくれ」
息も絶え絶え酒本はそう言いながら後部ドアから足を投げ出して座ると19式小銃を構える。どうせドアを閉めたところで防弾性能など発揮しない。
池城三曹は幸いにして急所を外れた上、綺麗に貫通していた。防弾チョッキに取り付けていた弾納に入っていた空の弾倉が弾の威力を削ったらしい。
その時、爆発音が響き渡った。高機動車が急ブレーキを踏む。
「なんだ!?」
酒本が前を見ると、駐屯地内に突入した中国軍の歩兵戦闘車がぴたりとこちらに機関砲の砲身を向けていた。
『武器を捨てて、降伏しなさい』
訛りのある日本語がスピーカーから流れた。隊員達は身じろぎ一つ出来ず、歩兵戦闘車を見つめていた。周囲には中国兵達が展開し、包囲しようとしている。酒本は後ろに視線を向けて息を呑んだ。96式装輪装甲車が破壊されて炎上していた。投げ出されたらしい喜久川二尉の上半身が茂みに突っ込んで煙を上げている。
酒本はその光景に思考が停止する。部下たちの呼びかけも耳に入らなかった。




