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act1-7

台湾

花蓮県

28 August.2021



 台風十九号は猛威を奮い、日本以外の各地にもその爪痕を残していった。


 特に台湾では土砂崩れや河川の氾濫、高潮による浸水など甚大な被害が発生し、多数の死傷者と行方不明者が出ていた。日本は直ちに国際緊急援助隊を派遣。国際消防救助隊が航空自衛軍の輸送機で世界でも最初に台湾入りし、救難活動を実施した。防衛省はさらに護衛艦《ひゅうが》と輸送艦《あきつ》及び陸上自衛軍の第十四旅団及び第四師団の一部部隊を派遣。その他、世界各地からも災害対策チームと救援部隊が派遣され、続々と台湾入りしていた。


 その中でも花蓮県は台風に伴う高潮により市街地が冠水、さらには土砂災害も併発し、大勢の人々が孤立して取り残されていた。今日もまたこの花蓮県沿岸部に展開した陸上自衛軍第十四旅団と水陸機動団の一部部隊による救助が続けられ、千名からなる人々が救出され、安全地域へ後送されていた。


『現状で身の危険のない方はその場に留まってください。救助を要する方を優先します』


 水没した街の中を台湾語での呼びかけを行いながら水陸機動団戦闘上陸大隊の水陸両用車がウォータージェット推進で進む。三名の乗員の他、二十五名の人員を輸送可能な水陸両用車は、その装甲車たる頑丈な車体を活かして、水没した街の中を漂っている車や瓦礫を蹴散らし、後ろから続く戦闘強襲偵察用舟艇(CRRC)と呼ばれる十人乗りのラバー製ボートの道を切り開いていた。


 水陸両用車の兵員室の天井ハッチは開け放たれ、自衛官達が身を乗り出して孤立者を捜索し、発見された孤立者を収容していた。


 またその頭上には西部方面ヘリコプター隊のUH‐1Y多用途ヘリが飛び、ホイスト降下によって孤立している人々を吊り上げて救助している。


 冠水していない幹線道路では台湾軍と自衛軍の車輛が列をなして走り、避難所に物資を輸送していた。


 その救助任務に当たった水陸機動団第3水陸機動連隊に所属する古森将大一等陸尉は、被災者を載せた73式大型トラックの車列を伴って陸上自衛軍が宿営地としている県の運動競技場へと高機動車で戻って来た。


 野球グラウンドやサッカーグラウンドなどが複数ある近代的な運動競技場は今や軍事施設だ。迷彩服を着た自衛官や台湾軍の兵士達、そして消防士や警察官が世話しなく動き回り、ヘリポートに指定されたコートには昼夜を問わず、ひっきりなしにヘリコプターが離着陸を繰り返していた。


 今この瞬間も濃緑色の迷彩が施され、ヘリテレことヘリコプター映像伝送装置を装備した西部方面航空隊のOH‐72観測ヘリが着陸し、救助された人々が降りてくる。その中から担架に乗せられた老人がヘリポート脇に控えている救護車(アンビ)に運び込まれ、速やかに後方の病院へと移送された。


 台風一過の晴れ模様はすぐに曇り空に代わり、再び雨が降っている。台湾の軍や消防、警察などは土砂災害の被害が大きい地域に展開していて、この花蓮県の沿岸地域はほぼ自衛軍に割り当てられた地域となっていた。


 台湾は古くからの良き隣人であり、友人であると、大河原総理は世界でも真っ先に支援を表明した。実際、東日本大震災では台湾は官民ともに世界でも最大級の支援を日本に行っており、今現在も強い関係を築きつつある。日本が大規模な支援に当たっているのは、それだけ台湾政府からの信頼が大きいことを意味していた。


 泥まみれになって交代してきた台湾軍の徒歩小隊が古森の乗る高機動車とすれ違う。三十人ほどの兵士達の指揮官が敬礼をして横を通り過ぎていった。古森は答礼しながら彼らとの間に醸成されている信頼関係に頼もしさを感じた。


 まだこの任務が始まって三日だが、台湾軍と共同でこの困難に立ち向かい、お互いがお互いを尊重し、助け合っていた。この台風被害は不幸だが、日本と台湾との信頼関係が現場レベルでも築かれているのは、幸いというべきだろう。


 高機動車が止まり、古森は降りる。コンクリートの壁に囲まれた階段を登ると何面ものテニスコートが広がり、その奥の体育館前に連隊の指揮所があった。アメリカ陸軍軽歩兵に装甲、火力、戦術機動力を与える存在となったストライカー装甲車と同様のコンセプトの下に開発された18式装輪装甲車の通信指揮車型である、空路で運ばれた18式指揮通信車二輛に連結した業務用天幕を併設した指揮所は今も多くの隊員たちが行き交い、張られた地図の情報が更新されていた。


 スタジアムや体育館などの屋内設備は病院や住民の避難施設となっているため、自衛軍は天幕に宿営して任務に当たっている。


 古森は泥に汚れた作業服姿のまま天幕の中へと進んだ。


「第1中隊、帰隊しました。人員装備、異状ありません」


 古森が報告した先にいたのは第3機動連隊の連隊長、加久藤貞彦二佐だった。すでに四十後半だが、引き締まった固太りの体格の加久藤は柔道をやっていた時に潰れた耳を未だに治していない。だが、その凄みのある風貌がまたこの連隊の長らしさを出していた。


「ご苦労。疲れているだろうが、装備の整備・点検を実施させ、明日の任務に備えよ」


「了解です」


 古森が去ろうとすると加久藤は情報収集用に設置されたテレビの方へ眼をむけて顎でしゃくった。画面にはニュース映像が流れている。


「なんです?」


「中国が大規模な軍を救援目的という名目で台湾に派遣しようとしているらしい。それを台湾政府は拒否したが、中国は台湾を自国内だと主張して圧力をかけているそうだ」


「こんな時に……」


 自分達は汗水を流し、泥に浸かり、人々を助けようとしていた。善意で行われるべき支援の手も中国には外交手段でしかない。


「さらには日本の自衛軍派遣にも言及している。日本は救援活動を名目に台湾の実効支配を取り戻そうとしている……笑いも起きんな、ここまでくると」


 鼻で笑い捨てた加久藤はそれでもテレビ画面を睨んでいた。


「国内世論はなんと?」


「自衛軍派遣はアジア諸国に不安を煽り、さらなる軍備増強の口実となるだとさ。一体どこの国のメディアなんだか」


 ちょうどテレビでは自衛軍の大規模派遣に反対するデモが報じられていた。憲法九条が改正される以前は改正反対だった連中は、改悪憲法を元に戻せと憲法改正、自衛軍反対を叫んでいる。


「今、人の生き死にがかかっているのに能天気ですね」


「無知でいられることもまた幸せだ……。作戦会議(MM)は1900だ。それまでそれほど時間もないが、休んでくれ」


「了解です」


 古森は天幕を出ると中隊に戻る。中隊の天幕地域は駐車場地域(パーク)のすぐ横で、パークには第3連隊の車輛だけでなく、戦闘上陸大隊の水陸両用車四輛も並んでいた。


 隊員達は言われなくてもすでに装備を手入れし、明日の任務に備えていた。


 救助作業に使われている車両は泥にまみれ、元のOD色の車体が泥色に変わっていた。しかしそれでも全車がフロント部分で水平直角に揃えられて整頓されて駐車されていた。これが出来るからこの組織は強い、と古森は改めて思う。


 隊員達は疲れているが、それでもやるべきことをやり、基本を忠実にこなしている。さすがは精鋭だと毎回思う。


 自衛隊が自衛軍へと増強改変されると共に、海兵隊的機能を持つ部隊として西部方面隊直轄の西部方面普通科連隊を基幹に新編された水陸機動団は、陸上自衛軍の中では第一空挺団に並ぶ精鋭部隊として知られている。第一空挺団の隊員が必須である基本降下課程教育を受けるのと同様に、水陸機動団の隊員は水陸両用基本課程教育を経ており、さらには陸曹以上の隊員は全員が特殊な戦闘や偵察、潜入、遊撃、爆破などの技術を身につける言語を絶するとまで言われるほど過酷なレンジャー課程と呼ばれる教育を経てレンジャー資格を得ている。不屈の精神を持った者たちで編成された部隊なのだ。


 彼らは本来の任務外である災害派遣任務でも己の仕事に決して手を抜かない。


「中隊長」


 中隊の先任上級曹長准尉の小野准尉が声をかけてきた。小野は小柄で大人しい雰囲気の四十過ぎの古参だが、左胸に縫い付けられた格闘指導官徽章とレンジャー徽章が物語る通り、屈強な隊員であり、古森が水陸機動団で受けた幹部レンジャー課程の教官だった男で、今でも古森は小野には逆らえなかった。階級以上の上下関係があるのだ。


「ボートの船外機が一基、調子が悪いです。後方支援隊(こうしたい)に見てもらいます」


「分かった。早めに持って行ってやってくれ」


 後方支援隊は昼夜を問わず、主力をバックアップするべく動き続けていた。


「了解」


 他の隊員も燃料を運んだり、高機動車の車体下部からホースを突っ込んで泥を掻き出し、タイヤに異物が刺さっていないか入念にチェックしている。彼らは誰にも評価されない仕事だろうが、黙々とやる。誰かがやらねばならない仕事だから。


 実戦でもそうできるのだろうかとふと古森は思った。実戦でも黙々と、死の恐怖に耐え、自分の命令を聞いて戦ってくれるのだろうかと。日本が戦争をしないことを前提に自衛官となる若者も最近は多い。自衛官になるのに、銃を持つことに嫌悪感を覚える者もいる。そんな者達でも採用しなくては自衛軍としての態勢を維持することが出来ないのが現状だ。


 だが、自分の部下たちはきっと国とそこに暮らす人々の営みを守るために戦うだろう。頼もしい部下たちを持ったと古森は思う。


 この災害で疲弊した台湾を中国は今も虎視眈々と狙っている。中国という不気味な存在が、古森に実戦というものを意識させていた。




OH-72は川崎のBK117D2をベースとした観測ヘリという設定です。

OH-6Dの後継として採用され、練習ヘリコプターとしても使用されています。その他、緊急患者輸送や、近接航空支援、強襲など多用途な運用も可能です。また索敵サイト、もしくはヘリテレを装備可能で、海自でもTH-72練習ヘリとして採用されている設定です。


 拙作ではUH-1Jの後継はUH-1Yヴェノムのライセンス生産となっています。オンボードの装備品は必要に応じて搭載すること、またAH-1Zの採用によって機体単価と運用コストを抑えているという設定です。国際派遣時や陸海空統合運用で護衛艦等の艦艇での運用も想定されているため、UH-1Yとなりました。


 オスプレイも陸海空採用しているし、MH-60Sの日本版たるSH-60Kの派生型も採用し、UH-60JAまでオンボード機材を後付けする廉価版を持って増強していて、空母とその艦載機部隊4個飛行隊まで持っている?今さら予算は気にしないでください。


本作品はフィクションです。実在の個人・団体・組織・事件等は一切関係ありません。(都合のいい言葉)

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