火の後始末、一文字足せば人の後始末
自室の窓から差し込む夜明けの光が次の日になったことを知らせてくれている。
ついでに家に国家権力は来なかったのも知らせてくれた。
(ありがとう太陽)
警察は寝坊だろうか。ついついベッドの上でゴロゴロしながら動画を見て、気づいたら就寝時間が大幅にズレて『今の時間が無かったらもう一、二時間は寝れたのに』と寝不足を抱え、次の日は睡眠時間を取り戻すために早く寝ようと決めて、また同じ過ちを積み重ねる。それなら一生捕まらないな。
起きて待っていたせいで無性に眠い、寝るなら教室にしないとサボりになってしまう。ヤドカリみたいに自宅ごと移動できたら楽でいいんだけど。
「ヤドカリの腕に毛がビッシリ生えてるのキモカッコいいよね」
貝殻に住み、成長につれて身体が大きくなり、引っ越しを繰り返す。
海洋ゴミが盛んな現代ではゴミを宿にしたヤドカリが増えていて空き缶ヤドカリなどが近年は生息してて可愛想。
可愛いと可哀想のハイブリッド感想、俺はそんな気持ちを太陽に向けるが眩しかった。
▽
明日から休日だと思うと特別に聞こえる金曜日の放課後チャイムが鳴り響いた。
精神状態で音が歪に聞こえるのは素敵な事と仮定する。
眠くなりながら授業中に書き殴ったノートを持ち歩き、ヤドカリ気分で住処である文芸部の引き戸に手を掛ける。
「昨日はどうも 今日もお会いできて嬉しいです」
どうやら海洋ゴミだったらしい。
一瞬、手の行く先を迷ったが、ここで昨日暴行をした後輩を置いていくのはヤドカリを愛する人に失礼だと思うのでしない。
「よっ」
当たり前のように返事をしながらいつも通り席に着く。
完全に予想していなかった訳ではないが、1パーぐらいは期待してもいいさ。さりとて日常がただ延長したに過ぎないのだから。
「授業中に勉学以外やることが無くて暇だったから、小説書いたんだけど読む?」
いつもの使い古したテーブル越しに対面している後輩に向けてノートをスライドさせる。
エアホッケーのように流したノートを軽くキャッチした後輩が読み始めたので暫し静観。泥濘のような空気を感じつつ待つ。
▽
そして後輩がページを捲り終わり、読み終わったのを見計らい声を投げる。
「どう? 文芸部らしく執筆活動を初めてしてみた」
これで俺も小説家か。
と宣えやしない、一回目で無理なら二回目に行けばいい、そんな簡単なことがどうやら自分には出来ないらしい。
何回目の一回目で。キミになら、最大公約数ね? うんうん。もし小説を捨てることが正解なら、ボクは小説家未満でいい。またしてもチュートリアルが始まる、それも何回目、一回目に決まっているだろう。これで俺も小説家か。
「ノンフィクションですよね、昨日起きた事件簿ですよこれ」
顔見知りなペースで会話が進むことへの安堵と落胆。
後輩の淡々とした事実の提示はニュースキャスターが『人が死んだ』と言うような『日常』の濃縮。
「出所したら出版社に持ち込んで儲けるわ」
獄中出版は特に珍しい事柄ではないが、心証を気にするのなら行動を最小限に留めて目立たない方がいいだろう。
俺は新しい住まいへの思いを反芻し、終え始めた。
「……」
明らかな分かり易いパスを出したつもりだが、日常は溶け落ちそうだ。こちらも安堵と落胆。
「私、警察に連絡しませんでした」
初めて今日 柊貴音に会った
(どうやら名前が在ったらしい)
「頭おかしいのかよ!! あそこまでやられて何もしないって!!! 平然と! いや、顔に大きいガーゼが貼ってあるけど! あと松葉杖もついてるけど!!」
俺は今許されている当たり前だけを吐く。
喉に詰まるような期待と倒錯的なその先へ。来い、来てくれ。
「言いましたよね『殺す』と、逮捕なんてさせませんよ」
悲しくて泣きそうになる程に明瞭になってしまった。
だから生きたくなかったのに、後輩を注視し直す。鞄から鋭利な物が出された、あのスクールバッグから出るところも入るところも見たな。
建物に人が入る瞬間と出ていく瞬間を見ているだけで脳みそが透けてくる。
あれは料理包丁か? 持ち手は水垢と油脂が混じり、頑固な汚れとして黒ずんでいた。
きっと普段から使用している家庭用の万能包丁を急ごしらえに、家から持ち出してきたのだろう。
(わりと料理とかする方なのか? 得意料理とかは在るんだろうか? あっ俺か! 俺が得意料理なんだ!)
「なんで……逃げないんですか」
後輩に躊躇いの色が生まれた、その程度なら来るな。
「えっ? あーそういう感じね、オーケー逃げるね」
気を取り直して空き缶から退出する。今日のテーマはインタープレイに決まり。
日本語だと相互作用、交流、関係。最初からそう言え。そして言わないことに自分らしさを得てしまう。
どれだけ自分らしさを持っていても使い道が無ければただの御荷物。
「ちょっ! 話聞いてくだ、話聞けっ!」
文芸部のドアをカシャンと緩やかに流すように閉めた。
後ろで後輩が喚いていたが、気にしても俺の力では解決できそうにない。
(そしてドアに『も』優しい俺は偉い)
物に当たり、人にストレスをぶつけたりして鬱憤を晴らすのも時にはアリだとは思うよ。とても褒められた行いでは無いけれど、人も物も無ければ自分を傷付けるしかないしね。
(一先ず体育館でいいか)
夏になるとムワムワして嫌な感じになるし、その前にキュッキュッと鳴いている体育館の床を拝みに行こう。
文芸部がある西校舎から体育館へ続く渡り廊下を走る。
(春の陽気と風が心地いいな、体育館は暑いだろうけど)
逃走の果てに幸せを見つけるより、真っ新に罪を償った方が堂々と余生を生きられると思うが、罪を罪と捉えていなければ良心は痛まない。
客観的な罪の行方を追いかけられるほど、誰も他人のために苦しみ続けられない。
(さてと)
後ろを注視すると廊下のかなり後ろの方に、ゴマ粒ほどの人影がヨタヨタと歩いて向かってくる。
松葉杖で機動性が弱体化していて危なっかしい。小さな身体で懸命にグラつきながらも進んでいる姿を見て、彼女の足のテーピングがズレないかとそわそわしてしまう、心配だよ。
そんな気持ちを春風と共に振りほどき、コーナーで差をつけてぶっちぎりながら独走した勢いのまま体育館のドアを開け放つ。
というか開いていたので開ける素振りだけをして入った。体育館のドアが閉め切っている方が珍しい。
「たのもー! 助けてくださーい!! 集団ストーカーに襲われてまーす!」
入って直ぐのエリアで男子バスケ部が練習試合をしているのに、こちらを見向きすらしない、悲しい。
人命より勝ち負けを優先するなんて、これだから体育会系は体育会系なんだ。この体育会系め。
「名前が無い市役所未届キッズに追いかけられてるよー? 誰かー?」
パス回しの掛け声、ボールが床を叩く音、ジャンプシュートからの着地の軋み、そして俺の声、仲間外れが1人だけ居るよ。だーれだ。
「久しぶりにバスケしたくなったんすか?」
試合中のコートラインを跨いで駆け寄ってきてくれたのは子犬系後輩坂下壮太のみか。
放課後の体育館という劣悪環境には滅多に訪れないので、卒業まで会う気がしない彼はかなりどうでもいい存在だ。
でもしょうがない、募集要項が『誰か』だったんだから贅沢は言ってられない。
「今、後輩に得意料理にされそうなんだ」
人が純粋に助けを求めているのに、『バスケがしたくて構ってもらいたくて来た気狂い』と思われているので、正確に状況説明をする。
どれだけのバスケ中毒者と思われてるんだ俺は。
「青春っすね」
風が吹いたら飛んでいくぐらいの軽い言い様だ。
包丁鬼ごっこは果たして青春なんだろうか? 俺が知らないだけで流行っているのなら別に知りたくなかったんだけど。
「じゃあ お前が得意料理になれよ!!!」
坂下のゼッケン、国際的にはビブスと言われているものを掴みながら不服を申し立てる。
国によっては犬を食べるらしいし、丁度いいじゃないか、お前が料理になるんだ。俺の代わりに早く犬になれ。
(犬好き=犬の味が好きパターンも有りえるな……)
猫は食べられるのだろうか? 人が食べられるのは知っている。そう思うとビジネスパートナーは人嫌いなのに人食が好きなのはなんなんだろうか? 今度聞いてみよう。
「伸びちゃいますっすよ」
駄々を捏ねながら国際的を引っ張っていると、『どうどう』と馬を宥めるようにあやされる。きゃっきゃっ。
だが絶対に離さない、俺は口をぷくっーと膨らませながら拗ねた表情を作り、バスケの練習試合を観戦しつつ言葉を吐く。
「いーやーだー! いーかーなーいーでー! あーそーんーでー!」
お父さんに懐いているタイプの子供が、出勤直前まで父親にひっつき虫をして足止めするように粘る。
まぁ当の本人が練習試合に出勤する気がそんなに無さそうだな、止めなくても止まりそう。
急にブームが去った子供のように無の境地に達した俺を部長の……詩音? 苗字は忘れた。が止めに来た。
言うならばお母さん……? ねえ、覚えてる……? 俺だよ俺……母さん……母胎と棺桶では誰も何も覚えていないので母さんは覚えていない。
「貴重な練習時間を潰すな坂下、コートに戻れ」
詩音くんの重低音でハリがあるような声が響く。確かに、せっかくお互いの力が拮抗するようにチーム分けしたのを、一人欠けたことによる弊害で坂下が居たチームは劣勢になっている。
これはチームメイトのためにも是が非でも戻るべきだ。
「そうだぞ坂下戻れ!」
部長の気持ちを汲み取り俺も坂下に声をかける。
いつまでチームメイトを待たせるつもりなんだ。遅れて来るのがカッコいいと思うなよ、最初から真剣に向き合っている方が断然カッコいい。
「先輩が掴んでるんす」
柊が諦めていなければ盾が必要だからな、あとは最強の剣が欲しい。強すぎてダメージに合わせて行動パターンが変わる敵を殴り、挙動がバグり世界ごと処理落ちしてゲームが御臨終するぐらい飛びっきりなブツをくれ。
「西藤、お前には体育館出禁を言い渡した筈だ」
バスケ部の部長にそんな強制力は無いので言っていないのと同義。
だけど俺は詩音くんの味方で在りたいので同調しよう。
「そうだぞ西藤! 言い渡したはずだ!」
発言と共にバスケットのスペアボールが西藤に投げつけられた。部長どころかバスケ部員として失格だと思う、部長を坂下にしろ。
坂下は俺が避けたスペアのボールを拾いに行こうとしている。偉いぞー、よしよし。
もちろん手は離さないし動かさないので拾いに行かせない。
「今、包丁後輩に追いかけられてるから取り押さえてくれない? してくれたらインターハイまで放課後体育館に近寄らないよ! にんにん!」
バスケのインハイは七月末か、八月頭だから約二ヶ月程度なら体育館とバイバイしてもいい。
夏は蒸れていて冬は寒いし。変温動物のクラスメイトが居たならボイコットしてるぜ。
「……はぁ。バレー部と卓球部に話しを通してくる、そこを動くな」
やれやれ気味な溜息と共に詩音くんが体育館を仕切っている防球ネットを潜り、バスケ部が使っているエリアからバレー部のエリアへ行ってきてくれた。
(バチコーン☆)
俺はバレー部に向けて可愛くウインクをしながらお礼を目で念じる。口ほどに目はモノを言うらしいから伝わったと思う。
バレー部が迷惑そうな顔でこちらを見てくるので手も振っとこう、気さくでフレンドリーな雰囲気が演出されたはず。
露骨に周りが『目を合わせるな』『関わると損しかない』『無視しよう』『目が腐る』『死ね』と言ってそうな雰囲気が演出されたが見なかったことにしよう。
あっちも俺の存在を見なかったことにしているのでお互い様。
「顔広いっすね」
坂下に気さくに話しかけられたので、煙たがるような表情を作る。流行ってるらしいから。
「まだ居たんだ」
「あんまり後輩で遊ぶのは辞めた方がいいっすよ、自分は優しいから許せますっすけど!」
軽めに不服そうだが、発言だけは懐が深いのでリリースしてあげよう。
次会う時までに大きくなるんだよ、とそっと国際的から手を放す。
▽
こうして文芸部が運動部に大勢で抑え込まれるという暴行現場が完成した。
傍目から見たら多勢に無勢。皆最低だよ。
「離してください!!! このまま先輩を野放しにしてたら被害者が増えますよ!?」
床に伏せられて、凶器を取り上げられた哀れな文芸部員が大声で叫んでいる。南無。
おっ、目が一点を見つめて、こちらを睨むように俺の目と視線が合わさる。
三回目ぐらいの目邂逅。
「全くの正論だ」
詩音部長が感心して頷きながら俺に『さっさと出てけ』とハンドサインを送ってきた。
言葉でそれを伝えない辺り『お前とはもう喋りたくない』とひしひしとひしひし。
「俺の味方どこ?」
キョロキョロと探すがここには居なそう。
相対的な味方であるユウキと下校する約束をしていた気がするのでさっさと出て行こうか。E=mc²
(今行くからな、待ってろユウキ)
「あとは詩音部長に任せますので!! 適当にしばいて……鍛えてやってください! あざました!」
「二度と立ち入るな」
変わった別れの挨拶を聞き流して体育館を出ようとした時、
「先輩ーー!!! 逃げて恥ずかしくないんですかー!!!!」
柊の断末魔が聞こえてきた。
処刑直前の反逆者みたいだな。
「同じ文芸部として恥ずかしいよ……」
肩を落とし、どことなく『他の部に迷惑をかけて申し訳ない』という表情を作りながら立ち去る。
まさか同じ部員から逮捕者(銃刀法違反)が出るなんて……。
「そういう意味じゃ ありませんよーー!!!!!」
ドアを閉めて渡り廊下に来てもまだ聞こえてくる。
その肺活量なら体育会系に所属した方が個性が活きると思う。あと誰も通報とかしてなさそう。民度民度。
▽
(靴箱にユウキが居ない……待てなかったのか?)
それならそれでいいや、と思いつつ上履きを下駄箱に突っ込み、スニーカーに履き替えた。
靴が隠されていたり、近くのゴミ箱に捨てられてるようなことが有っても良いと思う。誰も近寄ってきてくれない。
学生時代の最大共通コミュニケーションはイジメと仮説していたがそうでもないのか、人は低く浅ましく卑劣であるべきだ。
「お、待った?」
昇降口を抜けて直ぐのとこに見慣れた人影を発見。
へい、と気さくに声をかける。
「あーもう哲也、遅いよぉ」
ここで『今来たところ』と優しい嘘を私に言ってくれないの?
自分も遅刻したけど相手の遅刻を許せないモラハラ彼氏なら『俺が遅刻したのは悪いけど、何お前が遅刻してんだよ』とキレ散らかすよ?
同じ条件で対等にならない、なれない、相手も同じ生き物だといつか気づけるといいが。
同じ生き物だと気づいた上で踏み躙る愉しさも在るから、人は意識高く自尊心と他者への許容を身に付けるべきだ。
「でもサッカー部の練習を見ててー、時間潰してたから気が紛れたよぉ」
ユウキは『ほら』とグラウンドの方に再度顔を向けて『お前との時間はそれ以下にならないことを祈るよ(暗黒微笑)』という意味を込められたい願望は特に無かった。
制服の裾を風に揺らしながら軽く肩をすくめ、ちょっとした午後の雑談に付き合うことにする。
今日も平和だった。宇宙人の一匹や二匹を捕獲して……宇宙『人』なのに単位が匹が似合うのは先入観か? 宇宙匹。やはり宇宙は兎の世界。
「うちのサッカー部、レベル高いもんな」
歩き出したユウキに歩幅を合わせながら便乗するように口を開く、クリスマスなのにこの蒸し暑さどうにかならないか? 異常気象? 異常気性?
「そうだねぇ、僕達文化系には関係ないけどねぇ」
そういえば、こいつも文芸帰宅部か。
部室の場所すら知らなさそうだけど文化系を名乗っていいのか? 文化ってなんだろう……お前ではないことは確か。
「なんかまた問題起こしたんだってぇー? 下級生が引いて噂してたよぉ」
ふむ、知らないところで俺の株がどんどん暴落している。
今が損切りを決意して売り時だ、そもそも買われたことがない。
もうサッカー部に乱入してボールを蹴ってこようかな、目指せエースストライカー。
「俺がただそこに居るだけで何かが起こるらしい」
清廉潔白さながら両手を上げて無実をアピール。
悪魔の証明、魔女裁判よろしく、『じゃない』ことを証明する方が難しい。
「火がないと煙は立たないけどねぇ~」
立つだろ。第一発見者が燃やしちまえばいい。
あとは太陽のせいにしよう、太陽が燃えているんだから火が無い場所なんて無い理論、自然発火も太陽光発火も在り得る。
「春は犯罪が多いらしいからお互いに気をつけようぜ」
火の後始末、一文字足せば人の後始末。
「そうだねぇ~」
もう耳馴染んだ適当な相槌がどことなくアラスカンマラミュート。




