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宮古島
宮古島分屯基地
8 September.2021
沖縄本島から南西に約二百九十キロ離れた先島諸島、宮古島。沖縄本島と宮古島の間の宮古海峡は排他的経済水域にあり、東シナ海と太平洋を隔てる要衝である。なかでも西太平洋への進出を目指す中国海軍にとって、宮古海峡は最短で太平洋に進出できる出口として重要視しているとされ、宮古島を含む境界線上の島々は第一列島線と表現され、海洋戦略上重要な概念になっている。近年の中国は海洋利権拡張のために、尖閣諸島や南沙諸島、西沙諸島といった離島の領有権を主張し、これらを軍事的、政治的な圧力によって取得しようという姿勢をあらわにしていた。
ここ宮古島には航空自衛軍南西航空警戒管制隊第53警戒隊が配置され、防空監視所においてJ/FPS‐7固定式警戒管制レーダーを運用していた。
その第53警戒隊のレーダー・オペレーション・ルームに就く松木三等空曹はレーダースクリーンを監視していた。最新のJ/FPS‐7は回転式のレーダーではなく、常に全周をカバーする三面のフェーズド・アレイ・レーダーなので掃引することはない。松木はこの回転しないレーダーに、未だに違和感がある。
台湾への恫喝を目的とする中国の弾道ミサイル発射以降、南西方面に対する監視は陸海空両面で一層強化されていた。この宮古島分屯基地にも第五高射群の地対空ミサイルが沖縄本島から輸送され、有事に備える“訓練”が行われている。
台風以降も中国と台湾は活発に航空機を飛ばし、緊張状態が続いていた。自衛軍もそれに対応して警戒態勢を強め、航空自衛軍もデフコン4を維持している。
松木はすっかり冷めた薄いコーヒーをすすった。あまりの不味さにかえって目が覚めた。腕時計にばかり目が行く。日にちが変わり三時間が立ってからもう何度目になるか分からないが、松木は腕時計にちらりと視線を向けた。その時、警告音が鳴った。
「国籍不明機です!」
松木は素早くレーダースクリーンに目を走らせ、叫んだ。レーダー波の周波数を変更してサーチビームからトラッキングビームに切り換え、目標の詳細なデータを取得しつつ二次レーダーを見た。航空交通管制自動応答装置及び敵味方識別トランスポンダが質問信号を発信するが、応答はなし。その間にも瞬時に国内、米軍、台湾軍のフライトプランと照合され、横田の航空自衛軍総隊司令部及び防衛省のコンピュータで解析される。
監督幹部の二等空尉が駆け寄り、松木のレーダースクリーンを覗いた。
「該当するフライトなし」
松木はレーダースクリーンを見ながらトラッキングで得た解析結果を二尉に告げた。
「これは……」
二尉は呻いた。レーダースクリーンにはそれぞれ十個の輝点で編成された二個編隊が映っていた。両編隊は与那国島と台湾本島の間の東シナ海海上を、もう一つの編隊は尖閣諸島方面へと向かっている。松木も息を呑んだ。
「攻撃……?」
「まさか、あり得ない」しかし二尉もその発言に自信はなかった。
「南西航空方面隊作戦指揮所、西部航空方面隊SOC、スクランブル命令。要撃機、上がります!」
別のコンソールを前にする二等空曹が声を張り上げる。各方面隊の嘉手納基地、築城基地、新田原基地から二機ずつ要撃機がスクランブル発進した。要撃機は一路対象機への最短ルートを取って飛んでいく。
要撃発進は領空に侵入されてからでは間に合わない。そのため各国は領空の外側に防空識別圏(Air Defense Identification Zone)を設けており、この空域を通過する際は飛行計画を事前に当該国に提出し、自機の位置を申告しなくてはならない。ここでスクランブルがかかるのだ。
もっともADIZに侵入する前から機はレーダーで捕捉されており、接近する兆候のある不審な機があれば事前にスクランブルを飛ばすこともあった。
松木三曹はこのレーダーサイトに対レーダーミサイルが飛んでくることを想像してレーダースクリーンから目を離せなかった。
東シナ海、排他的経済水域内
航空護衛艦《きい》
8 September.2021
護衛艦が一マイルずつ距離を置き、円を書くような輪形陣の隊形を組んでいる。その中心には全通型の飛行甲板を有する護衛艦が二隻いた。
一隻はひゅうが型|ヘリコプター搭載護衛艦《DDH》の《いせ》だった。その飛行甲板上にはホワイトグレーに塗装されたSH‐60K対潜哨戒ヘリコプターとMCH‐101掃海輸送ヘリコプターが並んでいる。そしてその《いせ》の航跡を辿る様にして進んでいるのは、きい型航空機搭載護衛艦一番艦の《きい》だった。
《きい》の飛行甲板上にはF‐18EJ戦闘機とE‐2D早期警戒機が翼を畳んで駐機されている。
《きい》が建造される以前に生まれた、海上自衛隊初の全通型飛行甲板を採用したひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦の登場は海上自衛隊にとって革新的な存在となった。一見して空母と見紛う全通型飛行甲板の採用は世論の反発を懸念して長年見送られてきたが、このひゅうが型はそれらの反発を押し切ってまで、ヘリコプターの同時運用能力を強化されたヘリ搭載護衛艦だった。
全通甲板等の設備により、航空機の運用性が向上していることから、艦載用に設計されていない陸上自衛隊機や、消防防災ヘリコプター等民間機の離着艦も可能であり、集中治療室や手術室などの医療設備を持っている。また物資輸送能力や補給艦としての能力も持ち、近年のマルチハザード化とグローバル化に伴う世界的にニーズが増大しつつある戦争以外の軍事作戦においても、ひゅうが型は大規模自然災害における人道支援任務にも能力を発揮した。
さらに陸海空三自衛隊が採用したV‐22Jオスプレイ多用途輸送機を運用するプラットホームとして機能したことにより、陸上自衛隊との統合作戦にも適応し、またその特徴から垂直離着陸機などの固定翼機運用も検討された。
やがて緊迫する情勢と在日米軍の撤退により元々自衛隊が抱える軍事組織としての致命的欠陥が露呈した。憲法改正と自衛隊を自衛軍に増強改変すると共に、これまでの、自衛隊と米軍それぞれの機能の相互補完によって完結していた軍事機能を補完し、自衛軍独力による完結を目指した結果、固定翼要撃機の艦載運用が決定。ひゅうが型運用の経験からこのきい型航空機搭載護衛艦の建造が決定した。
航空機搭載護衛艦は陸上の基地から離隔した島嶼部を守るため、沿岸海域での警戒監視任務と大規模災害時の捜索救難の中核艦として位置づけられ、世界でもトップクラスの航空機運用能力を備えたが、一方でその能力を大きく制限された。改編増強されても元々人員に余裕のない海上自衛軍は空護に多くの人員を取られることを懸念し、最小限の規模に収め、省力化を図ってコスト削減を目指した。最新の電磁式カタパルト二基を装備し、航空自衛軍の戦闘機飛行隊一個プラスアルファの機体を搭載する能力を有する。
この《きい》が進水した時には国の内外から大きな反発が起きた。バッシングを受けた当時の内閣は退陣にまで追い込まれたが、それでもきい型の二番艦建造の予算は即座に降りた。
その《きい》艦橋。艦長の土方一等海佐と第二護衛隊群司令の戸倉准海将は飛行甲板を見下ろせるこの艦橋で自衛艦隊司令部より送られてきた任務の内容を見ていた。
《きい》以下、第二護衛隊群はひゅうが型|ヘリコプター搭載護衛艦《DDH》《いせ》と合流。東シナ海海上で艦隊防空訓練を行えとの内容だった。
敵の想定は戦闘機や駆逐艦、潜水艦、さらには日本本土を狙う弾道ミサイル対処も含まれる。これはまるで……
「訓練の名ばかり借りた対処行動ですね」
土方は呟いた。土方は一般大を出て幹部候補生として自衛軍に入隊し、過去にはヘリコプター搭載艦の副長やイージス艦での勤務を経験していた。結婚しており、長男はすでに海上自衛官となっている。
「破壊措置命令も出ていない状況だ。上としては火に油を注ぐような真似は避けたいのだろう」
戸倉と土方は幹部候補生学校――自衛軍の海軍士官学校において師弟関係にあった。
「日中関係はすでに最悪です。今さらこちらが配慮したところで中国が自制するとは思えません。我々はむしろ――」
「艦長!」
当直士官が土方の言葉を遮る様に声を張った。
「東シナ海、尖閣諸島方面に向かう戦闘機と思われる機影多数。《きい》艦載部隊にアラート待機要請です」
「分かった。CICへ行く」
「艦長、下りられます!」
当直士官が怒鳴る。土方もまた戸倉が続いた。
「また挑発ですか」
「あの国ほど自己中心的に振舞えるようになれれば我が国も良いんだがね」
「艦長、入られます!」
《きい》戦闘情報指揮所は旗艦用司令部作戦室と隣接しており、立入は制限されていた。ひゅうが型ヘリ搭載護衛艦のCICよりもさらに拡充され、艦上航空隊の運用能力が与えられた《きい》のCICには航空自衛軍の隊員も混在している。その中を土方は進み、データリンクシステムで送られてくる情報が表示されたメインディスプレイを見上げた。
先島諸島が中央になった地図に各レーダーサイト、早期警戒管制機が探知する航空目標が表示されている。中国沿岸部の空軍基地を飛び立った数機編隊が東シナ海を南と東に分かれて同時に進んでいる。東に針路を取る編隊も与那国島付近を南下する編隊も日本の防空識別圏に侵入していた。
「嘉手納の要撃機、会敵まで十分。国籍不明機十機、高度一万五千フィート、速度620ノット、なお南下中」
「十機か。嘉手納のFIでは足りなくなるぞ」
オペレーターの声を聞きながら土方はむすっとした表情で|多機能大型ディスプレイ《LSD》を睨んでいた。
「南西航空方面隊SOCより要撃発進命令!フリント01、02、スクランブル!」
CIC内の空自の管制要員が怒鳴る。アラート待機命令で機上にて待機していたパイロットたちの乗るF‐18EJがスクランブル発進する。艦首カタパルトとアングルドデッキのカタパルトより次々に二機が射出された。
「フリント01、02、発艦在空!」
「戦闘空中哨戒も回せ」
「CAPグループ2、残燃料帰投限界量。グループ3を回します」
航空護衛艦の直掩として第二護衛隊群の防空ラインを飛ぶCAP機にはアンノウンを追尾できるだけの燃料は残されておらず、交代機が急遽、スクランブル発進したアラート機の援護のために発進した。
「情報部より入電。寧波舟山基地、厦門基地、上海基地、大榭島基地から複数の艦艇が同時に出港したとの情報が入っています」
「まさか、始まったのか?」
砲雷長が呟く。最悪のケースがCICのクルーたちの頭に過った。
甘かったか……?
土方は中国が日本を攻撃することなどあり得ないと高を括っていた。大国同士の戦争は不利益しか生まない。尖閣諸島も正直、戦争をしてまで中国が手に入れる価値のある島だとは思っていなかった。
ことの成り行きを土方は半ば呆然と見守っていた。




