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誰かのはなし  作者: 冬野ほたる


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18/18

【第十八夜】 帰宅



 夫が亡くなった。


 晩年は腰を悪くしてほぼ寝たきりだった。

 リビングに簡易ベッドを置いて、そこで寝ていた。寝室だと昼間はひとりになってしまうことが寂しかったらしい。

 見ているのだか聞いているのだかわからないが、昼間はテレビもつけっぱなしにしていた。

 私も介護のためにリビングのフローリングに布団を敷いて、夫の隣で寝起きをしていた。


 私たち夫婦に子どもはいない。

 大きくなった甥っ子や姪っ子たちの手を借りて、夫の葬儀はなんとか無事に終わらせることができた。


 ひとりの生活になると、狭い我が家のリビングも、こんなに広かったかしら? と、ふとしたときに感じる。そして、こんなに静かだったかしら? とも。


 夫がいた頃は四六時中テレビの音が聞こえていた。なにかあると、すぐに「おーい」と私を呼んだ。それは時には煩わしいことでもあった。だが、いなくなった今は懐かしくもあり、せいせいとした気持ちもあり、すこし寂しくもあり。なかなかに複雑な感情がある。


 結婚してからのこの数十年間にはさまざまなことがあった。離婚を考えたことも何度かある。それらを含めても、おしどり夫婦とよばれるような仲のよい夫婦ではなかったと思う。それでも、モラハラやDVがあるわけでもなく、そこまで険悪な関係でもなかった。

 おそらく夫もそうだと思うが、来世がもしもあるのなら、お互いに別の道を歩みましょうね、というくらいの夫婦だった。


 納骨までは骨壺をリビングに置いていた。


 キッチンで食器を洗っていると、「おーい」と私を呼ぶ声がした。「はーい」と反射的に応えたが、すぐに空耳だと気がついた。夫はもういないのだ。


 夜中に「おーい」と呼ばれて、「はいはい、なんですか」と起きるも、はたと気がつく。空耳だ。

 やれやれともう一度布団に入り、目をつむる。


 それからも「おーい」と呼ぶ声が聞こえたり、庭の雑草を抜いていると、ふと、背後に気配を感じることがあった。

 

 やれやれだ。

 世の中には夫源病(ふげんびょう)というものがある。文字通りに夫が病の源だ。夫の態度や言動のせいで妻にストレスがかかり、具合が悪くなるという概念らしい。

 やっと私は夫からも介護からも解放されたのに、無意識にでも夫のことを気にかけてしまうのはなぜだろう。

 本当にやれやれだ。


 

 四十九日に合わせた納骨の日は天気に恵まれた。墓は霊園の共同墓地を選んだ。維持して継ぐ子どものいなかった私たちの選択だった。

 爽やかな空気の晴天の(もと)に、住職さんの読経(どきょう)と線香の白い煙に送られて、夫は私の手から離れていった。



 納骨の日から「おーい」と私を呼ぶ声や気配はしなくなった。共同墓地でほかの仲間と楽しくやっているのだろう。やれやれ、現金なものだ。


 私は私で自分のために楽しく余生を過ごすことにする。

 まあ、たまに帰ってきて「おーい」と呼ぶ分にはかまいませんよ。

 線香に火をつけて、遺影に手を合わせながら、そんなことを思った。










読んでくださってありがとうございます!


2026年度版の『誰かのはなし』は、これにて最終回となります(*´˘`*)

また来年に!

でもそろそろネタが……。あわあわ(*´□`*。)°゜。


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― 新着の感想 ―
結婚してから、様々な時間を共に過ごし、共に乗り越えてきた二人。「おーい」と呼ばれて「はーい」と答える、その何気ないやりとりが、二人の日常であり、共にいることの証でもあったように感じました。 骨壺とと…
なんだか、ちょっと、ホッとする(´▽`) 離婚を考えたこともあり、仲のよい夫婦ではなかったと思ってはいたけど、案外それくらいの方が長く続くのかもね。 亡くなった後でもずっと奥さんを呼んでいた旦那さん。…
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