複雑な乙女心
夕刻、部屋で復習をしているとノックの後、ドアが開く音が聞こえ、フェオドラは部屋の入り口を見た。
「あ、ジナイーダ様」
パッと顔を明るくして、その人物の名前を呼んだのだが、呼び方が不服だったのか、ジナイーダは眉を顰め、腕を組む。そして、何も語らない。
「……ジーニャ様」
「そうよ、それが正解よ。最初っから、そう呼びなさい」
愛称に訂正されると満足そうに笑みを浮かべ、フェオドラの部屋に入る。彼女が室内に入るとインナをはじめ、メイドたちが素早くテーブルに紅茶とお菓子を用意する。
「今日は、そうね、手を出しなさい」
「はい」
話をする前に用事を済ませちゃいましょうとばかりにジナイ―ダに言われ、フェオドラは大人しく自身の手をジナイ―ダに差し出した。それを手に取ると腕を捻ったりとその怪我の具合を見る。
「だいぶ、薄くなってきたわね」
「ジーニャ様のおかげ」
「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。私が治癒魔法が使えることに感謝なさい」
ふふんと鼻を鳴らすジナイ―ダにうんと頷く。フェオドラの怪我の治療はジナイ―ダの実践練習という名目で彼女が受け持つことになっていた。
はじめは普通に主治医を呼ぶのでいいのではと話していたのだが、アルトゥールが何故か嫌がりそれを流すために治癒魔法を持つジナイ―ダを推薦した結果だ。とはいえ、ジナイ―ダは器用に治癒魔法が使えない。だからこそ、逆に練習になるとアルトゥールがごり押しした。
「私は別にやってもかまいませんけど、どうなっても知りませんわよ」
「大丈夫だ。ジーニャはきちんとできるさ」
「そういうことじゃないのですけど」
苛めるとかそういう心配をと思い、ジナイーダは兄であるアルトゥールを見たが、その兄はあの朝食時の事を忘れてしまったのかそんな心配は欠片もしていないようだった。逆に父や母の方が少し心配ぎみだったのでジナイーダはなんなのよとなったほどだった。
そして、治療を学園終わりにするようになったのだが、何があったのかフェオドラはジナイーダに懐き、懐かれたジナイーダは絆され陥落した。共に住んでいるアルトゥールはそうなることを読んでいたのだろう。
「ジーしゃま」
「何それ、お爺様と呼ばれてるみたいで嫌だわ」
「うっ、えっと、じにゃいーにゃしゃま」
「……わざとなの?」
まだ言葉の練習中だったフェオドラはジナイーダの言葉にふるふるとそれは違うと首を振る。勿論、そんなことはわかってるジナイーダは溜息を一つ吐くと特別にジーニャと呼ぶことを許した。
思い返せばそこが転換点だったのかもしれない。その時以来、フェオドラの攻撃は怒濤のものだった。
「じーにゃしゃま、いちゅも、キレイね」
「ジーニャしゃま、あのねあのね――」
「ジーニャ様、今日ね、アルトゥール様がね――」
「ジーニャ様、トゥーラ様が――」
会う度、訪れる度、駆け寄ってきては一生懸命体を使って褒めるわ、惚気るわであの最初の擬死行動は何だったのかと問いたくなるほどだった。後々、アルトゥールに聞けば、慣れるために別邸からジナイーダが出掛ける姿をいつも眺めていたらしい。そして、それをアルトゥールに報告していたため、ジナイーダは大丈夫だとなったという。
「はい、これで今日の所は終わりよ」
体全体も殆ど薄くなってきてるからあと少しねと言えば、しゅんと落ち込むフェオドラ。
「テオ?」
「……傷なかったら、ジーニャ様、来なくなる?」
「あら、もしかして私は用済みってことかしら」
ニィッと意地悪な笑みを浮かべながらそう問えば、フェオドラはぶんぶんと頭を振る。
「違うの、違うのよ、ただ、もし、テオの傷のためだけだったら寂しいなって思って」
焦ったように言葉を綴るフェオドラにジナイーダはくすりと笑う。
「わかってるわ」
冗談よと言えば、ぷくっとふくれっ面になるフェオドラ。それに折角の可愛い顔が台無しねとジナイ―ダは笑う。
「テオ、本気でビックリしたのに」
「私のお兄様をとったのだから、このくらいいいじゃない。それに折角の可愛い着せ替え人形を簡単に手放すほど子供じゃないのよ」
「テオはお人形さんじゃないよ。それにトゥーラ様もとってないもん」
「そうね、テオは人形じゃないわね。まぁ、言葉の綾ってものよ」
お兄様に関してはそう、とってはないわね、と納得するけれど、実の妹よりも可愛がられているのを見るととられているようにも思えるのよねと溜息を吐く。だからこそ、最初はアルトゥールがとられるのが嫌で反発したのだ。
「フェオドラ、入るぞ」
コンコンとノックの後に続いた言葉にフェオドラはパッと顔を明るくする。ただ、ジナイ―ダはカツカツとドアまで歩くとカチッと鍵を閉めた。
「フェオドラ!? なんで、鍵!?」
「お兄様、テオは今私と遊んでおりますの」
ガチャガチャとノブを回す音と慌てるアルトゥールの声。それにふふふと笑い、ジナイ―ダはドアに声をかける。
「ジーニャ、今日の治療は終わったんだろ」
「えぇ、勿論、滞りなく終わっておりますとも。けれど、治療が終わったからと言ってすぐに帰る必要なんてありませんよね」
さっさと帰れとばかりのアルトゥールにジナイ―ダは頬に手を添えながら、応酬する。ドア越しに睨み合う二人にフェオドラは何をどうすればいいのかわからず、おろおろするばかり。それはヴィークトルがあまりにも帰りの遅いジナイ―ダを心配して別邸に来るまで続くのだった。
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