act2-3
太平洋
K空域
6 September.2021
笠原は黒江と二機編隊を組み、対抗機を探していた。対抗役がなかなか見つからない。しかし焦りはなく、落ち着いていた。
この訓練は対領空侵犯措置というシチュエーションで敵機の攻撃を受けてから反撃に移るというものだ。しかしいつどこで敵機が仕掛けてくるかは分からずお互い張り詰めた空気の中で息を潜めるように見張っていた。
『シャドウ、IRSTに反応、五時方向だ』
黒江からの無線と同時に笠原機の電子光学照準システムの赤外線捜索追尾装置が目標を捉え、ヘルメット装着式表示装置にその方向が表示される。笠原はつられるようにして翼を傾けて傾斜を取りながら五時方向を見る。雲の切れ間から太平洋の深いダークブルーの海が見えた。その雲を背景に黒い点が五時方向下方から急速に迫りつつあった。
「ファル、来たぞ。敵機、五時方向、下方。交戦」
笠原は無線に吹き込みながら操縦桿とスロットルから手を放さずに素早く操作し、レーダーに目標を追尾させ、兵装選択装置でFOX2を選択する。
『ファル、エンゲージ』
黒江が宣言した時、レーダー警報装置が対抗機から追跡レーダー波を捉え、耳元で警報が鳴り響く。機上電子戦妨害装置が同時に妨害を開始した。対抗機もこちらを追尾し始めている。
「回避急旋回!」
笠原が怒鳴り、二機は急旋回して対抗機を振り切るための機動に入った。笠原はスロットルの赤外線デコイ投射ボタンを押しながらバンクをかけて大G旋回する。視界が一転した。血が足に下がるのを防ぐためにGスーツが体を絞め上げる。放たれたフレアはマグネシウムを燃やし、敵のIRセンサーや赤外線誘導ミサイルのシーカーを惑わす囮の熱源となった。
『シャドウ、二機食いついてる』
黒江の警告を聞き、笠原は九十度バンクをとってブレイクを続けながら後方を確認した。ぴったり二機編隊が迫っている。思わず心の中で唸りたくなった。
「ファル」笠原は体に力を込め、Gに耐える。「インメルマンターンを仕掛ける。そのタイミングで反撃だ」
『ラジャー』
黒江の短い返事を聞く前に笠原は左右へ不規則にブレイクし、敵が後ろを押さえるのを阻止する。
しかし二機を相手にするのは難しい。後ろを振り返りながらブレイクした笠原は頭を押さえつけられる前にインメルマンターンに移る。相手の軸に割り込むように上方へ宙返りする。ループの頂点でループをやめ、機体を捻って背面飛行から水平に戻すと機首方位は百八十度反転している。
インメルマンターンが決まり、Gに締め付けられた体が解放され、笠原は荒い息で振り返る。追ってきた二機のうち一機に黒江が食いついた。すぐさま僚機が援護に移ろうとするが、笠原は急減速させながらGに耐えて機首を無理矢理巡らせ、その僚機に反撃を開始する。
笠原が追っているのは須崎機だった。強烈なGに耐えつつ操縦桿を懸命に捻り、逃げる須崎を追う。須崎がフレアを放ちながら横滑りし、ブレイクする。
JHMCSバイザーに表示されるTDボックスを常に視界に捉えながら狙う。須崎がさらにフレアを放ち、上方へブレイクしたかと思うと急減速して迫ってきた。咄嗟にブレイクし、二人はシザーズ機動に入った。
シザーズとは互いに相手の背後を捉えようとしてブレイクによる蛇行を繰り返すことだ。笠原が背後を占位しようとすると須崎は逃げる。
AAM‐5Bは背後からでなくともレーダーでロックオンし、発射が可能だ。しかし有効で確実なミサイル発射ポジションは古今東西変わらず、背後だ。笠原は高度を上げて減速し、須崎を前に出そうとするが、須崎も減速してきた。
「なろっ……」
笠原は呻きながら急上昇する。速度が位置エネルギーに変わり、笠原は須崎機に向かって機首を向ける。JHMCSにはっきりと捉えた須崎機を囲むTDボックスを追い、バンクをかけて捉え続けようとする。レーダーと赤外線画像誘導ミサイルのシーカーでロックオンする前に須崎はブレイクする。
『FOX2、FOX2!』
黒江がIIRミサイル発射をコールした。和泉は撃墜だ。
勝負は見えたな。
笠原がそう思った時、須崎機が目の前に迫ってきた。咄嗟に操縦桿を倒す。
オーバーシュート──敵機の前に出てしまった。形勢逆転だ。
「ファル、後ろを取られた。援護を頼む」
笠原は早口で無線に吹き込みながらブレイクする。須崎はぴったりと追ってきた。再びフレアを放ちながら左に急旋回。大Gが身体を座席に押し付け、Gスーツが身体を締め付ける。須崎から目を離さずに操縦桿を倒し続ける。須崎はぴったりと笠原についてきていた。
レーダーに追尾されていることを知らせる警告音と過荷重警報システムのアラームが耳元で鳴り響き、大変耳障りだった。
右に行くと見せかけて左に旋回する。一瞬、反応の遅れた須崎を背後に感じた笠原はスプリットSをする。インメルマンターンの逆で下方へのループの底点で機体をレベルに戻すことで降下反転する戦技だ。再び強烈なGで笠原は視界がぼやけるが、構わずスプリットS直後にブレイクする。
黒江の援護で須崎が一度離脱して態勢を立て直そうとしている。笠原は機体を水平に戻すと再び須崎を追撃した。
「ファル、頭を押さえる」
『頼む』
笠原は須崎の上方背後から追い、須崎の動きを押さえる。黒江が今度は須崎の後ろを狙った。
二機がもつれ合い、互いに尻尾を追い合う犬のような状況になる。須崎には連続の大G旋回の過酷なドッグファイトだ。
決してお互い譲らない。何周も須崎を追い続け、笠原は黒江と連携して須崎の逃げ場を狭めていく。
黒江はもう須崎に対し、ミサイルが使用できないミニマムレンジに入っていた。内側から黒江が攻め、その外側から笠原が食らいつく。須崎のパワーが失われつつあった。なんとか逃げようと須崎が旋回半径を狭め、一気に急降下に転じた。
すかさず笠原はそれを追って機体に九十度のバンクを掛けるとラダーペダルを蹴りつけて逆落としのようにダイブする。
高度が速度に変わり、一気に機体は加速していき、速度計の数値が跳ね上がり、高度計も目まぐるしくその数値を下げる。
背中から落ちていくような格好のF‐18がレーダーの視野内から離れようとしている。笠原は咄嗟にレーダーとミサイルシーカーのリンクをオーバーライドして解除し、JHMCSによる非砲口照準で狙う。
AAM‐5Bのシーカーが須崎機を追尾し、シーカートーンが鳴る。シーカーヘッドシンボルがTDボックスに重なり、赤く染まった。
「FOX2!」
笠原は高らかに声を張り上げた。撃墜された須崎はGを緩め、水平飛行に移る。
『シーウルフ編隊、ミッション・コンプリート、RTB』
地上のコントロールから通信が入った。訓練は終了だ。笠原もようやく息を吐きながら機体を水平に戻した。
「ラジャー、シーウルフ11、RTB」
『ツー』
須崎と離脱していた和泉も合流する。黒江機もすぐに笠原の横について編隊を組む。黒江機を振り返るとキャノピーの奥でバイザーを額の位置に上げた黒江がこちらを見てサムアップしていた。笠原もサムアップを返す。二人で協力して自分たちよりも飛行時間の長い先輩たちを撃墜した。笠原はようやく息をつきながら締まりのない顔になるのを実感していた。




