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宿木  作者: 山口ゆり
Just the two of us :::3rd season:::
12/16

ろまんす(1)

やべ、熱あるかもな……。


急遽日本に帰ってきたことを誰も知らない。あいつも。

それでもふらつく足で向かうのはあいつのところしかないのが笑える。1人、力なく笑ってみる。

結構しんどい。

こんな風に頭がぼうっとするのは中学以来だなんて思いながら辿り着いたアパートの前で立ち止まり、2階にあるあいつの部屋の窓を見上げた。電気がついていない。

……まだ帰ってないのか。

まぁいいや、とりあえず待ってればそのうち帰ってくるだろ。

そしてドアの前に座り込むと、俺は意識を手放した。



「ちょっと上原、上原っ」


どれくらいそうしていたのだろう。遠く彼方であいつの声が聞こえた。

軽く揺さぶられて目を開ける。


「……萌」

「何してるのよ、風邪ひくよ……って、え、すごい熱……!!」

「あーそうかも……」

「そうかもじゃないっ、とにかく入ってっ。入れる?大丈夫?」

「……ああ」


部屋に入って布団を借りて横になると、だいぶいい。


……そうだ、前もこんなことがあったな。

うとうとしながら夢を見る。

風邪ひいて熱出して、でも試合が近くて誰にも気付かれないように部活に出たあの日、こいつだけが異変に気付いたんだった。



「ちょっと上原っ」


突然手首を掴まれて、ぼうっとしていたから驚いた。


「……何だよ」

「やっぱり」

「はぁ?」

「あんた、すごい熱ある」


こいつは真っ直ぐな瞳で俺を見据えていた。

見つめ返したら、その姿がわずかに歪んだ。

そして気付いたら俺は、保健室の布団に寝かされていた。額には濡れタオル。

横には萌が座っていた。

俺が目を覚ましたことに気付くと心なしか安心したようなかすかな笑顔を見せた。


「あ、気がついた?」

「俺、」

「あんた倒れたのよ。体育館で」

「……」

「中田くんにお礼言ってね。ここまで運んでくれたんだから」

「あいつは……?」

「部活戻った」

「あ、そ……」

「でもビックリしてたよ。いきなり倒れるから」


そうやってにこ、と笑う。

こういうとき俺はいつも分かってねぇなーと心の中で舌打ちする。

こいつのことだ、誰にでも簡単にそんな顔見せてるんだろうから。

特定できない誰かに向かっていらついたりする。バカみてぇ。


「案外ひ弱なのね」


タオルを洗いながら萌が笑う。とても楽しそうに。


「学校1のアイドルも形無しってやつだわ」


あはは、と。

ここぞとばかりに俺をからかって楽しんでいるつもりなんだろうか。


「……なぁ」

「ん?」


さぁーっと緩やかな風がカーテンを揺らす。萌は何の気なしに振り向いた。

その顔はまるでリスみたいだ、と思った。

この時が、永遠だったらいいなって、ぼうっとした頭で感じていた。

普通にこいつがそばにいる、そんな日常。


「何でお前気が付いたんだ?俺が熱あること」

「……え?」


その顔がみるみるうちに赤くなってゆく。

うわ、真っ赤。


「え……っと、別に気が付いたっていうか、その……」


その口調が一気にたどたどしくなる。

俺はしどろもどろになる萌をじーっと見つめた。

普段強がりばかりのこいつのこんな姿にお目にかかれる日はそう多くない。


「ど、どうしてだっていいじゃないっ!と、とにかくもう見ないでよっ」


やべぇ。顔を背ける萌に思わず笑みが零れる。


「俺のこと見てたの?」

「見てないっ!」

「気付いたってことは見てたんだろ?」

「見てないってばっ」

「じゃあどうして気付いたんだよ」

「あーもううるさーい!いいじゃないそんなのどうだってっ!……私帰るっ」

「待てよ、」


逃げようとしたその手を掴んで離さない。

いくら身体がだるくて力があまり入らないとは言え、手を振り切られるほどではなかった。


「……痛い」

「あ、わり……」


そっと手を放す。

萌は自由だったほうの手で掴まれていたほうの手首をやんわりと触る。

顔を見上げると少し涙目になっているので驚いた。

そんなに強く握り締め過ぎたんだろうか。内心ちょっと焦った。


「……バカ」

「へ?」

「上原のバカ」


俯いたままそう言われた。


「そんなに痛かったか?それだったらわりぃ」

「心配したんだからねっ」

「は?」

「目の前で倒れて熱も高かったから心配したのにこんなに元気なんて詐欺だよ!」

「……」


勢い付いて頬が高潮して、目が俺を捉えられないまま彷徨っている。

お前こそ詐欺だろ、と思った。

何でそんなに俺が本調子じゃないときに限って素直なわけ。これ演技だろ、もしそうだったら相当な女優になれるぞ。

そう思ったら何だか俺まで恥ずかしくなった。

幸いにもそれは見られていなかったが、慌ててそっぽを向いた。

そして、やりたいようにやっているつもりで結局はこいつに振り回されているのか、と妙に納得した。



気が付くと俺の布団に片手を置いたまま萌は座り込んで寝ていた。

額にはいつかのように置かれた濡れタオル。

俺はゆっくりと起き上がってその寝顔に見入る。

こいつと一緒にいたい。

ふとそう思った。

ふと?……いや、もうずっと長いことそう思い続けてきたんだ、あの時もきっと。


『上原のバカ』


あのときのこいつの声がリフレインする。

……そうだな。俺は大バカだ。

今の俺を思えば、そう思わざるを得ない。

もうこいつなしでやってゆくことが出来ない。

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