38話 死に行くのかシン! その雷は天への道にも似て
「あびゃば!」
「ぽげらっ!!」
「ひょえーーあびゃ!!!」
「ぶべらばぁ!!」
シンのは雷光の如き速さで次々にゴロツキ冒険者を沈めていく。
だけど僕の目はそんなシンの華麗な拳劇より、その顔に釘付けだ。
先ほどからつねにドロリ大量の汗を吹き出している。
あれは末期症状の発汗現象。
このまま何の処置もしなければ、やがて死にいたるだろう。
やがてほどなくしてシンはゴロツキを全滅させた。
「シン」
「ハァハァ………寄るなアリエス。まだ終わっていない」
シンは僕の方を振り向きもせず、ただ目の前の男を睨み続けている。
ただひとりシンの戦いに怯みもせず不動のままにそれを見ていた男。
偽ラドウを。
「待たせたな。さぁ貴様の処刑をはじめようか」
「フッフッフ疲れたのか? だいぶ顔色が悪いぞ」
本当にシンの顔色は悪い。
大量に汗をかいたその顔は血の気はひいてドス黒く、もはや死相になっている。
「おれがどうなろうと、貴様がアリエスに目をつけた以上、生かしてはおけん。計都雷伯拳の真髄をとくと味わえ」
「…………かっこつけている場合かよ」
じつはさっきの乱戦で、シンは一度偽ラドウにも仕掛けたのだ。
だがシンが殴りかかった瞬間、偽ラドウはシンを睨み、シンも仕掛けるのをやめた。
ただ一瞬。視線だけの攻防。
それだけでシンは、偽ラドウが他の奴らと違い、一撃で終わらせられる相手ではないと知った。
そして他のゴロツキ共の殲滅を優先したのだ。
だが、シンの体はもはや限界だ。あんな強敵と戦って保つはずがない。
僕は強くシンの肩を引き寄せる。
「シン、ここまでだ。奴ひとりならいくらでも撒けるし、ここらで撤退しよう」
「ダメだ。アリエス、おまえはミオラと逃げろ。おれはこのまま奴と戦う」
「!!? バカな! その体で奴と戦えるわけないだろう。ゴロツキどもは君の動きをとらえられなかったから一方的に倒せたけど、奴は!」
「言われなくてもわかっている。だが、おれに助言するには敵をはかる目が少々甘いな。このまま逃げようと、奴からは逃れられん」
「そんなことはない。追跡となれば、一人でできることには限界がある。僕も足は速いし、無理をするなら逃げる方に………」
ヒュンッ
何かが僕の横を通り過ぎたと思ったら、後ろの方で「バカァッ」と音がした。
見てみると地面の一部が爆発したようにえぐれている。
「……………え?」
「おい賢者の弟子」
何がおこったのか呆然としていると、偽ラドウに低い声で呼ばれた。
見ると、偽ラドウは小石を幾つか指ではじいて弄んでいた。
「逃げるなら殺す。こうやってな」
ビッ ビッ
小石をこちらに指で弾いて飛ばす。
するとまたしても後方で爆発したような音が二回した。
礫を高速でうち出してこんな現象を起こすとは。
なんというパワー!
「と、いうことだ。おれが戦って隙をつくる。そして逃げろ」
でも、それを選択したら確実にシンは死ぬ。
………………………………………………………………仕方ないか。
「逃げない。最後まで君の戦いを見ている」
「なにを! 奴につかまったら、お前はどうなるか」
「戦いのあと、すぐに君に処置をすれば助かるかもしれない。その可能性がある以上、僕はぜったい君を見捨てない」
シンに拳法家の矜持があるなら、僕にも医者の意地がある。
いろいろ道をはずれた僕だけど、それでも目の前の患者を救う気持ちだけは捨てたくない。
「…………………目に力があるな。その心を翻そうとしても無駄か。わかった。おれの最期の戦いをそこで見ててくれ。もはや『隙をつくる』などとケチなことは言わん。おまえのその気持ちにかけて奴は必ず倒す!」
「いや、最期にしないためにここにいるわけで…………」
「おまえを愛してよかったよ。アリエス」
違うんだ! 君のその気持ちは僕の魔拳で作られたもので…………!!
ああ、僕はなんていう運命を彼にあたえてしまったんだぁぁぁぁ!!!
ラドウに向かおうとするシンだったが、ミオラが横からでてきた。
「待ちなよ。まだアンタに護衛の報酬を払ってなかったね」
「そいつは後でアリエスに払ってやってくれ。おれには必要なさそうだからな」
「いいや、いまアンタに払うよ。ほら、これだ」
ミオラは小瓶を差し出した。
「クエストに持って行く、もしもの時のハイ・ポーションだ。飲めば少しはマシになる」
「…………悪いな。ミオラ、おまえは逃げろ。奴の狙いにおまえは関係ない」
「いや、アタシも残るよ」
「なに?」
「アタシもあいつが何なのか知りたいんだ。アイツが現れてから領主の兄貴は変わっちまった。領の統治なんかそっちのけで、アイツに魅入られたみたいに力だけを求めるようになっちまった。だから………」
「フッ、いいだろう。今からおれは奴を倒す。その後に奴の兜は剥がし、存分に正体を見るがいい」
シンはミオラから渡されたハイ・ポーションを一息で飲むと、もう何も言わずに偽ラドウへと向かう。
その間、偽ラドウは腕をくんで待っていた。
「フッフッフ遅かったな。もう少しでこちらから仕掛けるところだったぞ」
「親切なことだ。ザコ共を倒したり女達と話している間は待ててくれたり、ハイ・ポーションを飲むことすら許すとはな」
「ちょうど高速で動くエモノの狩り方を学びたいと思っていたのでな。わざわざオレと戦ってくれる貴様は絶好の演習素材。感謝に、女との別れと回復くらい許してやるわ」
「舐めやがって…………貴様のその余裕こそが命取りだ!」
「ウワッハハハ! あの程度のスピードとパワーで何を思い上がっている。あの程度でオレに勝つことはできん。たとえ貴様が万全の状態でもな。見ろ!」
偽ラドウは鎧を脱ぎ捨て、上半身裸になった。
その体は黒ずんでいながら不気味に輝いているようだった。
「A級魔物の飛龍やヘビーモスすら、この不死身の体は崩せなかった。そしてオレはそれらを力でねじ伏せてきた! 人間ごときが少々強化したところで、オレの敵ではない!」
なんという強大無比なボスキャラか!
本当にヤバいくらいの強キャラだぁ!!
「ラドウ、もはや貴様が本物か偽物かなど問わん! 一丈の雷光はただ一人の女のために輝き果てるのみ!」
パリパリッ
シンの体は放電をしながら眩く発光する。
「…………………きれいだ」
それはまるでこの世のものとは思えないほど美しい光に思えた。
あの作品を下敷きにしても、鬱展開はナシでやるつもりだったんだけど。
どうしても影響されちゃうなぁ。
まぁここから何とかハッピーエンドにできるよう頑張ってみます。
………………無理か?




