父はドラゴン、母はカーナビ
次の日も懲りずに放課後の文芸部へ向かう。諦めたらそこで関係性が終わるので関係性修復を頑張る健気な俺。
一方、終わったら終わったでまた新しく何かを始めたらいい。トライアンドエラーこそ人生の醍醐味だ、ゴミと付いているのでゴミらしく俺は諦めよう。
文芸部への道を足を逆再生しながら引き返す。
第二の憩いの場、図書室に目的地を変更する。
変更をした途端、機械音声が頭に流れてきてくれてもいい。
(カーナビを作った人は天才だな、俺もカーナビになりたい)
ここで『も』と言うことにより先駆者がまるで居る感じを醸し出す。
ドラゴンと車が交尾するんだからワンチャン産まれたらカーナビの可能性も有る。ワンチャンが生まれたのなら犬。
▽
図書室の扉を読書中の生徒に配慮しながら静かに開けると、独特のひんやりとした空気が静寂を包み込んでいた。
この古臭い木の匂いがもう嗅げないと思うとそれはそれで惜しくないな、図書館に行けばいい。
「もう図書室とお別れまで あと一年も無いと思うと悲しいよ……皆もそう思うよなぁ!?」
独り言が淋しくないように読書中の奴等に邪魔になりそうなボリュームで呟いた。
あくまで主観的な呟きなので問題はない。
ただ、コールアンドレスポンスは死んでいる、俺が殺した。
「なっ」
驚くような声に視線を向けると、手前の長机に見覚えのある人物が反応している。
昨日一緒にクルージングをしたフレンドシップだ。日焼けをしてないなんて偉いじゃないか。
「偶然なんだ! 隠れてお前のスマホにGPSとか入れてないから!!」
本を読みたいと思っている文芸部で同じ学校空間なら、この偶然は必然なのかもしれない。
似てる言葉を並べているだけでそれっぽく聞こえてきて楽しい。職業にしよう。
でもラッパーになる前に後輩に弁論を図る、ストーカー規制法とは友達になれない。だって家遠いし。
俺がわざとらしく焦り慌てふためいていたら、後輩は素早く立ち上がり机に置いてあるスマホに手を伸ばした。
設定から一般を開いて、機能制限から隠されているアプリ項目のチェックでもしているんだろうか。
「正直に答えてください、何処にGPSを仕込んだのですか? 返答によっては不味い飯を食わせます」
(遠回しに『手料理は苦手です……でも先輩のためなら頑張って作りますよ///』と通訳可能)
後輩が手に持っているスマホに『110』と番号を打ち込んだのをチラつかせてくる。あとワンタップで通報できるという圧を感じる。
ここで『118』なら円満解決だったのに。
「えっと、まずさ。お前のスマホに触ったことも無いし、俺がそんな犯罪行為をやるような人間だと本気で思ってるの?」
心外だ。
心療外科と言ってもいい。もう内側から治すのが無理そうな時は外側から直すしかないと、そう表情に込めて訴えかける。
「むしろやらない人間だと思われてると自分で思ってることに恐怖を感じてます」
同じ部活を共にする後輩に俺は恐怖を与えていたのか。
「良かった……『誰かに何かを与えられるような人間に成りなさい』と、親に育てられたから嬉しい。俺はそんな人間に成れたんだね……?」
胸の奥に深く積もっていた長年の荷物を降ろすような感覚で肩が軽くなった。
今なら自由に手が伸ばせる、そんな感覚。
「絶対に意味が違います」
「いちよう言っとくと、本気で邪魔しちゃ悪いと思ったから図書委員の長谷部さんを茶化しに来ただけなんだ」
てへへ、と可愛く反省しながら受付を確認する。
空席なのを見るに退席しているらしい、怠慢だ。
そして『いちよう』じゃなくて『いちおう』が正しい言葉遣いなのを知っているが直す気が起きない俺も怠慢。
「そういう気持ちが存在してたのですね。それなら三日連続で本を読んでる私に話しかける前に気付いて欲しかったです」
後輩は軽く息を吐き、腕を組んだ。
段々と落ち着いてきたのか、偉そうな態度に戻ってきた。
それならそれでいい、別になんだっていい、お前なんか。
どうでもは良くない。
「何事も継続は力なりが親の教育でさ」
爽やかにハハハと軽快に笑いながら会話をする、会話できている、会話やったー。
「なんか親が悪いような気もしてきましたね……」
呆れたように額を押さえながら、ボソりと呟かれた。
「両親を悪く言うんじゃねえ!!!!!!」
俺は無い怒りに身を任せて声を荒げ、後輩と俺を挟んでいるテーブルを飛び越えて、一気に距離を詰めて間近で睨む。
「ご、ごめんなさい」
後輩は目を泳がせながら、ぎこちなく謝罪の言葉を絞り出す。
「謝罪は受け取るけど、二度目はないからね」
「……はい」
無茶苦茶ビクビク怖がっている、どうしよう。
ジョークのつもりで言ったのに、別に親の教育の話も嘘だった。特に嫌悪も尊敬も抱いていない。
少年なので大志しか抱いてない。
「そんなに俺が嫌いなら正直に言ってくれ」
目の前の彼女、柊貴音の顔が恐怖で固まり引き攣っているが、俺はそれでもやってない。
後輩がどう応えるか迷っているのを神妙な顔で待ち続ける。
もうこの路線しか残ってないと思う、最終電車だ。
乗り遅れるな、シリアスは待ってくれないぞ。
なんか重要な問いかけ感を出すだけ出して逃げよう。
「きら……その、普通ですね……」
伏し目がちで汗が額に滲み、『キライ』と言いかけた瞬間、俺は面白半分に足を一歩詰めてみたら『普通』にランクアップした。
あと何歩詰めたら関係性がどう変化していくのか、わくわくするぜ。
「じゃあさ、なんで下がるの?」
一歩近づく度に彼女の足も一歩離れていく、二人三脚だったら完璧だな。
せっかくの二人三脚なのでゴールテープは一緒に切りたい。
このままだと一位を取り逃しそうなので、どこかのタイミングで肩を組むか掴むかしないとな、ルールだし。
後輩が逃げたら足を引っ掛けられるように体勢を意識しよう。
予想を頭に置いておくだけで瞬時に身体を動かせるはず、そしてタイムリミットは図書室の受付をしている図書委員が戻ってくるまで、もしくはそれ以下に準ずる。
何を準じたかは不明。
「あの、えっと、その、ちょっと近くないですか? 私達そんな仲じゃないですよね?」
しどろもどろに言われ、人間味が何味かを思い出した。
そうだ、俺達はそんな親しいわけでは無かった。
「は? 確かにそうかもしれない……俺は今までいったい何を……?」
一瞬キレそうだったが、彼女の言い分が正しい。
どのぐらい正しいかと言うと自動車と歩行者が接触事故を起こした時の歩行者ぐらい悪くない。
それなそれな、うんうん、と頷きながら俺は一歩下がる。
「理解したのならもっと下がってください」
ん? 歩行者が悪い場合も全然あるな、前に進もう。
「まだ目的を達してない」
俺の吐いた言葉に再び怯えたように目を見開き、まるで出口が無い迷路に閉じ込められたかのようなラビリンス、迷宮=迷宮。
文芸部は文芸部ではないのに、文芸部が出来ないことを迷路はやれるようだ、ずるい。そんなの不公平じゃないか。
「な、何をするつもりですか……?」
本格的に怖がらせるつもりは毛頭なかった、お化け屋敷感覚で『怖かったけど楽しかったぁ~ドキドキしたぁ~わ~い』で終われないかな?
無理そう。
「相談したいんだ、柊しか俺には交友関係が無いんだ、聞いてくれ」
一歩一歩と新雪みたいに踏みしめている。柊だけに、伝われ。
「聞きますから、止まって……お願い」
敬語のダムが決壊して涙が目元に溜まってらぁ、現場証拠だけで立件されそう。
俺も泣きたいぜ、二人で泣いてもいいよ。
「どうやったら長谷部さんと付き合えるかな!?」
人懐っこい朗らかな声で発言するとテッテレーと空気が止まった。
俺なら行ける、このまま風になるんだ。
「……ぇ」
後輩は状況把握をしようと困惑した表情で目をパチクリと開け閉めして微かに声が漏れ出た。
雰囲気を読み取るに、俺の言葉の理解が済んでないのか驚くというよりかは、まだ得体の知れない恐怖が勝っていそうだ。
はやく負けて。
「で、どうしたらいいと思う?」
しょうがないからもう一回聞く、話すことで人は人と分かり合える。
むしろ話さないと分かり合えないまである。
声帯ありきクソ人類。
「知りません、離れてください」
隣までなんとか足を進めたものの、拒絶の意思を示すように『離れろ』と促される。
確かにこのまま肉体的な接触が在ったら不味い、裁判とか始まったら不利になる。
俺は利口。
「聞くって言ったよな」
一先ず声と共に手を颯爽と動かし彼女の頬を叩いた。
これがいわゆるビンタというやつか、勉強になった。
PPは残り9ぐらい。
「ご、ごうぇ……ぁさい……」
幸い大事には至らなかったとニュースの最後に流れると思うから大丈夫大丈夫。
ただ当たりどころなのか力加減なのか俺の頭なのか、どこかが悪かったらしく、上手く喋れてない様子で謝られる。
どう見ても最後だろ。
「真剣に考えろ」
俺は後輩のスマホを机から地面に投げつけて、せっかく直ぐに足が出る体勢をキープしていたので地面に落としたスマホを遠くへ蹴飛ばす。
(えーい)
彼女の両手の手首をこちらの両手で掴む。
これで割と人生が詰んだ気がする。悲しい、悲しくない、悲しい。
「ぅ……ぇ……」
悲しい花占いをしていたら、相手も悲しそうに泣き始めてしまった。
さめざめとか言うの初めて見たよ、特等席じゃん、やったね。
つまり残りのPPを使う時が来たということか。
あっ、両手が塞がってる……。
「泣いてどうにかなるわけないよね」
渋々と頭突きをした。
不本意ながら頭突きをしたことがあるかい? 俺はあるぞ、履歴書に書ける、そんな主題歌も作ろう。
「っぐ……うぅ」
「普通に俺も痛かった」
後輩の弱々しい声が図書室に響くが考えてみて欲しい。
俺も同じ箇所に同じ衝撃を受けているのだ、つまりお互いに痛みを共有している。
というかこいつ頭硬いな、もうやりたくない、やったら押し負けると思う。
「な、ならこんなこと辞めませんか?」
それな。
「やめられない、とまらない……」
懇願する彼女に俺も懇願する、ミラーマッチだ。
「そんなっ……どうして……」
ボイスレコーダーで録音されていたら俺も懇願しているからセーフとならないかな。
音声だけでもキツいか、スマホを弾いておいて良かった。
「何をしているの? 西藤くん」
背後から長谷部さんの声が聞こえる、聞こえた。
幻聴だろうな、俺は詳しいし、知ってもいる。
(あっ、居た)
振り返ったら間違いなく長谷部さんは実在していた、俺は無知だったようだ。
だがここで気持ちで負けてはいけない。
大事なのは他人に強気に出て盲目的に自己を正当化する姿勢だから、電車でよく大声で国に怒っている人から学んだ あの時を思い出せ。
地元がクソ田舎過ぎて過疎電車しか無かったのを思い出した、無念。
「長谷部さん、人を気にする前にまずは自分が気を付けるべきことが在るんじゃないか? 図書委員で受付をしないといけないにも関わらず退席しているなんて、その間に問題が起きたらどう責任を取るつもりなんだ? それでも給料を受け取っている社会人の自覚はあるの? まだ学生気分で過程や結果に結びつかない努力を信じているのかよ! 目を覚ませニッポン!!」
結果結果結果、と一個ぐらい結界が紛れていても陰陽師かな? ぐらいの感覚で俺は言葉を捲し立てる。
「受け取っていないわ。責任を持たせたいなら西藤くん、貴方が私に払いなさい。もう大麻は吸うなとあれほど忠告したわよね?」
葉っぱなんてやってない、火、水、草だったら迷わず水を選ぶぐらいに俺は葉っぱなんてやってない。
「えっ……先輩ってヤク中……長谷部先輩! 助けてください! もうこの人ヤバくて! 殺されそうです!」
後輩の被害妄想に思わず俺は抗議をする。
「まだ殺してません! 弁護士を付ける権利は法律で担保されていると警察何時で言ってました!!!」
やれやれ、俺が人を殺すわけないじゃないか。
お前ら人じゃないし。
「それは捕まっている方の証言よ、というか犯罪なら空き教室でやりなさい。ここだと私も加害者だと思われるでしょうが」
「ごめん、ちゃんと配慮するべきだった」
「ま、待ってくださいよ!? この空間に正義は居ないんですか!? 義務教育っていつ負けたんです!? 私知りませんでしたよ!!!」
後輩が取り乱した姿を見て心配な気持ちになる。
心のバランスは一度傾くとなかなか正常には戻ってこない、ここはメンヘラの先輩として宥めよう。
「落ち着け。自棄になるな、話せば分かり合える、人間だもの」
言うほど人間か? と脳裏に掠めたが、人間失格と勝手に小説にしている人も居るのだから好きに合格してもいい。
人間適格。生きる悦びを一度でも知っていればもういいよ人生なんて。
「元はと言えばせんぱっ、西藤のせいじゃないですか!! 死ね! 放せ! みつをみたいなこと言うな!!」
「誰だよその男! 俺の前で俺以外の男の話すんな! 俺だけを見てろ!!」
立て籠もりをしていたら人質が別の立て籠もり犯の話をし出した時は流石に怒ってもいいと思う、これが恋。
そんなんだからドーナツに隠れていた兎も逃げ出してしまった、それは故意。
思考を月面着陸させていたら、いつの間にか此方にスマホを向けている長谷部さんの存在を視認する。ぴすぴす。
このまま『自主製作映画かな?』ぐらいの距離感で動画を回されていたら、学校生活が獄中生活になるかもしれない、でも未成年だから少年院か。
少年法は俺の味方……じゃない!
「2022年4月1日に法改正がされていて今までは20歳が成人、それ以下は少年法が適用されていたものの! 今は18歳19歳も特定少年として少年法が適用されないケースが法律に出来たんだった!!!」
「い、いきなりどうしました?」
成人手前の少年法滑り込み犯罪が通用しない世の中になっていた。
どうにかして遣り得をさせてもらえないものか、こうなったら外国籍を取得して国際法を活用しよう。
「ふむ、続けてみて」
腑に落ちた顔で長谷部さんに話の続きを促される。
流石、長い付き合いなだけは在って言いたいことが全く無いのに言いたいことが伝わってしまう。なにそれ怖い。
「俺は早生まれで現在18歳、少年法が適用されない可能性が在る!」
「あの……話を聞くのでまず手首から手を退けてくれませんか?」
後輩がやんわりと話しかけてきたが、カーナビなので人の言葉はよく分からなかった。
「それはそれ、これはこれ」
「死ねッ!」
足を思いっきり踏まれた。
「痛い……」
暴れられると法律を守る大切さを説明しづらいので、瞬時に左手で柊の口を覆い、足の踵骨と距骨に響かせるようにヒラメ筋を蹴り込む。
「ぐぁ!!!!」
めっちゃ悶えている、大変そうだ。
「手を退けなさい、表情が撮れてないわ」
思わずカメラマン魂に火を点けている長谷部さんが指示を飛ばしてくる。
「嫌です監督! 俺は俺が信じている映像を目指しているんです!!」
代表作は無いけどプライドだけはゴリゴリな若手俳優ばりに熱弁を振るう。
手を離したら叫ばれて社会的に死んじゃう。外に出てないのにお亡くなりはしたくない。
「はぁ……これだから新人は。態度だけは一人前気取りね」
長谷部さんは『新卒はしょうがないわね』みたいな雰囲気を醸しながら近づいてきて、俺の左手の甲を掴み、剥がそうとしてきた。
「力による一方的な現状変更が許されると思っているのか!!!」
落語に親が二人居て子供の手を引っ張り合い、子供が痛がっているのに気付いて手を離した親が本物だという話がある。
つまり俺は離さなければならない。口を塞ぐのを諦めて、そろそろ痛みから復活しそうな後輩の右手の手首を俺の左手で掴み直す、ただいま。
やっぱり実家が落ち着くよね、なんて思うことは無かった。落ち着ける実家は生まれ持ったもの過ぎるから燃やそう。
「っぷはっ! たす、助けてッ!!」
あーあ、解放された口で開口一番が『おかえり』ではなくヘルプミー。
帰って来てくれただけでも家族としては安心できる。最近は帰りが遅くて一体全体何をしているのだか、心配が尽きない。人様に迷惑をかけてもいい、どうか貴方の心に寄り添えていますように。
「黙りなさい」
そんな実親ロールプレイを脳みそで開幕戦していたら長谷部さんが急に柊の顔を平手打ちし出した。
怖い……暴力で解決できると思っているなんて前時代的な化石じゃないか。
暴力は何も生まない、憎悪が生まれているじゃん、あとは諦めや思考停止、痛みへの恐怖、暴力は子沢山だね、安産型? と暴力に対するセクハラが止まらなくなってしまった。
「なっ……?」
後輩が叩かれて硬直している。
初対面の先輩に叩かれたことに因る恐怖だろうか? 俺のように事前に何度か顔合わせをしてから叩くのが正解。正解と言えば来週の月曜日の昼休みに決まっている。
「柊、そう言えば次の月曜日は学食と購買が休みらしいから弁当を持ってこないと学校前のコンビニで昼飯を買うことになるぞ」
正解と昼休みの共通項はどちらも日本語という点。
ギャルの『同じ人類なんだし仲良くしよーw』並みに緩い。
そんなギャルじゃない長谷部さんは『そうなの?』と俺とギャルとの会話に横入りしてきた。
「それは大変ね。じゃあ私は登校の時にお弁当を買って、混雑を回避することにするわ」
作るという発想ではなくコンビニで買う時間をズラすわけか。
同じ考えの人同士がぶつかり、結局は混雑しがちな気がする。
「ま、待ってください!!! 私が打たれたことは!? 二人掛かりで! 年上に!!」
後輩が何故か慌てて早口で主張している。
得意な話題で早口になるなんて、これが俗にいうオタクか。また知識が増えてしまった。
「お前まだそんな昔のこと引き摺ってたのか……いい加減 今を生きろよ……」
今を生きるために俺がしてやれることは背中を優しく押してあげることぐらいだ。
結局は歩き出すかは本人次第、蹲られたら押す余地は無くなる。倒す余地しか生まれない。
イジメ加害者が、まだイジメ被害者が当時の傷を今も抱えているのを厚顔無恥に説教をし出すシチュは、傷付けた側は痛くないからしゃーない。
忘れて欲しくないなら相手を傷物にしてやらないと。
ぐさっ、ぐさっ。ぷしゅっ。
「はぁあああああああ!?」
鼓膜が痛い。
近距離で大声を上げないで欲しい。痛いから俺も被害者を名乗って良き? 良き良き?
「西藤に話は通じないわよ」
流石の俺も長谷部さんの足元にも及ばない、と口にすると叩かれるので暴力に屈する。略してボックス。
「貴女が通じるみたいに言わないでくださいっ!」
パンッとまた良い音がした。
ボックスしていない若者が残っていたようだ。ああいう勇敢な若人が時代を変えていくのだろう。
(俺はこのままでいいのか……?)
顔を二度も叩かれた後輩を見て、俺も時代を変えたくなってしまう。
このまま叩かれ続けたら柊の中の上の顔が中の下になる。
俺が彼女を守らないで誰が彼女を守るんだ。
──覚悟を決めて声を強める。
「長谷川。お前、今 自分が何をしているのか分かっているのか?」
「図書委員。あと長谷部よ」
自分の無力さを痛感した、これが絶望か。
「……ごめん、柊…………守れなかった」
(クソッ!)
俺にもっと力が在ればこんな悔しい思いをしないで済んだのに。
「えっ? えっ? どういう、あれっ私、夢の中……?」
後輩は一連のやり取りを聞き、目をパチクリし出す。
未だに目薬を目に入れて、目を閉じて液体を流していいのか、目に溜めておくのがいいのか分からない。
知っているのはキミに流行りの漫画もゲームも刺さらない。それだけ。
それだけだったんだ。
「寝たら死ぬぞ!!!」
夢の中に居るらしい後輩を目覚めさせるために右手を放し、叩いて元の位置に戻す、これぞヒットアンドアウェイ。
「ま、待ってくだっうっ」
手を放した瞬間、流石に学習したのか気配を察知して口を開きかけていたが、惜しい。
手は急には止まらないのだ、残念。
その点、最近の自動運転は勝手に止まったりする。無人タクシーはマップで指定した目的地に勝手に止まってくれる、俺より優秀だ。
やはりカーナビより車になりたい、乳幼児曰くブーブー。
「終わりが見えないのは怖いよな」
全自動化というテクノロジーの終焉の底がまだ見えないと話していたら図書委員に口を挟まれた。
「そうね、メメントモリは大切よ。私は受付に戻るから静かにしなさいよ? 別に居るのは貴方達だけじゃないのだから」
何故か同調してくれている長谷部川さんを見送っていたら、後輩の手首から震えが伝わってきた。
ボソボソと『他に人が居たんですか……? 人命救助……』とスマホのバイブレーション機能が強過ぎてテーブルからスマホが摺り落ちた時みたいな震え方だ。
「こ、怖いです。世界が怖いです。これから生きていく自信が無くなってきました……」
いつから『生きる』の意味が『死なない』ことになってしまったんだ。
「柊、昨日の告白の件なんだけど」
「嫌です、この流れでそれは凄い嫌です。嫌な予感しかしてません」
真面目なトーンで語りかけたものの、身体を縮めて防御態勢を取ろうとしている。
手を上の方に上げて取らせないようにした、そんな態度は傷付くだろ。俺が何をしたって言うんだ。
結構した、結婚した。
「勘違いするな、俺がお前を好きなわけが無いだろ」
「余計に恐怖を感じてます。動機が見えないです、何が目的なんですか……?」
取らせないようにした防御態勢を解いて疑問で溢れた表情を向けてくるので、世界の真実を教えてあげよう。
あ、違う。何も知らない、ハチミツとヴァンパイア。
「簡単に言えば お前が死にたくなったら俺の気持ちが分かるかな? と思ったら即実行という感じ」
そうそう、人という字はメンヘラとメンヘラが共依存して生きている。生きていない、生かされている。
「わかりました、先輩を殺すんで、それで満足してくれます?」
目のハイライトが完全に消えている。
昨日の『死んだ方がいい』から『殺す』にバージョンアップした。
これが少年バトル漫画主人公によくある悪堕ちというものなのかもしれない。
ここは主人公が成長する手助けをしよう。
「先輩呼びか苗字呼びかハッキリしろ!」
心を鬼にして叩く、そう大体は鬼が悪い。鬼が悪だと1723年の江戸時代から桃太郎プロパガンダを流されているので洗脳されていても仕方ない。
自我なんて これっぽっちも残っていない。この世は全て気のせい。
「ううっ……」
涙無しでは語れないとはこのこと。
「泣いてどうにかなるのは女の涙だけだ」
「女ですっ……だ、誰か…………」
か細い声が段々と小さくなり消え、抵抗する気も同じように消えたらしく、試しに手を放しても泣いたまま逃げない。
天気チェックをしつつ柊を横目に『これは捕まったな』と確信した。
だが予感はしてない。
何刑務所に収監されるんだろう? 事前に刑務所を予約したら何パーセントか懲役が下がる予約システムが導入されていないかな。
参考に本棚から『囚人のジレンマ』という本を借りた、返却日までに出所は出来るだろうか。
いや『監獄実験』はもういいよ。そうだね。
(ん?女だったのか)
まあいいや、帰ろう。俺には関係ない。




