味方か敵か、敵か味方か過藤先生
僕の身体を離した軀方さんは、背筋を伸ばして、暴走した杷生を見据えていた。
「……No.11は待機」
名前じゃなくて、ナンバー呼び。
【灰を踏むもの】を起動する軀方さんは、いつもこうなる。
「待って軀方さん!相手はうちの生徒です!」
「……関係ありません」
「関係ないって、それはダメだよ!」
「……殲滅します」
軀方さんは杷生に向かって、ゆっくりと歩き出した。
「あらぁ、始まっちゃうわねぇ」
背後から聞こえる、のんきな声。
僕は咄嗟に振り返り、過藤先生の胸倉を掴んだ。
「ぐっ……!」
両手に激痛が走る。
力が入らず、僕はその場にへたり込んでしまった。
「ほらほらぁ、無理しちゃダメよぉ」
過藤先生はそんな僕を見下ろし、首筋に注入器を打ち込んだ。
「これは回復用注入器よぉ。多少は動けるようになるわぁ」
僕は過藤先生を睨む。
「……なんで、こんなことを!」
「だからぁ、唯一君を強くするんだってぇ」
「意味が分かりません!」
「軀方さんのデータを見たのよぉ」
「それが、これとなんの関係があるんですか!」
「イレブンギアが彼女を改造する計画があったのよぉ」
「……えっ?」
過藤先生は、いつもの調子で続けた。
「高継博士を中心に、幼い彼女を改造していく計画だったみたいねぇ」
……まさか。
高継さんから見せてもらった軀方さんの資料。
まだ、すべてに目を通しているわけじゃなかった。
だから、過藤先生の言葉に絶句した。
「……それは本当よ」
いつの間にか、高継さんが僕の隣に立っていた。
「軀方博士から魑瑠を託された私は……彼女を生かすために、改造するしかなかった」
「それじゃあ、軀方さんの両目のオーパーツも……」
「そう。私が施したものよ」
「なんで、そこまでして……」
「魑瑠がイレブンギアの戦闘員に選ばれてしまったからよ」
「でも、高継さんにとって、軀方さんは大切な家族みたいな存在だったじゃないですか!」
「だからこそ!」
高継さんが声を荒げた。
「だからこそ、魑瑠を死なせるわけにはいかなかったの!」
「……っ」
その叫びに、僕は言葉を失った。
「資料によるとぉ、【灰を踏むもの】は強力なオーパーツだった。でもぉ、当時の軀方さん自身は、そこまで強くなかったのよねぇ」
「その通り。魑瑠は、ただの少女だった。過酷な戦闘に投入されれば、いつ命を落としてもおかしくなかった」
「だからぁ、厳しい戦闘訓練に加えて、肉体まで改造したんですよねぇ」
「そうよ。でも、それだけでは足りなかった」
高継さんは苦々しく顔を歪めた。
「魑瑠は強くなりすぎたの。そして決定打になったのが、【灰を踏むもの】が感情感応型だと判明したこと」
「そのせいでぇ、イレブンギアの抹殺リストに載っちゃったのねぇ」
「そう。だから私は、【灰を踏むもの】を起動するとき、感情を抑えて組織の命令に従うよう、彼女にプログラムを施した」
「だったら!最初から【灰を踏むもの】を別の人に使わせればよかったじゃないですか!」
思わず叫んでいた。
高継さんが、悲しそうに目を伏せた。
「……それができれば、どれだけよかったか」
そして、静かに語り始めた。
「当時、発掘された【灰を踏むもの】を利用しようと、何人もの被験者で実験が行われた。でも、誰も起動できなかった」
高継さんは、遠い過去を思い出すように続けた。
「軀方博士は、どうすれば使える人間をみつけられるか、研究を続けていた。やがて研究が行き詰まり、自宅でも調査を進められるように、【灰を踏むもの】を持ち帰ったの」
そこで、高継さんの表情が曇った。
「……理由は分からない。でも、そこで魑瑠が起動させてしまった」
「…………ッ!」
「その結果、魑瑠だけを残して、周囲の生物が灰になった」
「それじゃあ……軀方さんの両親と弟が……」
「魑瑠が家族を灰にしたのよ」
「……そんな……」
言葉が出なかった。
あの優しい軀方さんが。
家族を失っただけじゃない。
自分自身の力で、家族を奪ってしまったなんて。
「それまで、誰も起動できなかった【灰を踏むもの】を、魑瑠だけが使えた」
高継さんが続ける。
「……軀方さんが、【灰を踏むもの】に選ばれたんですか?」
「オーパーツの中には、特定の人間にしか扱えないものがある。そういう研究結果は出てたわ」
「だから、イレブンギアに殺されないよう、感情を抑えるプログラムを……」
「そうするしかなかったのよ!」
高継さんの悲痛な声が響いた。
「私はただの研究員。魑瑠を組織から外す権限なんてなかった。【灰を踏むもの】は魑瑠にしか使えない。だったら、彼女を生かすためにできることをするしかなかったの!」
高継さんは拳を握りしめていた。
その手が、かすかに震えている。
……高継さんも、ずっと苦しんでいたんだ。
「そうしてぇ、できたのがイレブンギア最強の戦闘員、軀方魑瑠なのよねぇ」
過藤先生が、まるで研究成果を読み上げるように言った。
「でも、それと僕を強くすることに、何の関係があるんですか!」
「あらぁ、話が脱線したわねぇ」
過藤先生は、悪びれる様子もなく首を傾げた。
「つまりねぇ、私も作りたくなったのよぉ。最強の戦闘員」
「それなら、僕よりも適材がいたはずじゃないですか!」
「それじゃぁ面白くないじゃない。最弱から最強へぇ……ロマンがあると思わないぃ?」
「だから、僕を改造対象に選んだってことですか⁉」
「その通りよぉ」
過藤先生の表情は、まるで面白いおもちゃを見つけた子供のように笑った。
「だからぁ、夏休みから少しずつぅ、唯一君の身体を改造していったのよぉ」
「ケガを診るふりをして、僕の身体を好き勝手にいじっていたんですね!」
「そうよぉ」
「でも、ケガなんていつするか分からないじゃないですか!」
「だから、二学期に入ってからの襲撃は、全部仕組んだのよぉ」
「……は?始業式の実験体もぉ、ヴルトゥームの襲撃も……全部ですか?」
「実験体が学園に戻るよう仕向けたのもぉ、施設内で暴走するようにしたのもぉ、ヴルトゥームに学園を襲撃させたのもぉ。ぜぇんぶ、私がやったのよぉ」
過藤先生は、にこにこと笑っていた。
「唯一君のためにねぇ」
「僕を強くするために……そんなことまでして……!」
「でもねぇ、それ以前に、唯一君は大切な仲間であり、生徒の一人なのよぉ。だから、死なせるわけにはいかないわぁ」
その表情は、本気で僕を心配している先生のものだった。
なのに、その瞳は狂気に支配され、ぐるぐると回っている。
僕を最強の戦闘員にすること。
大切な仲間であり、生徒であること。
この人は、どちらも本気で言っている。
これまでの話に、嘘は混じっていない。
だからこそ、ここまでのことができたんだ。
「……過藤先生は、狂ってる」
「もしぃ、強い思いを貫くための行動力を、狂っているって言うならぁ、唯一君も結構狂ってるわよぉ?」
「褒めたつもりはないんですけど」
「私はぁ、唯一君を誇らしい生徒であり、仲間だと思ってるわぁ」
過藤先生は、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
……少しだけ、毒気を抜かれてしまった。
「それよりぃ、そろそろ軀方さん始めちゃうんじゃないかしらぁ?」
「えっ……?」
僕は慌てて振り返った。
いつの間にか、軀方さんは杷生とともに、かなり離れた場所まで移動していた。
まずい!
このままじゃ、【灰を踏むもの】を起動する。
そうなれば、杷生は灰になってしまう。
別に、杷生を救いたいわけじゃない。
むしろ、嫌な奴だと思っている。
でも、だからといって、軀方さんに殺させたいわけじゃない!
僕は立ち上がろうとした。
だが、身体に力が入らない。
「……クソッ、まだ動けないのか!」
「あらあらぁ。しょうがないわねぇ」
過藤先生は、メタルケースを取り出した。
「少しだけどぉ、動けるようにしてあげるわぁ」
パカッ。
ケースが開く。
「オペの時間よぉ――【失敗しない執刀医】」
その瞬間、ケースの中から、見たこともない手術道具まで含め、無数の器材が飛び出した。
それが過藤先生の周囲を浮遊する。
「さぁ、唯一君。始めるわよぉ」
「うぇ⁉ちょ、始めるって、何を⁉」
過藤先生が僕に触れた瞬間、身体がふわりと浮き上がった。
「うぉ⁉ちょ、ちょっとぉ!」
「ほらぁ、じっとしてぇ。まずはぁ、腕と脚からよぉ!」
過藤先生がメスを手に取り、指揮棒のように腕を振った。
すると、両腕と両脚が開き、内部の骨格や筋肉が露わになった。
それなのに、血は出ない。
痛みもなかった。
「あらあらぁ、やっぱりナノパーツの骨格にヒビが入ってるわねぇ!」
過藤先生は何種類もの注射器を取り出し、露わになった骨格へ薬剤を注入していく。
すると、ヒビ割れていた骨格がみるみる修復されていった。
続けて筋肉にも薬剤を注入されると、全身を覆っていた痛みと疲労感が薄れていく。
「な、なんなんですか、これ⁉」
「これは私のオーパーツ【失敗しない執刀医】の能力よぉ。この手術道具で施術すれば、血は出ないし、痛みもないのぉ」
説明しながら、過藤先生の手は止まらない。
次々と手術道具を操り、僕の身体を修復していく。
「はい、これでおしまいよぉ」
最後に胸元が開かれ、心臓に注射が打ち込まれた。
そして、開かれた部分が閉じていく。
傷口は、まるで最初から何もなかったかのように消えてしまった。
「……あの、縫わなくてもいいんですか?」
「これも能力のおかげよぉ。縫う必要ないのぉ」
「それと、最後の注射は何ですか?」
「元気の出るお薬よぉ!」
……合法なんだろうか?
少し心配になった。
そのまま身体を起こされ、地面に足をつける。
痛みはない。
さっきまでの疲労感も、かなり薄れていた。
身体も、さっきより動く。
「身体を動くようにしてくれてありがとうございます。でも、まだ納得したわけじゃありませんからね!」
「それはぁ、これが終わったら、ちゃんと話し合いましょうねぇ」
「……分かりました」
過藤先生は、にこやかに手を振った。
「あ、唯一君。ちょっと待って」
今度は高継さんが近づいてきた。
「どうしました、高継さん?」
高継さんは僕の耳元で、声を潜めた。
「時間を止めている間なら、【灰を踏むもの】が発する灰に触れても、効果は出ないはずよ」
「それって、時間が止まっている間なら、触れても大丈夫ってことですか?」
「たぶんね。確証はないけど」
高継さんは、軀方さんの方へ視線を向けた。
「時間が止まっている間に、【灰を踏むもの】のつまみを上げるか、装置そのものを奪って」
「それで、なんとかなるんですか?」
「なんとかなると信じて、動くしかないわ」
高継さんの言葉に、僕は頷いた。
「分かりました、やってみます」
「それじゃ、魑瑠を止めて!」
「はい!」
僕は軀方さんに向かって走り出した。
よく見ると、軀方さんは【灰を踏むもの】のつまみを下げている。
間に合えっ!
僕は息を止めた。
世界が灰色に染まる。
止まった時間の中を、全力で駆け抜けた。
まずは杷生を助ける!
杷生の目の前に辿り着くと、僕はその身体に思い切りぶつかった。
そして、息を吸う。
僕と杷生はもつれるように吹き飛び、地面に叩きつけられた。
だが、まだ射程内だ。
もう一度、息を止める。
今度は倒れている杷生の首元を掴み、思い切り投げ飛ばした。
同時に、ヘッドギアへ指をかけ、ずらす。
そこで息を吸った。
杷生の身体が射程外へ飛び出し、地面に叩きつけられる。
ヘッドギアも頭から外れ、杷生はそのまま気を失った。
「……なんとか、間に合った」
灰が、はらりと舞い始めていた。
僕は荒い呼吸を整えながら、軀方さんへ視線を向けた。
「……なぜ、邪魔をするのですか。No.11」
「軀方さんに、知り合いを殺させたくないから!」
「……ですが、今は敵です。殲滅しなくては」
「もうヘッドギアは外しました!杷生は制圧したんです!だから、【灰を踏むもの】を解除しても大丈夫ですよ、軀方さん」
しかし、軀方さんは首を横に振った。
「……いいえ。またヘッドギアを着ければ、同じことです。元を絶つために、杷生笨を殲滅します」
そう言って、一歩前へ踏み出す。
まずい。
このまま軀方さんが近づいてきたら、杷生まで再び射程内に入ってしまう。
やっぱり、無理矢理にでも【灰を踏むもの】を解除するしかない。
そうすれば、軀方さんもいつも通りに戻るはずだ。
「軀方さんを止めます」
「……No.11では不可能です」
灰が降ってくる。
はらり、はらりと。
呼吸は整った。
目の前には、ゆっくりと歩いてくる軀方さん。
イレブンギア最強の戦闘員。
対する僕は、イレブンギア最弱の研究員。
勝ち目なんて、あるはずがない。
それでも―――。
僕は大きく息を吸い、腰の【時の解明者】に触れた。
そして、覚悟を決めた。
どうも、雁木真理です。
物語も最終局面に向かいました。
今回も楽しんで頂けましたら幸いです。
ブクマ、感想、お待ちしております。




