40話 黒幕は蠢く! 地獄の聖女トゥーリ!!
兜の下にあった顔は意外に普通に悪そうなオッサンの顔だった。
荒事になれたチンピラを精悍にしたような感じだが、ミオラはその顔を見てやけに驚いている。
「この人を知っているの? ミオラ」
「ああコイツの名はニャギ。昔、兄貴の側近だった男で、兄貴もずいぶん信頼して身辺警護なんかをまかせていたよ。でもある日、旅に出てどっか行っちまった」
「イグザルト男爵の側近が偽ラドウの正体か。どうやらイグザルト男爵は深く関わっているようだね」
伯爵領で起こった陰謀劇とこのイグザルト領でのニセ冒険卿事件。
もしかしてその男爵が黒幕か?
と、そのニャギはブルブル震えだした。
「うう………正体を知られてしまった! またトゥーリ様に実験体にされてしまう!」
トゥーリ?
たしか最後の冒険卿で、彼女の名前もジャギルの口から出ていたよな。
「このぉ!」
ミオラはニャギを「ゲシッ」と蹴っ飛ばして馬乗りになった。
「ふん! どうせそのトゥーリ様もニセモノなんだろ。ニャギ、アンタの背後にいるのは兄貴だね? 冒険卿の名前なんか騙って、兄貴はいったい何をしようとしてんだい!」
「ち、ちがうんです姫! たしかにオレにラドウ様の役を演じるよう命じたのは若ですが、その若に命じたのはトゥーリ様なんです! ジャギルとプードルを倒した賢者の弟子をおびき寄せるために!」
「悪いのはすべてトゥーリ様だってかい? フン、このごに及んでバカ兄貴をかばってんじゃないよ!」
「バシンッ」とビンタ一発。
けっこう武闘派だね、この娘。
でも、やっかいそうな尋問とかサクサク進めてくれてありがたい。
「だいたいトゥーリ様ってのは、ダンジョンの悪魔を倒した伝説のパーティーの聖女様だろ? 悪魔を倒した後、ここの領で冒険者や村人の病気やケガを治してたお優しい人だったって聞いている。そんな人が人体実験なんかするわけないだろ!」
「たしかに………あの人は昔はまさしく救世主でした。彼女の治癒魔法で救われた者は数知れず! 凶悪なモンスターも倒して、人の住めなかったこの地を開拓するのに大きく貢献した素晴らしい人でした」
「うん。アタシも子供だったころ噂を聞いただけだったけど、憧れて彼女みたいな治癒師を目指したもんだよ。魔法の才はあんまりなかったから、結局、薬草師になったけどね」
トゥーリはヴィジャスと別れた後、この地に来ていたのか。
話からすると彼女はすごい善人みたいに聞こえるが、一連の事件に関わっているらしいのは?
「だが突然あのお方は変わった! あ……あのやさしい微笑みをうかべた聖女は、一夜にして残酷な人体実験をくり返す冷酷な魔女に変貌した!」
「ええっ!?」
「やつは集めた冒険者を『泥人形』と呼び、悪魔細胞をうえつけて魔物に変えていってるんです。清らかな笑顔はそのままに、楽しみながら次々と!」
「あの聖女トゥーリ様が…………そんなバカな!」
「嘘じゃありません! このオレも泥人形でした。人間の形を保って、もっとも出来が良かったので奴の兄であるラドウ様の役をやらされたのです! 正体がバレたら実験体に逆戻りさせて、もっと細胞を植えつけると脅されて…………!」
ニャギは思い出しただけでブルブル震えている。
さっきの偽ラドウと同一人物とは思えないね。
弱体化して性格まで変わったのかな?
「…………まぁ分かったよ。その怯え、とりあえずアンタの話は本当だとしておこう。でも、それはそれとして! これはアリエスとシンを襲った分!」
バキィボギィグシャアア!!
「ぶべら!」
「これは殺されたジュビアスたちの分!」
バキボキドカバコォ!
「グベッ! ゴボボ!!」
「これはアンタの手下が領民に悪さをした分!」
ベキボコドゲン!!
「なのろわァ!!」
「そしてこれはアタシの怒りだぁぁぁあ!!」
ドゴゴゴゴォオオ!!!
「あびゃああああああああ!」
「これで堪忍してやる…………いや、まだあった! これはイグザルト領を荒廃させた分!」
……………いつまでやるんだ。
ミオラの終わらない私刑は果てしなく続く。
「まぁいい。好きなだけやらせよう。僕はその間にシンの治療をしないとな」
僕は倒れているシンの側に座り、傷の様子を看た。
ただ、ニャギがかすれた声で言った言葉だけが気になった。
「ミオラ姫、逃げてください。オレの監視が切れた以上あなたは狙われる。トゥーリ様は姫を…………」
◆ ◆ ◆
イグザルト領辺境の深い森の奥にその研究所はあった。
そこでは数々の非道な人体実験が行われており、内部では人々の悲鳴と作り出された魔獣のうなり声はひっきりなしに響いていたが、魔術による防音で外は静寂を保っていた。
そしてそこの女主人の元に、慌てたように立派な身なりの人物が訪問した。
このイグザルト領の若き領主クロビス・イグザルト男爵である。
「ト、トゥーリ殿、大変だ! ニャギがヴィジャスとセイリューの弟子に敗れた!」
長く輝く黄金色の金髪と麗しい青い瞳。そして全身から漂う清らかな聖女の雰囲気を纏う美貌の彼女は、困ったように振り向いた。
「あら。完成形のアレが? 兄の名を名乗ることまで許したというのに。ああ、あなた。報告がきたので死んでください。経過観察の途中でもったいないですが」
彼女は現在人体実験中の阿鼻叫喚の悲鳴をあげている被検体に言った。
「こ、この人でなしがあぁぁぁ! アンンタは人間じゃない。お前こそ悪魔だ………あがっ!」
彼女の手管で、苦しむ被検体はあっさり死んだ。
彼女こそはかつてダンジョンの悪魔の討伐に成功した冒険卿最後のひとり。
最強の僧侶の力を持ち、【伝説の聖女】とも謳われたトゥーリ・サンタナである。
かつては心優しかった彼女も、何故か今は悪魔細胞で人間を魔物に変える邪悪な研究に没頭している。そしてまた何故かこのイグザルト領の領主も、それに協力しているのであった。
「まずい! まずいぞ。ニャギが口をわったら、我が家とトゥーリ殿のやってきたことがバレてしまう!」
「そうですね…………良い機会です。無駄に強い奴も増えてきたし、そろそろ動きましょうか」
「動く?…………ま、まさか地下のあのバケモノどもを解放するのか!?」
トゥーリは答えず、ただ魅力的な笑顔でニコリと笑った。
「ああ、そうだ。ミオラさんはもう自由にさせておくわけにはいきませんね。迎えを出しましょう」
「む、迎えって…………まさかそのバケモノを使って?」
クロビスはトゥーリの背後に控える異形のバケモノと化した人間達を震えながら指刺す。
「残念ですが人間体に成功したのはニャギさんだけです。あなたの使用人では手に余るでしょうし。貴族令嬢の迎えには不格好ですが、ミオラさんには我慢していただきましょう」
「こ、こんな奴らにまかせて、ミオラが万一にも死ぬようなことは?」
「心配いりませんわ。ミオラさんはハイ・メガ・ポーションを作れる貴重な人材。もし死ぬようなことがあれば、殺した奴は殺しミオラさんは生き返らせます」
清らかな聖女の顔で残酷なことを言う彼女を見てクロビスは、何度も感じた思いをまた抱く。
――――――異常者め!
「ついでにミオラさんを守っているセイリューの弟子もいただきましょうか。彼らは”拳法”という異国の武術を使う屈強な猛者ぞろいだと聞きます。その者達を招き泥人形とすれば、わたくしの研究はより進むでしょう」
花のように笑う彼女は、夢見る少女のようだった。
クロビスはそんな彼女にまた恐怖をおぼえたのであった。
新ライバルキャラ登場!
モデルはもちろん、木人形が大好きなあの人。
ヒロイン設定も多い女僧侶をライバルキャラにするのは苦労したなぁ。




