冠を砕く者
その日は、夏至祭りの日だった。
珍しく王は、逃げ出さずにきちんと指定された席で頬杖をつきながら、祭りを退屈に楽しんでいた。
ふと、踊りを披露していた舞手たちが、一斉に何かの合図をし合ったかと思うとその衣を脱ぎ捨てる。
きらめく幾多の刃。
王はため息をつくと、一陣でそれらを薙ぎ払った。
騒然とする周囲を他所に、楽師に歌を続けよと命ずると、彼は玉座に深くもたれて息を吐く。
退屈な行事にも、こんなに派手に向かってきた割に一瞬で返り討ちにされた暗殺者たちにも、肉塊にも臭気にも、何もかもうんざりだった。
近衛兵の一人が無事を確かめようとでもいうのか、駆け寄ってくるが、構わず億劫に微睡み続ける――。
しかし。
ぐさり、と身体を襲った衝撃に一気に意識が覚醒する。
見開いた眼の先に映ったのは、かつて闘技場で、いやその前のスクラップ会場で、刃を振り回していた自分自身だった。
――いや、一瞬錯視してしまうほど、自分にそっくりな目をした誰か。
王は――かつて無力な少年だった彼は、それをよく知っている。これは、果てなき暴力の末に何もかもを諦め、わずかな死の可能性に歓喜し待望する者の目だ。
彼は完全に虚を突かれ、剣が胸に深々と突き刺さったまま、ふらつきながら立ち上がる。
間合いを調整した相手と、今度はちゃんと相対した。
偽近衛の顔に彷徨わせた視線が、ある一点で釘づけになる。
こちらをひたと睨み付ける、一対の、その不気味な炎を宿すアメジストの輝きに――彼は心を、魂を射抜かれた。
不届き者がさっと別の剣を腰から素早く抜いて、呆然と突っ立っている王に向けて振りかぶる。確実に首を狙っていた。
世界に色が戻ってくるのを感じる。赤と黒以外の色が、その透明な紫を中心に鮮やかに色づいていく。
サタンは久方ぶりの切断の感触と同時に、全身が歓喜に震えるのを感じた。
絶命の寸前、彼は思う。
――女であれ。
アリーヤとは噛みあわなかった。彼らは相容れぬものだった故に。
ジゼルは平凡すぎた。だから側には置けなかった。
けれど、ヒトでない獣なら。
獣なら、獣の自分でも、愛しても良いのではないか。
――違う。
王は確信する。獣なら――自分でも愛することができる、と。
ドン、と鈍い音とともに、幾度目かの眠りと目醒めが、激痛とともにやってくる。
彼は願う。いびつで幸福な番いの姿を夢見る。それは祈りと言うよりも、呪いに似た感情にまみれていた。
――男は女の最初を望み。
――女は男の最後を望む。
アリーヤは彼の最初の女であり、王の唯一の妃であった。
ただ、それだけだった。それだけになってしまった。
彼女が真に欲した王の心は。
死に際の執念によって、数千年は自分に多少なりとも繋ぎ止めていたその心は。
王の首が落とされた瞬間、その紫色の目の女にすっかり全部残らず持っていかれてしまったのであった。
ゆえにこれは一つのエピローグであり、プロローグであった物語。
男があがくように伸ばした腕は名もなき女を捕らえ、そして二度と――女が死ぬその時まで、離さない。
始まるのは、二匹の獣が相食み合う、血と死と憎しみの舞踏。
その開幕と同時に、冠は砕かれた。




